タルタロスはユリアシティに到着した。街の出入り口に整列するキムラスカ軍隊を見て何も知らされていない一同は動揺した。
「ご帰還、心よりお待ちしておりました!」
軍隊の頭を務め、敬礼しているのはセシル将軍だった。
「まあ! お役目ご苦労様ですわ。それに其方の方は……?」
ナタリアはセシル将軍の傍に立つ、ルークと似た青年をちらりと見た。アクゼリュス崩壊の一件でルークに失望したナタリアは代わりになる存在を欲しがっていた。そこに天の啓示のようにジェイドが言葉を投げかけた。
「貴方は……もしや、被験者ルークですか?」
「被験者ルーク?」
どういう意味だとナタリア達はジェイドに視線を向けた。だがジェイドは思わせぶりなことを言っただけで、それ以上言葉を続けようとしない。続きを催促するようにアニスがジェイドを呼んだ。
「大佐ぁ、それってどういう意味ですか〜?」
「……確証がないことを口にしたくはないのですが。レプリカ技術というものがあります。その技術は、被験者と同一の人物を音素で作り出す技術なんですよ。一人を二人にする、そう考えればわかりやすいでしょう。私はルークがレプリカではないかと疑問を持っています」
「それって……じゃあなに? ルークって人間じゃないってこと!?」
嫌悪感と好奇心が入り混じるアニスの声に、ジェイドが「アニス!」と厳しい口調で叱り飛ばす。飄々とした態度を崩さないジェイドという男にしては珍しい声だった。アニスは驚き一瞬口を閉じるが、ジェイドの態度を見て確信を抱いたのか、悪意ある言葉を続けた。
「でもぉ、そういうことですよね? ルークって人間じゃなかったんだ……だからアクゼリュス崩壊なんてできたんだ。人間じゃないから……」
「アニス、私は先程言ったはずですが? 確証がないことだと」
ジェイドが先程よりも厳しい声音で叱り飛ばすが、アニスに堪えた様子はない。都合のいい答えを見つけたと言わんばかりに、ナタリア達はアニスに便乗した。
「……ルークが変わってしまったと思っていましたけれど、それは当然でしたのね。別人でしたのだから……では、本物の”ルーク”は……貴方ですのね?」
ナタリアは悲しみに満ちた表情で尋ねる。胸元で手を握りながら、神に祈りを捧げるように、そうであってくれと願っていた。彼女の背後で傷ついた表情で黙り込むルークの気持ちなど考えもせずに。青年がナタリアに返したのは、嫌悪の眼差しだった。
「……何のことを言っているのかわからないが、ずいぶんと俺の弟に対して好き勝手なことを言ってくれるな。俺はお前のことなど知らない。邪魔だ、退け」
青年はナタリアを一瞥すると、その横を通り抜けて、ルークのもとで立ち止まる。ナタリアは傷ついたように青年の背を振り返った。
「ルーク、怪我はないか? 陛下より賜った重要な任務をよく果たした。お前はファブレの誉れだ」
「え、あ……」
青年は右手を伸ばしてルークの頭を撫でる。鳩が豆鉄砲を食らったような表情で黙り込むルークに、青年は不思議そうな顔をして、傍に立つミリアを見た。
「事前説明が上手く行っていなかったようで」
「なんだと? ……じゃあルークは何も聞かされていないのか!?」
「ええ」
アッシュは唖然としたあとに、眉根をぐっと寄せて口を閉じた。
「……っ!!」
「いいんですよ、アッシュ様。そのままあの阿呆と言っても。誰を指しているのか私共以外はわかりませんから」
「っ言わない、言わないが……あんまりだろう……」
アッシュは深々と溜息を落として再度ルークと向き合う。
「改めて名乗ろう。俺の名前はアシュール・フォン・ファブレ。お前の兄だ。預言によりローレライ教団で過ごしていた」
「あに、うえ?」
「ああ。いきなり兄として現れて驚いただろうが、今後兄弟としてよろしく頼む」
「あ、ああ、うん、……兄上」
ルークはこくこくと頷いた。兄弟の対面を黙って見てられなかったナタリアは――無視された屈辱からか顔を赤らめ――声を張り上げた。
「お待ちなさい! 先程から何を言ってますの? わたくしはファブレ公爵にルーク以外の子供がいることなんて知りませんでしたわ。貴方がわたくしの”ルーク”ではありませんの!? 説明してくださいまし!」
ルークは驚いたように全身を震わせたが、アッシュとミリアはナタリアの言動を無視して話を進めた。
「アクゼリュス崩壊の件だが、住民は完了しているのか?」
「いえ。救助以前にマルクトの救助隊が見当たりませんでした」
キムラスカは親善大使一行の前より先遣隊を送っていた。その先遺隊は後にヴァン・グランツにより全滅させられたとわかるが、今は行方不明になっていた。ルークのアクゼリュス到着を待ち、キムラスカはマルクトの救助隊を支援する形でさらなる救助隊を派遣を予定しており、マルクトにもその旨が通達されていた。
「何だと? ……マルクト皇帝の話だと、ジェイド・カーティスの部隊をそのまま救助隊として派遣したという話だったが……おい、ジェイド・カーティス。貴様の部隊はどうした?」
ミリアとアッシュの話を聞いてジェイドの背筋が凍った。自分は何か間違いを犯したような、そんな予感めいた思いに肝が冷えた。動揺を隠すように眼鏡のブリッジを指の腹で押し上げる。
「……私の部隊は、和平任務の最中、六神将により壊滅させられました」
「「……は?」」
ジェイドがバチカルに足を踏み入れた時、他にマルクト軍人の姿はなかった。ミリアがマルクトから他の同行者はいないのか尋ねたとき、彼は「マルクト軍人は私一人ですが?」と返した。見てわかることをいちいち尋ねるなんて馬鹿なのか、と言うかの如く胡散臭い笑みを向けられたことは記憶に残っている。ミリアはジェイドの返答により和平任務という密命のため単独で行動しているものだと判断した。
一方、アッシュはマルクト皇帝の話により、ジェイドは救助隊でもある第三師団を率いて和平任務に当たっていると聞かされていた。
「……ちょっと待ってください。貴方は単独で行動していたのではないのですか?」
ミリアが問う。ジェイドはやや遅れて答えた。
「……六神将に壊滅されるまでは」
ミリアは額を抑えた。アッシュは眉間を狭めると厳しい声で問う。
「おい、それはいつの話だ?」
「キムラスカに向かう前の話です」
「報告はしなかったのか?」
「していません。……極秘任務中でしたので」
「軍隊一つ壊滅させられてもなお極秘任務を優先させるか。職務に忠実なのは立派だが、壊滅させられたお前の部下は浮かばれないだろうよ。それで、お前はたった独りで、どうやってアクゼリュスの住民を救助するつもりだったんだ? 答えろ、ジェイド・カーティス」
アッシュの言葉にミリアが続く。
「キムラスカの救助隊に一任したつもりだった。なんて言われましても、キムラスカはそのような口約も文書も交わした覚えがありませんので」
「……」
ジェイドは答えを失い黙り込む。アッシュは軽蔑の眼をジェイドに送り、ミリアは目を薄く細めた。
「ちょっと待ってよ、大佐はちゃんと救助しようとしてたんだよ? それをそこのお坊ちゃんが――」
「――それ以上、口を滑らせるのなら、貴方の発言で教団が窮地に陥る覚悟を持って口にしてください」
ジェイドを庇うべくミリア達の前にアニスが立ちはだかる。彼女の話を最後まで聞くことなく、ミリアは遮った。分かりやすい恫喝にアニスは真っ青な顔で凍りついた。
「なんて卑怯な……!」
「子供を脅すなんて恥ずかしいと思わないのかしら?」
ナタリアが潔癖の正義感を持って怒り、ティアが軽蔑を浮かべて言葉を吐く。アニスは味方を見つけてほっと肩の力を抜く。
「再三にわたる忠告を無下にするとは。教団は余程キムラスカを敵に回したいらしい」
ミリアは声音を冷たくするとティア達、教団の人間を見て告げる。ナタリアはミリアの視界に入っていなかった。
「ルーク様はインゴベルト陛下より直々に親善大使に選ばれ、国王陛下の名代として此処にいます。ルーク様への侮辱は全てキムラスカ王国に向けられた侮辱です。……今までのあなた方の発言、行動は詳細に記録し、全て国に報告していますので」
ミリアは最後にやんわりと微笑む。
彼が今までメモを取っていた理由を知り、ティア達は初めて動揺した。ぎょっと目を剥くものの、すぐさま平静を取り繕い「それがいったい――」と鼻白む。
「今回の件を受けて、和平はキムラスカ王国に有利な条件で結ばれることになるでしょう。カーティス大佐には大変感謝しなくてはなりません。教団とも付き合い方を改めるよう陛下に進言させていただきます」
「その必要はない。インゴベルト陛下は親善大使が受けた侮辱にひどくお怒りだ。導師は部下を諌めることもせず、部下には罪の意識も反省の欠片もない。陛下は教団に対し敵意を表明した。宣戦布告まで時間の問題だ」
アッシュの発言にミリアは頷いた。キムラスカ兵も当然のように受け止めている。
寝耳に水なのは導師達だ。イオンは血相を変え、アニスとティアは蒼白となり立ち尽くす。ナタリアは髪を振り乱すと声をあげた。
「わたくしはそんな話知りませんわ! イオン達は何もしてませんのに……お父様達を止めなくては! ”ルーク”! セシル将軍、早く国に帰りましょう!」
ナタリアはアッシュを指して”ルーク”と呼び、セシル達を連れ従えようとする。一人で歩き出した彼女は当然自分の背後にキムラスカ軍がついてくると思ったが、彼女の命令に応じる者は誰一人いなかった。自らの足音しか聞こえないことに疑問を持った彼女が振り向く。立ち止まったままのセシル達を見て、カッと目を見開くと恥辱のあまりわなわなと全身を震わせた。
だが、ナタリアの様子を気にかける者はキムラスカ軍にはいない。ティアとガイだけが気遣わしげに視線を送ったが、そのことがまた彼女の恥辱を煽った。
「ま、待ってください! いったいどういうことですか? 何故教団がキムラスカに敵意を向けられなければならないんですか!?」
キムラスカの怒りを買う覚えがないと切迫詰まった表情で導師が尋ねる。
ミリアは冷静に返した。
「あなた方がルーク様を侮辱したからです。先程申し上げたとおり、ルーク様はインゴベルト陛下直々に選ばれ、国王陛下名代の名を背負い、キムラスカ王国の代表として公務でこの場にいます。それをあなたの部下はさんざん侮辱した。馬鹿、わがままなお坊ちゃま、最低、何も知らないのね、その性格を直さないと今に痛い目を見るわよ、すこしはいいところがあると思っていたのに――列挙に暇がない程に。ルーク様が国王陛下名代として此処にいる以上、ルーク様に向けられた侮辱は全てインゴベルト国王陛下に向けられたもの。キムラスカを敵に回す覚悟があって口にしたのでしょう?」
「そんな、それはルークに言っただけですよ!」
「そうです。私たちはインゴベルト陛下を侮辱していません。あくまでもルーク個人の話です」
「なんとか穏便に済ませていただけませんか?」
アニスは反射的に言い返し、ティアも弁明する。導師も理解を求めて窺うようにミリアを見る。三人に対してミリアの態度は懐柔しようがないほど冷ややかなものだった。
「国王陛下名代として公務中の王族を侮辱しておいて、個人の問題で通るわけがありません。――ああ、そういう言い方をするということは、ルーク様を侮辱していた自覚はあるということですね。記録させていただきます」
ミリアはメモ帳を取り出してペンを走らせて記録する。アニスは咄嗟に駆け出してミリアの手からメモ帳を奪い取ろうとするが、その前にキムラスカ軍が動いた。セシル少将がミリアの壁となり、腰に下げた剣柄に手をかけて今にも抜こうとしている。ミリアとルークとアッシュを囲むように展開したキムラスカ軍に、敵意を向けられたアニスたちの顔は真っ青に染まった。
一方守られたミリアたちは表情一つ動かすことなく、やれやれと溜息を吐いてみせる。
「大詠師モースも哀れなもんだな。せっかく教団を守ろうとしたのに、導師たちがこうもキムラスカを敵に回すようなことをするとは。何事も問題が起きなければ、ティア・グランツの件も温情が与えられ、栄誉が約束されていたというのに」
アッシュの言葉に導師は彼を見た。その目がいったいどういうことなのか説明してほしい、助けてくれと縋っていた。
「仕方ありません。大詠師モースは教団の栄誉を望むのなら、導師に説明しておくべきでした。……もっとも、導師の身上を知れば、説明しないのは無理もないことですが」
「……ああ、そうだな」
「あなた方が何を言っているのか僕にはわかりません! いったいどういうことなんですか!? 説明してください……!」
今の状況に耐え切れなくなった導師が悲痛な声をあげる。何故こんなことになったのか。その理由を知りたいと望む声に、ミリアは口角を釣り上げるといった。
「――知らない方が幸せなこともあるのでしょう?」
導師は瞠目した。
アクゼリュスにつく前、デオ峠でリグレットと交戦した時。リグレットはルークに向かって役立たずと口にして、意味を尋ねるルークに対して、イオンは知らない方が幸せなこともあると沈黙を選んだ。
「大詠師モースもおそらくその時のあなたと同じ気持ちだったのでしょう。導師、あなたはずっと大詠師モースに”知らない方が幸せなこともある”として守られてきたんですよ。私も、そう思います。あなたは優しすぎる。真実を知らない方が良い。それがあなたの幸せに繋がるのですから」
導師は愕然と膝を落とした。あの時ルークが味わった気持ちをイオンはここにきてようやく察することができた。自分の幸せを他者に決め付けられ、知識を制限させられる。ひどい屈辱に悔しくて目頭が熱くなる。床に手をついた導師はそのまま座りこみ、頭を抱えると、唸るような声をあげて蹲った。
「イオン様……っサイテー! イオン様のことを勝手に決め付けないでよね!」
「っなんて酷い……何が幸福かなんてその人個人が決めることよ。他人が決め付けていいものじゃないわ」
アニスとティアが導師を慰めるように傍につき、ミリアを睨む。彼女達がミリアに向けた言葉はイオンに、そして彼女達自身に返される言葉だった。イオンはそのことに気付いて益々深く項垂れて泣いた。だが、それでも、あの時のルークと違って、イオンの傍にはティアとアニスが寄り添っているのだ。ルークは違かった。ルークにはミリアとミュウしかいなかった。例えば、ミリアがいなかったら。ミュウしか、ルークの傍に残らなかっただろう。
だから、ミリアは目の前にいる彼女たちを決して許さない。
ミリアがいなかったら、ルークは孤立して、アクゼリュス崩壊の罪を背負わされて彼女たちの犠牲になっていただろう。
(私を親善大使補佐官として任命していただき、今では感謝しています。父上――いえ、インゴベルト陛下)
ルークはまだ知らないが、ミリアにとって、アッシュとルークは可愛い従兄弟だ。ミリアは導師から目を逸らし、インゴベルト国王陛下の命令に背いた、義妹だと思っていた王女を見る。この後に及んで状況を理解していない面に、これがキムラスカ王女かと、吐き気がした。
2015/02/01
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