「本当に辛いのは誰なんだろうな……」

 ガイはティアの背中を見送りながら呟いた。
 まるでティアが一番辛いかのように言うガイを、ルークは信じられないものを見るような目で凝視した。

 譜業都市と知られたシェリダン。ルークたちの旅の妨害をするために、ヴァンたちが現れた。町の人たちはルークたち一行を逃がすため、身を挺して立ち塞がった。どうにかタルタロスに逃げ込んだルークたちであったが、逃走する際に見えた光景を思い出して誰もが無言を選んだ。瞼を閉じても鮮明に思い出してしまうほど、それは悲惨な光景だった。神託の盾騎士団兵の格好をした者たちが武器を構え、容赦なく民間人に振り下ろしていたのだ。飛び散った大量の鮮血は、見た者にその人の絶命を確信させるほど鮮烈だった。
 死者を悼み顔を歪ませた一行の中で、ジェイドがタルタロスの操作のために席を外す。続いて席を外そうとしたのは、余計な口を利いたティアだった。彼女はこうしていても何も変わらない、死者を悼む時間を暇と呼び、各自やることをしようと言った。町の人たちが身を挺してくれたのは、自分たちの逃走経路を開くためであったというのに。死者を悼む時間すら暇と呼び冷酷さに、ルークは怒りを覚えて掴みかかった。胸倉を掴まれたティアは顔を歪めたが自分の言動を撤回することなく、背を向けた。
 タルタロスの中へ消えていくティアの背を見送って、ガイが続けた言葉は――冒頭に戻る。

 ガイとティアの無神経な言葉や態度に、最初に愛想を尽かせたのは、ルークだった。

「……もういいよ。お前らなんか」

 ルークは失望で満ちた言葉を残して、タルタロスの中へ消えた。その背を見送ったガイはやれやれと両肩を竦めた。

「あいつも、もうちょっと人の気持ちをわかるようになんなくちゃな……」

 ティアの気持ちを考えてない、とでも言うようなガイの態度にアニスは冷たい視線を向けた。

「ガイは人の気持ちわかってるの?」
「え?」
「わかるわけないよね。ガイとティアなんかに」
「おい、アニス?」
「行こ、ノエル」
「アニス!?」

 アニスは呆然と突っ立ているノエルの腕を掴んで、ルークの後を追うようにタルタロスの中へ消えていく。ノエルは言葉もなくぼうっとしていた。その姿を見てもガイは何一つ思うことなく、アニスの怒りの原因の方が気になって彼女の名を呼ぶだけだった。ナタリアもノエルに寄り添いながらタルタロスの艦内に消えていく。去り際にガイを見るナタリアの若草色の双眸は侮蔑の色を浮かべていた。

「……いったいなんなんだ?」


 その日の夕食、さすがにノエルの姿はなかった。
 タルタロスの艦内に設けられた食堂はそれなりに広いため、10人にも満たない人数で食事を摂るのは寂しい。それでも普段ならば、明るい食事の風景が見えるものの、この日の夕食は通夜のような雰囲気だ。

 食事当番のアニスは、オニオンのスープとマカロニグラタンとサラダを作った。黄金色のスープ、熱々のマカロニグラタン、レタスとパプリカとピーマンのオニオンサラダは見るからに食欲を誘う。パーティ内一、料理が美味いアニスが作った食事だ。美味しくないはずがない。だというのに、ルークの食事の手は休まったまま動かない。それを見咎めたティアが口を挟んだ。

「ルーク、いつまでも凹んでないでしっかりと食べなさい。……辛いのはわかるけれど、貴方が凹んでいても、どうしようもないんだから」
「………」
「そうだぞ、ルーク。俺たちにはやらないといけないことがあるんだから、しっかりと食事を摂って、明日からまた頑張ろう。な?」

 ルークはきゅっと眉を寄せた。スープを掬うために持っていたスプーンに力が入る。ティアの発言に、ナタリアとアニスも無言で眉間を寄せた。ナタリアとアニスの食事の手もいつもより緩慢で、無理やり胃の中に押し込んでいるといった具合だった。一行の中で最年長であり、尚且つ大事な人が死んだ経験を持つジェイドは普段どおりに食事を摂っていたが、ティアやガイのようにルークに無理矢理食べさせようとはしない。

「ガイ、ティア、ルークが食べたくないというのなら放っておきなさい」
「ですが…」
「一食摂らないくらいで人は死んだりしませんよ。無理矢理食べさせても美味しくないでしょう。……ああ、アニス」

 ジェイドは何気なくアニスを呼んだ。

「あとで食事を温めてくれませんか」
「え」

 アニスは目をぱちくりと瞬き、すぐに泣きそうな笑顔になった。

「はあい、わかりました! アニスちゃん、後で食べまーす。ルークも、そうしない?」
「え?」
「決まりね! ナタリアはどうする?」
「…そうですわね。では、わたくしもあとで頂きますわ」

 ナタリアも微笑んだ。ルークはぽかんと口を開けて呆けていた。それはティアとガイも同じだ。ジェイドだけはサッサと食事を終えて、皿を平積みにして片付け始めている。

「はい、決まり。じゃあ、ルーク、ナタリアも行こう?」
「ええ、行きましょう」
「……わかった」

 残った食事をそのままに三人は席を立つ。

「大佐ぁ、あとよろしくお願いしまーす。あ、大佐もあとで来てくださいね?」
「はいはい。そうですね、後ほど行かせて頂きますよ」

 ルークとナタリアの両腕を引っ張って、アニスは食堂を出ていく。
 残ったのはジェイドと、ティアとガイだった。

「二人とも、食べないんですか? 冷めますよ」
「え、あ……」
「食べるけど、でもアニスたち、いったいどこに……」
「ルークたちならノエルの所でしょう」
「ノエル?」

 二人は怪訝な顔をする。ガイとティアの表情を見たジェイドは、この二人は何か余計なことを言ったのだろう、と確信していた。二人が無神経なことは今に始まったことではない。ガイはティアの言葉をすべて肯定的に捕らえてしまうから、空気を読めないことがあった。ノエルと言っても何も思い当たらないとは。ジェイドは察しが悪い二人に溜息を吐いた。

「……私達を守るために犠牲になったイエモンさんはノエルの祖父ですよ。イエモンさんだけでなく、あのとき私達のために身を挺してくれた人たちは、おそらく、皆ノエルの知り合いでしょう。ノエルはシェリダンの住民ですからね。今回の一件で、ノエルの心は深く傷ついたはずです。仲間の一人であるノエルを、ルークたちが励ましに行くことに、何の不思議がありますか」

 ジェイドの言葉に、二人はハッと息を飲んだ。ガイは慌てて席を立つ。ティアも続こうとして、止められた。

「二人とも席につきなさい。アニスが声をかけたのはルークとナタリアと私です。あなたたち二人はお呼びではありませんよ」
「な……」
「私たちだってノエルの仲間です」

 ガイは唖然として、ティアが言い返した。ティアの言葉を鼻で笑ったジェイドは「それならどうして声がかからなかったのでしょうね?」と口角をつりあげた。ティアはぐっと黙り込む。柳眉をつりあげたティアは納得していない顔でジェイドを睨み、席を立った。ノエルのところに行く気らしい。ガイは隣に座っていたティアが席を立ったことで、気を取り直した。息を吐いて自らを落ち着かせたガイはティアに「行こう」と言った。

「アニスがなんで俺たちに声をかけなかったのか、そんなことは知らないさ。けど、俺たちだってノエルの仲間なんだ。仲間が傷ついてるなら、俺たちが力になる。仲間ってのはそういうもんじゃないのか」

 ガイとティアはジェイドを睨んで、背を向けて歩き出す。
 ジェイドは食堂を出て行く二人を強く止めることはしなかった。



 ノエルがいると思われる部屋に二人が近付くと、泣き声が聞こえた。
 廊下に漏れる悲痛な泣き声に胸を痛ませ、ガイとティアは顔を見合わせて、近付いた。

「……って…わたし……」
「うん…うん、そうだね……」

 ノエルは泣きじゃくりながら何かを話しているようだった。アニスが一生懸命相槌を打っている声がする。アニスも泣きそうになっているのか、相槌を打つ声が震えている。

「ごめんな……俺達の所為なのに」
「ルークさんたちは悪くありません…悪いのは、あの人たちです…! 私、私…お爺ちゃんたちを殺したあの人たちを、絶対に許せない……っ!」
「シェリダンの人たちの仇は、わたくしたちが必ずとりますわ」
「うう……っ、どうして、どうして…お爺ちゃん達が!」

「ノエル……」

 ガイは自分と同じように大事家族を亡くしたノエルが哀れになった。同じ傷を抱える者同士、ガイなら上手くノエルを慰められるはずだ。ノエルを慰めるべく、ガイは部屋のドアをノックしようとする――。

「ガイさんも…ティアさんもガイさんも許せません! どうして、あんな……ガイさんは私と同じじゃないんですか…? どうしてあんなこと言えるんですか? 許せない……私が、間違っているんでしょうか?!」
「ノエルは間違ってなんかない。俺だって、思ったさ。ティアとガイの発言はおかしいって!」
「うん、あたしもそうだよ。ノエルが間違ってるんじゃない、間違ってるのはガイとティアの方だよ!」
「ノエル、貴方がティアとガイの発言で心を傷つけることはありませんわ」

 ガイとティアの足がその場で縫い止められる。
 二人は自分たちの発言にどこに問題があったのかわからず、中傷を受けたような気分になり、ショックで顔を青褪めた。

「俺たちはイエモンさんたちに感謝してる。これまで俺たちに協力してくれた人たちがあんな目に遭ったっていうのに、その人を悼む時間を暇なんていうなんて、ティアはどうかしてる。ガイもそうだ。なんでノエルと同じ立場なのに、加害者の身内であるティアが一番辛いって言えるのか、俺にはガイの考えなんてわからない」
「あたしだって二人の気持ちなんかわからないよ、わかりたくもない。だってさ、イエモンさんたち、あたしたちを逃がすためにあんな目に遭ったんだよ? なんでその人たちを悼む時間を暇だなんて言えるの? あたしたちを守って死んじゃった人たちに! ガイだってそうだよ! ティアが一番辛いなんてさ、あの場で一番辛いのはティアなんかじゃないじゃん! ノエルがいたのに、なんであんなこと言えるのかな?」
「ティアの発言もガイの発言も無神経ですわ。一分一秒を惜しむにしても、タルタロスの中でわたくしたちが出来ることはそう多くありません。わたくしたちが死者を悼む時間は充分にあったはず。ティアには他者を思い遣る心というものがないのでしょうか。ガイもそうですわ」

 一枚の扉を隔てて聞こえる会話に、ガイとティアは足を震わせた。
 これ以上聞いていたくなくて、ティアは首を振って、ガイは耳を塞いで後退する。二人の顔色は今や真っ青だった。
 ガイとティアに対する心情をぶちまけた仲間たちに、ノエルは自分がおかしいわけではなかったのだと安堵している。ガイとティアは自分に対する仲間たちの心情を聞いてしまい、不信に陥っていた。今まで仲間たちはこう思っていたのか――絶望に青褪める二人はこれ以上辛辣な言葉を聞く前に、何も聞かなかったふりをして、逃げようとした。踵を返す。背後に、ジェイドがいた。

「だから言ったでしょう? あなたたちはお呼びではないと」

 その言葉の意味を思い知った二人は、ジェイドもルークたちと同じ気持ちなのだと知った。
 真っ白に顔色を変えた二人は駆け出す。ジェイドの横をすり抜けた際に二人が言われた言葉は残酷に満ちていた。

「――仲間が傷ついてるなら力になる。あなた達が傷ついてたら、……さて、どうでしょうねえ?」

 ガイとティアは走る。廊下に二人の足音が反響した。たどり着いた場所は行き止まりだった。ガイとティアは隅っこで頭を抱えて蹲った。二人の力になってくれるはずの仲間は誰一人として彼女たちを呼びに来なかった。



END.

2013/03/18










■裏話■
ガイティアが凹んでいる間、ルークたちはノエルを含めて改めて食事をしてます。ジェイドの「あとで食事を温めてくれませんか」っていうのは、ノエルが落ち着いたら一緒に食事をしたらどうですかっていう意味。アニスはきちんとジェイドの言葉の意味を汲みました。その日の夕食はノエルのための肉料理が一切ない献立だったりするんですが(大切な人が死亡したその日のうちに、肉料理を食べたいと思える人はそうそういません)、その日のうちに気付いたのはジェイドだけ。アニスは何も言いません。後々ノエルはこの日の夕食を思い出してアニスにお礼を言うんじゃないかな。そしてアニスは「たまたまだから、お礼言われたらアニスちゃん困っちゃうよ〜」と笑顔を見せます。
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