ティア・グランツ、アニス・タトリン、ヴァン・グランツ率いる一部の六神将の処遇を巡りダアトは窮地に立たされた。
キムラスカ国王名代親善大使に対しての侮辱と、殺害未遂により、キムラスカ王国から強い抗議文が届いたのだ。
もとよりファブレ公爵家襲撃事件を起こしたティア・グランツによってダアトの立場は弱くなっていた。あの時は何とかキムラスカの怒りを凌いだが、二度三度通用する手ではなく、ましてや今回に至っては多数の神託の盾騎士団兵が罪を犯している。
ティア達を庇い立てすることは可能だが、それをすればキムラスカ王国とダアトの友好関係に亀裂が生じる。適切な判断を下さなければダアトの今後も危ぶまれる。
ローレライ教団の幹部一同が頭を悩ませた結果、彼らが選んだのは人身御供のごとく、ティア達の身柄をキムラスカに引き渡すことだった。
導師イオンは最後までティア達を庇ったが、大詠師モースを筆頭に多数の幹部達に押し切られ無力感を味わうこととなった。
ティア・グランツ、アニス・タトリンの両名は即時キムラスカに引き渡され、いつの間にか多数の神託の盾騎士団兵と共に姿を消していたヴァン・グランツ、一部の六神将は世界中に指名手配された。
「ルーク、ティアはいるか?」
そう尋ねたのは、隠されていた王子として公式に発表された、ミリア・ルツ・ランバルディアだった。
彼が王子として姿を現したとき、ルークは間抜けな顔を晒して彼を凝視したものだ。
仕立ての良い緑の衣装を纏い、髪を後に撫で付けたミリアは眼鏡を外している。もともとミリアの視力は悪くなく、眼鏡は顔立ちを隠すためのものだったという。
ミリアの顔は母に酷似しており、当時国王と恋仲であった未婚の母を持てば、誰が父親なのか預言を知らぬ者でも正体に察しがついてしまうからという理由だったらしい。聞かれた言葉の意味がわからずに、ルークは呆けた。
「――は?」
口から食べかけのクッキーがぽろりとこぼれ落ちる。隣で紅茶を飲んでいたアッシュが眉を顰めた。弟の無作法もそうだが、ミリアの意が汲め取ることができずに。
「それはどういう意味だ?」
「ティアに好意を抱いているようなら、ルークにティアをあげても良いと思ってね」
「――ティア・グランツの罪を不問にして?」
アッシュは疑わしげにミリアを見遣る。そのエメラルドグリーン――に似た翡翠の眼はミリアの真意を見極めようとしていた。アッシュとミリアを交互に見遣ったあと、ルークは首を振った。
「べつにいらねー。俺はあんな冷血女なんか好きじゃないね!」
けっと吐き出すように言って、ルークは作りたてのアーモンドクッキーをかじった。
「そうか。わかっていたことだけれど、そう聞いて安心したよ。じゃあ……彼女には適当に用意してあげよう」
「何を?」
ミリアはさらりと口にする。
「ティア・グランツの結婚相手」
「「…………」」
なんでだよ。
と、アッシュとルークの心情は図らずも重なった。
揃って同じ表情をしている兄弟を眺めながら、ミリアは脳内に多数の男達をリストアップする。従兄が策略を巡らせていることは承知の上で、ルークは尋ねた。
「なんでミリアがティアの結婚相手用意してやるんだよ。つーかあいつ罪人だろ? 牢屋からもう一生出れないんじゃないのか?」
――ルークはまだ知らないが、ティア・グランツは度重なる犯罪行為により、情状酌量の余地もないと判断されそのうち処刑される手筈になっていた。
「ユリアの子孫だからね。彼女もまた、血を残す義務がある」
「ふーん……罪人の妻なんてみんな嫌がりそうだけどな。ティアのことはともかく、アニスとかジェイドとかどうなったんだ? ガイもいつの間にか見かけなくなったけど」
「アニスもガイも牢屋だよ。アニスは……尋問してタルタロス襲撃幇助に関与した疑いが浮上したから、マルクトに引き渡す。ガイは護衛剣士の役目を果たせなかったからね……ある程度服役したら解放される予定だったが、マルクト貴族の名を騙ってるから精神鑑定中だよ。その結果次第では、彼の将来は厳しいものになるだろう」
「ジェイドは?」
「タルタロス襲撃に関して査問会が開かれたらしい。大佐から降ろされたようだが、息災と聞くよ」
もっとも、タルタロスの乗員遺族に厳しく責められ、マルクト軍にも居辛くなり辞めたようだが。養子縁組も解除され、現在はジェイド・バルフォアを名乗って生きている。針の筵の状況でも本人は図太い態度を崩さないまま生きているらしい。
「へえ……」
ルークは頷いて黙りこくる。ガイを親友だと思っていたはずなのに、友人の現状を聞いてもさほど胸は痛まなかった。世間話として流せてしまえるのは薄情な証拠だろうか。思考に耽るものの、答えは出ない。
ルークの顔を横目でちらりと見て、アッシュは告げる。
「もう二度と会うこともないだろう。もとより、あいつらは罪人だ。そんな奴らの話など、俺はどうでもいい。あいつらに関心を持つよりも、もっと有意義なことに関心を持ちたいからな」
「道理だ。この話はここまでにしよう。それで、ルーク?」
「んぁ?」
「ナタリアが以前受け持っていた公共事業の一端をお前に任せようと思うのだが、……やってくれるね」
「へ?」
疑問符すらついてませんでしたけど!?
ルークが目を丸くさせ、アッシュは額を抑える。
「……俺がぁ!?」
「大丈夫だよ、あのナタリアにもできたのだから。補佐はつけるから、わからないことがあれば聞けばいい」
「「すごい説得力だ……」」
あのナタリアという短い言葉に込められた意味が毒々しくて、ルークとアッシュは二人揃って顔を引き攣らす。と、同時に納得できてしまうのだから、どうしようもない。
ナタリアは和平を成功させるべく自らの公務を放り出して同行している。責任能力が欠如したナタリアができたほどである。ルークにできないわけがなかった。実際ミリアがナタリアの公務を引き継ぐべく確認したところ、彼女がしていたことの殆どは慰問など外の公務に偏っていて、机仕事は書類に判子を捺すだけであった。
「私はしばらく顔を売るためにも外交を優先させることになるだろう。その間、ルークとアッシュにもできるだけ手伝ってもらうよ。何しろ従兄弟だからね。精々頼らせてもらうさ。アッシュは次期ファブレ公爵としての役目もあるから大変だろうけど」
こき使う気だな、こいつ。
アッシュとルークは胸中で思いを一つに揃えた。
「行く行くは、二人に私の片腕を担ってもらいたいから、頑張ってくれ」
にこり。ミリアは輝かしい笑みを向ける。
アッシュとルークも引き攣り笑いを返す。
そのやり取りは、長閑な午後の陽射しでやるには寒々しいやり取りだった。
「ミリア殿下、こちらがご所望の書類です」
「ああ、ご苦労。下がっていいよ」
「はっ!」
文官は一礼してミリアの執務室から去って行く。
ナタリアがかつて使っていた執務室は様相が変わっていた。壁には重要な資料を入れる鍵付きの本棚が置かれ、その中はぎっしりとファイルが詰まっている。鍵がかけられる机に入れ替え、イスも長時間の机仕事が苦にならないよう厚めのクッションが敷かれていた。
そのイスに座りながら、ミリアは文官が持ってきた書類に目を通す。
それはティア・グランツに宛がう、キムラスカ王族に忠誠を誓う家の男達のリストアップだった。
(血だけは有用だからな)
ミリアにとってはティア・グランツは罪人以外の何者でもないが、その血には計り知れない価値を見出していた。
(教団が神のごとく祀るユリアの血だ。精々、キムラスカが有効活用してやるさ)
ローレライ教団はその名からしてローレライを奉っているように見えるが、実際はユリアを信仰している。教団にとって大事なものは預言であり、それを齎してくれたユリアにこそ畏敬の念を払う。もとよりローレライの存在は不確かであり、存在の確証がないものを祀るよりも、人間であるユリアの方が存在証明しやすい分、教団にとって余程祀りやすい存在だったのだ。
だからこそ、どうにかしてユリアの血を手中に収めておきたかった。
ホド崩落を迎えるまで、ユリアの血族はマルクト帝国に籍があった。これはダアトと決裂しユリアがマルクトに移住したことが原因であるが、教団は自分達の神に等しい存在が他国にいることを許しはしなかった。
ユリアを神の如く祀るローレライ教団は、ユリアの血をどうにかしてダアトに取り戻したかった。篤い信仰心とは周囲を見えなくさせる効果がある。教団を動かしている者たちにとって、ユリアの血族の確保は最優先だった。
マルクト帝国にユリアの子孫がいる以上、ダアトはマルクトと懇意にならざる終えない。だが、ダアトだとて、マルクトといつまでも歩調を合わせるほど大人しくはない。
ずっと影で牙を研いでいたダアトは、当時のマルクト皇帝の懐柔に成功した。
マルクト皇帝に預言を与え、思考能力を奪う。当時の皇帝は王として器が足りず重責に飲み込まれた。そこで教団は甘い毒を皇帝の耳に注ぎ続けたのだ。預言に従えば、そうした苦悩も重責もないのだと。
毒は時の皇帝の心にまで浸透し、預言にどっぷり浸かった皇帝はダアトの意のままに動いた。
教団は策略を練り、預言に消滅が詠まれていたホドからユリアの子孫が逃れられないようにし、ホドの消滅を待ったのだ。そして、教団の者達はホドの消滅が起きると、ユリアシティまでユリアの子孫を誘導した。
崩落から逃れる形でユリアシティまで逃げてきたティアの母を保護することで、ローレライ教団はユリアの子孫に恩義を売り、ユリア血族自らダアトに留まるよう仕向けた。事実ヴァンもティアも教団から離れようと考えずに地位を得た。
そうした策略を練ってまで、確保したユリアの血だ。
仮にミリアが導師、あるいは大詠師だとしたら、ユリアの血を大事に大事にしまいこんで飼い殺すだろう。今頃ヴァンもティアも子沢山になってるはずだ。
本来その役目を行うユリアシティの市長は、グランツ兄妹に情が移り、役目をまっとうすることができなかった。愚かなことだ。
そうまでして確保しておきたかったユリアの子孫を、キムラスカ王国に今回奪わてしまったのだから。
例えば、もし。
ユリアの血をキムラスカに取り込まれたら、ローレライ教団はキムラスカに表向きでも恭順せずにいられないだろう。再び策略を巡らせてユリアの血を取り戻そうとするかも知れない。――だが、取り戻せないほど、ユリアの血がキムラスカに分散してしまったらどうだろうか。
(ティアはまだ16歳だ。仮にも軍人だったから健康的で体力もある。閉経までたくさん産んでもらうとしよう)
ミリアの思考には人権は考慮されていない。情状酌量がある罪人ならばともかく、自分勝手な犯罪者にかける温情など無いのだ。
「ああ、こいつにしよう」
ミリアはリストアップの中から男を一人選ぶ。
次代の国王に呼ばれた男は歓喜に染まった顔で非情な命令を受け入れた。その代わりにミリアは男の一族の便宜を図ると約束をして。
男の花嫁になったティアは籠の鳥としてしばらくの間大事に生かされる。
その扱いは罪人が受けるものとしては不相応なものであったが、籠の鳥は気付かない。大切に扱われるうちに、男に愛情を抱いたティアは妊娠して幸せそうに笑う。子供をたくさん産まされることにティアは一つの疑問も持たず、ユリアの血の保護に貢献し、死亡した。
ティアの子供達はキムラスカ貴族と縁を結び、幸せに暮らしたという。
END.
消化不良な印象が拭えませんが、何とか終わりました。
このあとミリアは次期国王として、アシュルク兄弟は彼を支えるために多方面で経験を積むことになります。アッシュは次期ファブレ公爵なので負担が大きいです。ルークはどこかの貴族に婿入りかな。キムラスカ王族の血筋だし公爵の息子だから引く手数多だよ。ミリアがルークにティアをあげてもいいと思ったのは、キムラスカ王家にユリアの血取り込めば教団はキムラスカに恭順するしかないよね☆って意味です。教団にとってもキムラスカ王族の血は価値があるから手出しできなくなる。
2015/04/04
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