ガルディオス伯爵とジェイドは相談し、アニス・タトリンという不安要素の監視を選んだ。
シンクの発言、イオンの態度、確証には足りないがアニスは怪しすぎる。現状においては疑惑でしかないが、不安要素であることは間違いない。そして、そういう者をみすみす
放置しておくほど二人は楽観的ではなかった。
本当ならばアニスを降ろすか、あるいは拘留してしまいたかったのだが、導師イオンがアニスを擁護したためできなかった。
拘留理由がスパイ容疑では教団に抗議理由を与えてしまうことになる。容疑の段階で拘留すれば、確たる証拠もなしに導師守護役を拘留するなど云々と教団が抗議してくることは眼に見えていた。
アニスを降ろしてしまえば、代わりの導師守護役を待たなければならない。代理の導師守護役がモースの第二のスパイではないと限らないのだ。
和平交渉の遅延、教団の軋轢も考慮すると、現状ではアニスの監視を付けておくという選択肢以外を選べない。
疑惑を晴らすためと口にして導師イオンにアニスの監視の了解を得る。そして和平使者一行は、ルークの護衛、アニスの監視のための軍兵を補充すべく、セントビナーの傍でタ
ルタロスを止めた。
セントビナーの門を潜ると、ルークの名前を呼びながら一人の青年が駆けてきた。
「ルーク!」
「ガイ!?」
「探したぞ」
ガイはフレンドリーな笑顔を見せながら、ルークに近寄った。ルークは満面の笑みでガイを迎える。
「迎えに来てくれたのか」
「当たり前だろ。まさか、ルークがマルクト軍と一緒にいるなんてな」
「ガルディオス伯爵とジェイドがエンゲーブで俺達を保護してくれたんだ。これからバチカルに向かうっていうから、送ってもらうことに……ガイ?」
ルークがマルクト軍と行動を共にする事情を説明すると、話の途中でガイの双眸が揺れた。ガイの体が震え、彼は利き手で頭を抑える。激しい動揺が見てとれた。
「……ガルディオス伯爵?」
「あ、ああ。やっぱり驚くよな。ホドと消滅したと思ったら、生きてるんだからさ。俺も最初はビビったけど、話してみたら、けっこう良い奴だぜ」
「ま、ってくれ、ガルディオス伯爵って、……名前は?」
ガイは蒼白な顔色でルークに尋ねる。ルークは内心驚きながらも、ガイの問いに答えた。
「えーと……ガイラルディア、ガラン・ガルディオス」
「うそだっっっっ!!!」
「ガイ!?」
「うそだ、そんなわけがない!!! ガイラルディア・ガラン・ガルディオスだって!? そんなはずはない!! だって、それは俺の……!」
「どうしたんだよ、ガイ!」
ガイが激しい口調で否定する。ルークは真っ青になったかと思えば、大声を出してガルディオス伯爵を否定するガイに目を丸くした。すぐさま落ち着けと彼の両肩を掴み揺さぶ
った。ガイは瞳を揺らしながら、ルークを見る。
「ルーク、違うんだ、ガルディオス伯爵なんているはずがないんだ。ガイラルディア・ガ
ラン・ガルディオスなんて俺以外にいるはずがない!」
「はあ!?」
ガイは動揺するあまりか、長年隠していた事実を漏らした。ルークは目を丸くしたまま呆然とする。
「何言ってんだよ、ガイ……」
「俺がガイラルディア・ガラン・ガルディオスなんだよ! ガルディオス伯爵なんて偽者だ! そんなはずいるわけがない! だって俺は今までずっとファブレ公爵家にいた!
ホド戦争が起きたあと、俺はペールと脱出して公爵家にいたんだ! ファブレ公爵に姉上たちの復讐をするために……! ルークは俺のことを信じてくれるだろう!?」
「……ガイ、待ってくれよ、それって……!」
ルークは動揺から立ち直ると、警戒心と嫌悪感を浮かべる。ガイの両肩から手を離して、すこしずつ後退してゆく。
ルークの態度を見て、ハッとガイは我を取り戻した。慌てて口を抑えて、ルークを窺い見る。ルークの双眸には猜疑心が浮かんでいた。
「――あなた方は門の前で何を騒いでいるのですか?」
ジェイドが呆れたように言った。
「ジェイド……ガルディオス伯爵は?」
「伯爵なら陛下に報告書を書いてます。私は一仕事終えたので、あなたの護衛を。それで、彼は?」
ルークは眉間を寄せる。
「……ガイ・セシル。うちの使用人」
「そうですか。それはずいぶんとご主人様思いのことで」
「だと思ってたけど、違うらしい。ガイは、自分が本物ガルディオス伯爵だって」
「……は?」
「ガイは、本物のガイラルディア・ガラン・ガルディオスって言うんだよ!」
ルークは吐き捨てるように告げた。ジェイドはルークから、ガイに視線を移す。ガイは依然と青白い顔のまま立ち尽くしていた。
「……ガルディオス伯爵が名乗り出てからというもの、本物のガルディオス家の遺児だと名乗り出る者が多くて困りますねぇ。もう飽きましたよ。ルークの使用人まで馬鹿なこと
を言い出すとは……」
ジェイドは溜息混じりに言った。信じていない態度にガイの頭は沸騰した。
「俺が本物のガイラルディア・ガラン・ガルディオスだ! ホドにファブレ公爵が乗り込んできた時の記憶だってある!」
「その記憶がガルディオス伯爵の証拠だとは認められませんが、まあホドの住民なのかも知れませんね」
ジェイドは子供の嘘に付き合ってあげるような口調をする。ガイの頭はますます沸騰した。
「俺が本物だと証明することはできる! ペールが証人だ! ペールは、本名ペールギュント・サダン・ナイマッハ。ガルディオス家に仕えていた騎士の名だ。ペールはホド戦争の時に俺を逃がしてくれた!」
「ペールギュント・サダン・ナイマッハなら、ガルディオス伯爵家で騎士の育成中だと聞きましたが?」
「ペールの偽者までいるのか……!」
ペールまで、とルークが呟く。その声は、自身が本物だと証明するために必死なガイの耳には届かない。
「何で俺の偽者がいるのか知らないが、ガイラルディア・ガラン・ガルディオスは本当に俺なんだ!」
ジェイドは溜息を吐いた。
「いい加減にしていただけませんか。ガルディオス伯爵といえば、マルクトが誇る若手貴族です。ピオニー陛下の信頼も厚い。その伯爵の名を騙る? しかも復讐を企みファブレ
公爵家に潜伏していたですって? 冗談にしても性質が悪い」
ジェイドの赤い双眸に冷ややかな感情が浮かぶ。声音も冷徹だった。
「もし仮にあなたが本物だとしましょう。マルクト帝国の貴族が家の復興と、ホドの領民の保護を後回しにして、復讐を優先する。私情を優先させた時点で、あなたに貴族を騙る
資格はありませんよ」
ガイの「なんで」と理由を問う声にジェイドは愚問だと答える。
「ノブレス・オブリージュ。貴族には社会的地位をはじめに様々な特権が許されている代わりに義務があります。貴族の義務を後回しにして復讐に走る貴族なんて認めるわけない
でしょう。それに、ファブレ公爵家への復讐のためにマルクト貴族が潜伏していたとなったら、両国間の外交問題に発展します。マルクトは国家のためにも、そのような者をマル
クト貴族と認めるわけにはいきません。……まあ、所詮は仮定の話でしかありませんが」
ジェイドはガイがガルディオス伯爵だと認めていなかった。
ガイは自分が偽者だといわれる屈辱に身を震わせて、顔を真っ赤に染めてゆく。
「それにしても、ガルディオス伯爵の名を騙るなど馬鹿なことをしますね。容貌が似ているから偽れると思いましたか?」
「だから、俺が本物の――!」
「それ以上、声高に嘘を吹聴するようでしたら、私はマルクト貴族と国家の名誉を守るためにあなたを逮捕することになるでしょう。ガルディオス伯爵に訴えられないよう、精々
気をつけてください」
ジェイドはガイの言動を嘘だと決め付けて相手にしなかった。
「さあ、ルーク様、宿屋に案内します」
「あ、ああ……」
ジェイドはルークに話しかけて宿屋へ案内する。ルークは戸惑いながらジェイドの後に
続いた。
「ルーク! ルーク、お前は信じてくれるだろう!? ルーク!」
「……知らねーよ!」
ルークはガイをちらりと見たあと、嫌悪感と共に吐き出した。ガイは呆然と立ち尽くす。宿屋に向かう途中、ルークが「家に戻ったら、父上達に話さないと」と独り言を呟いた。
「遅かったですね」
「ええ、あなたの偽者が出まして」
「……私の?」
「はい。自分が本物のガルディオス伯爵と名乗って大変でしたよ。それにしても……似てますね」
「え?」
「その偽者とあなたが、ですよ。もちろん、その偽者が本物だとは思っていませんが、……もしかして、先代のガルディオス伯爵の落とし胤でしょうかねえ」
「……私は父ではないので、そのことについて言えることはありません」
ガルディオス伯爵は困ったように笑う。彼は肯定も否定もしなかった。ジェイドは相槌を返す。
「まあ、彼が本物だと信じる者はいないでしょう」
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