その後、和平使者一行の旅路を妨害する者は現れなかった。
ガイをセントビナーに置いて、アニスの容疑が晴れないまま、国境の砦カイツールに到着する。そこでは、ヴァンが待ち構えていた。
「ガルディオス伯爵、お久しぶりです。ルーク様、ご無事でしたか」
「師匠!」
「ヴァンデスデルカ……!」
ルークがヴァンに駆け寄り、ティアが武器を構えてヴァンに近付く。ガルディオス伯爵もヴァンと挨拶した。ジェイドはその三人の姿を視界に収めながら、一つの指示をくだした。指示を受けたジェイドの部下達はただちにティアを拘束した。
「どうして!?」
「マルクトで問題を起こせば逮捕するといったでしょう。教団の主席総長に危害を加えることは許しません」
ティアは血相を変える。
「そんな……! これは、仕方なく……!」
マルクト兵にその手に持っている武器は叩き落とされ、太股のガーターベルトに挿したナイフも奪われる。状況も読めずティアは顔を赤く染めると「そんなところ触らないで!」恥じらったような声をあげた。
「イオン様、ルーク様、お約束通りティア・グランツは逮捕させて頂きます」
「……お手数おかけします。教団の者がすみませんでした」
「ああ、まあ、仕方ねーな」
イオンが青白くなりながら申し訳なさそうに謝罪する。ルークも首肯した。ヴァンもイオンに倣うように謝罪する。
「ティア・グランツがご迷惑をおかけします」
「兄さん! 何を言ってるの!? 私は兄さんのせいで……!」
「ヴァン師匠、ティアは妹なんだろ? いいのか?」
「妹? いや、ティアは私の遠縁の従妹だ。確かに今まで兄代わりを務めてきたが……私の本当の妹なら、今年に入ってすぐに、マルクト貴族に嫁いでいる。ホドと共に滅亡したと思われているフェンデ家の性を名乗っては、預言遵守派に殺害される危険性があったから、私は長らくグランツ性を名乗らせてもらっていたのだ」
ヴァンの言葉にティアはぎょっと目を見開いた。ルークとイオン達は納得している。
「何言ってるの兄さん! 私が兄さんの妹じゃないって……冗談でしょう!?」
「事実だ。お前はテオドーロ市長の一人娘の子供だ。生後間もなく、お前の母は亡くなってしまったらしい。そこに、私と妹を産んだばかりの母が現れた。テオドーロ市長は母と私を面倒見てくれたのだ。母はお前を妹のように可愛がった。……妹はホド戦争の混乱によって、生き別れてしまったから、赤ん坊のお前と妹を重ね合わせていたのだろう」
「……うそよ、そんなの……だって私はユリアの譜歌を……」
「テオドーロ市長もユリアの子孫だ。あの街がどういうところなのか知っているだろう。ユリアの縁者が多い街なのだ」
「……うそ、うそよ……」
ティアは頭をふって否定するが、その否定に力は入っておらず項垂れてしまう。そんなティアをマルクト兵が引っ張り、ルーク達の傍から遠ざけた。
「ガイは? ルーク様を迎えに行ったと聞いたのだが……」
「ガイ? 多分セントビナーじゃねえの?」
素っ気ないルークの態度にヴァンは「何かあったのか?」と尋ねる。ルークは待ってましたといわんばかりに性急に話した。
「それが師匠、聞いてくれよ! ガイの奴、自分が本物のガルディオス伯爵だって言い出したんだ! それで俺ん家に復讐のために潜入してたとか言い出してさ!」
「そんなことを? ……確かに、ガイはガルディオス伯爵に似ていると思っていたが、それはないだろう。仮に、もしガイが本物だったとしても、元ホドの領民として、ガイを本物として認めることはできない。私情を優先させて、ホドの住民のことを考えていなかったのだから」
「それって、貴族の義務ってやつ?」
「そうだ。貴族なら相応の義務を果たさなくてはならない。その点、ガイはガルディオス伯爵を名乗り出る資格はないだろう。それに……ガルディオス伯爵はとても立派な方だ。ガルディオス家の資財を投げ打って住民を保護し、生活基盤を整えた。ピオニー陛下より領地を賜り、領地運営もうまくいっていると聞く。若手のマルクト貴族の中では、ピオニー陛下の信頼も厚く、大きな仕事を与えられる機会も増えているという」
「すげえ奴なんだな……」
「ルーク様も剣のみならず、勉学に力を入れなければな」
「……そうだな。俺も、頑張ってみるよ」
ルークが力強く頷いた。ヴァンは頷くと、ファブレ公爵から預かっていた旅券をルークに手渡した。ルークは旅券をぎゅっと握る。
「……なあ、師匠。ガイ、どうしたらいいと思う? あいつがファブレに戻ってきたら……俺は……」
「ルーク様はどうしたい?」
「俺は……ガイを親友だと思ってた。けど、今は……ガイにとって、俺は仇の息子でしかないんだと思ってる。ガイが本物のガルディオス伯爵とは思えないけど、記憶が混乱してるのかも知れねぇし……ホドの人間の可能性はある。ホドの人間にとって、父上は……ファブレ公爵は仇だろ?」
「……私も、元はホドの住民だ」
「……うん。でも……師匠が俺に優しくしてくれたのは事実だから。俺は師匠のことを信じたいと思ってる。ガイは、違うんだ。俺はもう、ガイのことを信じることはできない」
「そうか。なら、答えはもう出ているだろう」
「……そうだな。俺はもうガイのことを親友だなんて思えないんだ。……父上に、ガイとペールの正体話してみる。もしガイが本当に復讐者なら、俺だけじゃない、母上達も危ないから」
ルークの答えにヴァンは微笑む。ルークは決意を秘めた眼でヴァンを見ると、ファブレ公爵家にいち早く戻るべく、足を進めた。
ファブレ公爵は帰還したルークから話を聞いて、ただちにペールを呼び出し真偽を確認した。同時に、ガイの捜索をはじめる。
ガイは依然とショックが抜けないままだったが、長い間、ファブレ家に潜伏していた影響なのか、帰巣本能が生まれていたらしく、自主的にバチカルに戻ってきた。バチカルに足を踏み入れたところを捕まえ、ペール共々詳しい取調べを始める。
公爵にすべてを知られたと思ったペールとガイは互いの正体を打ち明けた。ようやく我を取り戻したガイは取調べを受けている最中、自らが本物のガルディオス伯爵に他ならないと声高に告げた。マルクトで否定されたのが余程ショックだったのだろう。
ファブレ公爵は念のためにマルクトに照会したが、ピオニー陛下はガルディオス伯爵の名誉を貶める偽者だとガイとペールを断じた。マルクトが二人を見捨てたため、二人の身柄はファブレ公爵の裁量に委ねられた。公爵は後顧の憂いを断つためにも二人を処刑することにした。
「俺が本物なのに……どうして誰も信じてくれないんだ……」
ガイは牢屋の中で足を抱えながら、惨めに呟く。
死刑執行のカウントダウンが始まっていることに怯えていた。ガイの隣の牢屋に入れられたペールは青褪めた顔で頭を抱えた。
(……私は間違ったのか?)
ペールは牢屋に入れる前に、ガルディオス伯爵の話を聞いた。
ガルディオス伯爵はマルクトの有力貴族であるショウブ公爵の娘ミリアを娶り、ショウブ家を後ろ盾に、家を復興したという。
表舞台に出てくるまでガルディオス伯爵は姉のマリィベルと貧しい暮らしをしながらも、手を尽くして、貴族と渡りをつけていた。マリィベルは伯爵家の娘でありながら、身分を隠し、娼婦に身を落としながら、男爵に近付いて愛人となった。そこから貴族社会と関係を持ち、ガイラルディアは姉の力で参加することができたパーティーで他の貴族と――正式には貴婦人と関係を結びながら――最終的にミリアと出会い、彼女と関係を結び、既成事実を作ることで無理やりショウブ公爵に婚姻を承諾させ、結果ショウブ公爵家の後ろ盾を得て家を復興させたという。
その後、ガルディオス伯爵はガルディオス家の資財を投げ打ってホドの住民の保護をして、ピオニー陛下から直轄の領地を賜り、四苦八苦しながらも領地運営を軌道に乗せ、今回、和平交渉役という重大な任務を与えられた。
徐々にピオニー陛下から信頼を集めており、今回の和平交渉を成功させれば、重要なポストにつくことも難しくないという。
若手貴族の中では頭が抜き出た存在であることは間違いないだろう。
――それに比べて。
(ガイラルディア様……)
ペールがこれまで傍にいた、ガイは。
ホド戦争が起きてから、ずっと復讐心を隠して、ファブレ公爵家に潜伏していた。復讐をするならするでサッサと済ませてしまえば良かったのに、何かと理由をつけて後回しにした。
結果、使用人として十年以上の時間を無駄にしたのだ。
ホド戦争で喪ったと思った、人々の顔が脳裏に蘇る。むせ返るような血の臭いと、ファブレ公爵率いるキムラスカ軍が進撃する軍靴の音を、今この時ですら、ペールは決して忘れたことはなかった。
――だが。
――復讐に明け暮れるよりも、他にやるべきことがあったのではないかと。
――今では思うのだ。
ペールは本物のガルディオスの遺児が、ガイだという確信を持っている。
マリィベルはガイを庇って死亡した。小さな弟の背中を庇う、華奢な少女の背を今も思い出す。血に染まった少女の下には、姉の無残な死を眺めるしかなかったガイがいた。マリィベルが命を賭して守ったガイを生かすために、ペールは彼女の遺体を葬ることもなく、その場に、見捨てた。
見捨てたのはマリィベルだけではない。同僚や、顔見知りの使用人の遺体が物のように転がるガルディオス家を駆けて、彼らの悲鳴と断末魔と剣戟が満ちる中をガイの小さな体を抱き上げて、必死にホド島を脱出したのだ。
二人だけ生き残った罪悪感と戦いながら、それでもなお、騎士として、主に託されたガイの命を守り抜いた。
それが間違いだったとは思いたくなかった。そうでないと、ガイを守るために死んだマリィベル達が浮かばれないではないか。
――それでも、思ってしまう。
――思考も感情もとめられなかった。
――非情な結論が心を衝く。
(私は、ガイラルディア様よりも、)
――貴族として、立派に立ち上がった偽者のほうが。
ペールは目を固く瞑る。それ以上の言葉は出る前に呑んだ。
主君と共に殉じよう。
それが、主君を正せなかった騎士の、最期の役目だ。
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