ED後/アシュナタの破局
「そう、か……」
インゴベルト国王の声は震えていた。
厳粛な雰囲気に包まれた謁見の間にて、玉座に腰を落ち着けた老年の男性と、朱髪の青年が顔を合わせていた。毛長の絨毯の上に佇む青年は深々と頭を垂れて、国王の発言を待つ。
頭を下げたまま一向に動かない青年の姿に、彼の中の強固な意思が読み取れて、国王は胃から競りあがる苦い感情に顔を歪めた。
「――仕方あるまい。そなたの申し出、受け入れよう」
*
中天に差し掛かった太陽の陽射しは午後を過ぎた頃から少しずつやわらぎはじめ、穏やかな陽気に欠伸を誘われる、麗かな午後の昼下がり。
キムラスカ・ランバルディア王国首都バチカルの最上部に門を構えたファブレ公爵家も、使用人たちの仕事も一通り終わり、穏やかで心地の良い雰囲気が漂っていた。女主人であるシュザンヌ夫人も本日は体調が良いらしく、心地よい陽気に誘われて広い中庭に用意されたティーセットで優雅にアフタヌーンティーをしゃれ込んでいる。午後になって陽射しがやわらぎはじめたとは言え、生来病弱な夫人のために差されたつばの広い日傘の下で、ゆったりと紅茶を嗜む貴婦人の姿に、使用人一同目元を緩ませた。その微温湯のような心地の良い雰囲気を砕くように、慌しい足音と共に来客者が現れた。
邸の雰囲気が変化したことに気付いて、机上に置かれた書面に目を通していた”ルーク”――アッシュは顔を上げた。耳障りではない程度に聞こえるいくつもの会話は集中力を切らすには充分すぎた。何事だと眉根を寄せて、椅子から腰を上げようかと悩みはじめた、その刹那。邸内の雰囲気をガラリと変貌させた原因が、アッシュの部屋のドアをノックした。
「”ルーク”いったいどういうことですの!?」
入室許可を待たずに勢いよく開かれたドアと同時に、この国の王女が姿を見せる。ドアが開かれた拍子に外の風が一気に舞い込んで、机上に置かれた何枚もの書類を浮かした。心地よい空気は刹那に消え失せて、新しい風と共に喧騒が吹き込む。アッシュは飛ばないように書類を手で押さえながら眉間に皺を寄せた。不快気に顔を歪めた部屋の主は、椅子から立ち上がることもないままに客を出迎える。客というにはあまりにも無作法な王女はアッシュが机に向かい合っていることに気付くと、少々バツの悪さを覚えて「あ、あら、お仕事中でしたの?」と気まずい声を出した。だがすぐに我に返ると、アッシュの元に駆け寄り、言葉の数々を紡ぎ始めた。
「王位継承権を返上するなど……お父様から話を聞きましたわ。何故ですの!? わ、わたくしと、幼い頃の約束はどうするのです? この国をわたくしと共に変えると約束したではありませんか!」
挨拶もそこそこに金切り声をあげる王女の姿はみっともなかった。綺麗に整えた金髪を振り乱して、化粧がほどこされた美しい顔立ちを台無しにするほど、切迫詰まった表情を見せる。アッシュは初恋を捧げたナタリアの見苦しい姿に、苦々しい感情を覚えるが、表面上は出さずに質問に答えた。
「3年前、俺はカイツール軍港を襲撃した。自国の軍港を襲撃した俺が、王位を継ぐわけにはいかないだろう」
「でもっ、それは、事情があったと聞きますわ! それにあれはアリエッタが行ったことではありませんか!」
「……あれは、……ルークと回線を開くために、あいつを誘致するために行われたものだ。アリエッタは俺の指示に従っただけだ、その責任はすべて俺にある」
カイツール軍港を襲撃した理由は、ルークと回線を繋げるためだった。
ヴァンの計画を知ったアッシュは、どうにかルークと連絡を取り合い、ヴァンの計画を破壊する予定だった。表ではルークが動き、アッシュは六神将の立場を利用して動く。その計画はヴァンを盲目に信用するルークと、彼から信用を得ることができなかった自分自身のせいで叶わず終いだったが。ルークと回線を繋げるためにどうにか彼をコーラル城に連れて来なければならなかったが、その時点でアッシュが取れる手は一つしかなかった。
タルタロス襲撃事件の際に、ルークを思わぬところで見つけたため理性の抑制が効かずに、彼に抱く複雑な感情の中で憎悪が勝ってしまい、カッとなって切りかかったことが尾を引いた。その後、カイツールで切り掛かったときもそうだ。ルークを殺せば、ルークに奪われた全てのものが取り戻せるような気がして、そうした感情が爆発した結果があの結果だった。感情が理性を上回った末に導き出された結果により、ルークはアッシュを信用するという選択肢が浮かばないほどに反感を覚えてしまった。
そんなルークに、コーラル城に来るよう言ったところで成果が上がると自惚れることもできず、仕方なくアッシュはルークをどうにかしてコーラル城に連れてくるように――”ルークの拉致”をそれとなく示唆して、アリエッタに頼んだ。
その際、アッシュが詳しい指示をしなかったことが裏目に出た。ルークを母親の仇だと信じ込むアリエッタは人質を取ることを選んだ。キムラスカ王族である、ルークに対する報復だった。キムラスカの軍船をいくつか破壊して、”整備士長を拉致”して、姿を見せたアリエッタにアッシュが血相を変えたのは言うまでもない。
だが、アリエッタにルークをコーラル城に連れてくるように頼んだのはアッシュ自身だ。その際、アッシュが詳しい指示をアリエッタに与えなかったことが、カイツール軍港襲撃事件を引き起こした。アッシュは自責の念に苛まれた。
「それだけじゃない。俺は何度となくルークを襲った。レプリカだろうがなんだろうが、あの時点のあいつはルーク・フォン・ファブレだった。ナタリア王女の婚約者にして、次期国王と目されていた者を、憎しみという私情に促されるまま殺害しようとした。その事実は果てしなく重い。自国に弓を引く行為を度重ねた者が、キムラスカの王位を継ぐことはできない。誰が問題視せずとも、俺はこの事実を無視できない。俺のせいで国民が傷ついたんだ。……王位継承権を返上するのは当然のことだろう」
「なにも……なにも王位継承権を返上する必要はないですわ! あなたのせいで国民が傷ついたというのなら、その分、国民を幸せにすれば良いではありませんか! 王位を継いでも贖罪はできるはずです!」
「無論、贖罪はする。俺は生涯を国民のために費やすさ。だが、俺は元は罪人。次期国王を継ぐには、俺の身は穢れ過ぎている」
アッシュから紡がれる言葉は、ナタリアの中の希望を次々に打ち砕く。望む言葉が何ひとつ返ってこない事実にナタリアは身体を震わせて、下唇を噛んだ。心がからからに渇いていく。幼い頃の約束が壊されていく予感に、たまらず吐き出した声は嗚咽が混じっていた。
「わ、わたくしとの約束を破るつもりですの……? せっかくあなたが帰ってきたというのに、あなたはわたくしに他の男と結婚しろと言いますの……!?」
栄光の大地でヴァンを倒してから3年の時を経て、アッシュはレプリカルークの身体を乗っ取る形で帰還した。
そのとき、2人のルークに懸想するナタリアとティアはそれぞれ同時に絶望と希望を抱いた。
ルークの帰還を待ち望んでいたティアは絶望を味わい悲哀の涙を流して、エルドラントで死したアッシュが奇跡的に戻ってきた事実にナタリアは歓喜の涙を流した。
ナタリアはそのとき誓った。ルークとティアのことは大変残念ではあるが、その分、自分とアッシュは末永い幸せを築いていくのだと――。
アッシュが王位継承権を放棄したのなら、ナタリアは彼と結婚することはできない。3年前の一件でナタリアは王位継承権を失いながらも、この国の王女として国民に認められた。インゴベルトの娘として、王女として認められたナタリアには、次期キムラスカ国王となる男性と結婚する義務が――いや、自分自身のためにも次期国王となる男性と結婚しなければならない。国民人気が高く、国王の娘として認められた身であるが、次代に王位が引き継がれた後インゴベルトが死亡したら、ナタリアの身を保証する者はいなくなる。
たとえばナタリアが本物の王女であったのなら、彼女が女王になることで、アッシュを失わずに済んだだろう。けれど実際はナタリアは偽姫だ。ナタリアは自分のために、次期国王と結婚する必要があった。
ナタリアは心の余裕を失くすあまり、自分が何を口にしているのか理解していないようだった。本音を口走るナタリアの姿は、100年の恋も冷めてしまうような、失望感をアッシュに与えた。胃の底から湧き上がる溜息を隠すことなく吐き出せば、ナタリアが臆したように口を閉じた。
「……約束は3年前に一度破られてるだろう? 俺の死をもって。破られた約束にいつまでもしがみ付いてないで、現実を受け止めろ、ナタリア。すでに俺は陛下より許しをもらい王位継承権を返上しているんだ」
「わたくしは、ですが!」
「いいから聞け! おまえがいくら何を言おうと、俺はすでに王位継承権を返上している。俺はもう次期国王になれる身分じゃねえんだよ。おまえが今後やらなければならないことは、次期国王となる他の王族と良好な関係を築き、キムラスカ王族の子を産むことだ。その相手は俺じゃねえ!」
「っ」
突きつけられた現実に、ナタリアはただただ息を飲む。アッシュは苛立たしげに拳を作ると、それを机に振り下ろした。どんっと室内に落ちる打撃音はナタリアの気迫を奪い去った。アッシュはこのときようやく椅子から腰を上げて、ナタリアの肩を掴むと勢いそのままに身体を反転させた。くるり、とドアに向かい合ったナタリアが斜めに視線を上げて、アッシュの顔を見る。その目を真正面から受け止めたアッシュはドアノブに手をまわして、ドアを開けると、ナタリアを部屋の外に追い出した。
「俺はもう選んだ。贖罪のために、私情を捨て公人として生きると。次はおまえの番だ、ナタリア」
「待っ――」
ドアを、閉める。
ドア越しにナタリアが何かを訴えていたが、アッシュは聞こえないふりをして鍵をかける。机に戻るアッシュの足取りには何の迷い躊躇いもなく、まるで、長い長い一本道を歩きはじめた旅人のようだった。
アッシュに切り捨てられたナタリアは涙塗れの顔でバチカル城に戻る。ナタリアの表情が抜け落ちた顔は、周囲にたいそう心配をかけたが、理由を知ると皆一様に口を閉ざして、仕方ないという言葉を顔に貼り付けた。アッシュの言動を誰もが肯定する、その顔が何よりも傷ついた。
10歳の頃からアッシュと結婚することを夢見てきたナタリアに酷い仕打ちだと、同情する声は一つもなかった。反対に、成人を越えても、愛する人と結婚できると思ったままの幼いナタリアの思考に苦い顔を浮かべるばかりだった。利益による政略結婚を重視する貴族社会で、彼らから見て、ナタリアは甘やかされた王女でしかなかった。こんなにも辛く悲しいのに、誰も理解してくれない。ナタリアの心が悲鳴をあげる。時間が経つごとに、心に刺さる牙は量を増やしていき、細やかな傷をたくさん作っていった。じくりとした痛みを抱える彼女に、父はいう。
「早く、次の婚約者を選出しよう」
次の婚約者など、欲しくはないのに。
――遠くない未来、能面のような表情で、次期国王の隣に座る王妃がいた。
END.
2013/08/05
アッシュ捏造のつもりはないんですが、そんな感じになりました。アクゼリュス崩落後PMと行動を共にしておきながら自らを「(自分は)敵(だった)」と口にしていたアッシュは切迫詰まってなかったら状況をきちんと見れる子ではないかと。
あとアリエッタは、ライガクイーンに育てられたけど教育がなっていないだけで、めちゃくちゃ人間らしいと思ってます。ライガクイーンの仇だとルークを殺害しようとする行動とか(復讐)イオンに執着するあまりアニスに嫉妬燃やして「アニスのせい!」という姿とか。
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