※注意書き
「奇形児」の話です。
偏見思想含め今回は特に注意書きが必要不可欠と感じましたので設けました。
不快になっても責任取れません。自己責任でお読み下さい。
ファブレ公爵は、ティア・グランツを蛇蝎の如く忌み嫌っている。
公爵家の敷地内に構えた別邸でのうのうと自由自適な生活をしているティア・グランツを見るたびに、憎悪が湧き上がる。妻やルークは好いているようだが、何故あの女に好意を抱けるのかファブレ公爵は不思議でならなかった。
あの女は、ファブレ公爵家に大損害を与えた犯罪者である。
ヴァンを殺害するためだかなんだか知らないが、兄妹喧嘩なんかのために他人の家に譜歌を使って侵入した。譜歌の影響力は凄まじく、健常なファブレ公爵をはじめに白光騎士団の兵士を昏倒させた。女子子供への被害は言うまでもなかった。病弱なシュザンヌは一時生死の境をさ迷い、ようやく意識を取り戻したのは――それでもベッドから起き上がることはできなかった――誘拐被害に遭ったルークが帰還して前のことである。公爵家の警備を無効化されたせいで政敵に襲われる危険性もあった。譜歌によって意識を失った料理人が厨房で油を使っていたせいで軽い小火騒ぎも起こった。
貴族の家はその権威に相応しく、立派な建物が多い。家は貴族にとって権力の象徴なのだ。しかもファブレ公爵家は王妹を娶ることができるほど高貴な血筋、相応の家格を持っている。その家の警備を無力化させられたということは、権威の失墜だった。
そのことで、ファブレ公爵は各方面から本来ならば痛くない腹をかなり突かれた。キムラスカ元帥として、日々王の元に参じるファブレ公爵に負の感情を持つ輩は腐るほど存在している。王家の血脈、王妹の夫という不動の立場に加えて、キムラスカ王国軍の元帥という地位を得ているのが面白くないのだろう。せめて元帥という立場から引き摺り下ろしたいと思う者は想像以上に多かった。
故に、”元帥の家”がたった一人の女の侵入を許したばかりか、警備を無効化され、王妹を危機に晒し、王位継承権第三位のルークを誘拐されたという事実は、恰好の攻撃の口実になった。
譜歌による侵入は予想していたが、ユリアの譜歌という特別な譜歌を使われては防ぎようがない。ユリアの譜歌は通常の譜歌よりも威力が高いのだ。貴族たちはそれらを無視して、公爵の失態を面白おかしく突いて元帥の地位から引きずり下ろそうとした。
白光騎士団という独自の私兵を持ちえながら、女一人の侵入を防げず、まんまと攻撃を食らい、あげくに王位継承権第三位のルークを誘拐されるとは――。
ルークが誘拐された当初、ルークが外で子供を作らされているのではないかと、ファブレ公爵は気が気ではなかった。危害を加えられていることも心配していたが、何よりも王族の血が自分の眼が届かないところで穢されていることが心配でならなかった。マルクトに誘拐されたと思われていたあの当時も、ルークの精液を奪われた可能性に動揺を覚えていたのだ。キムラスカ王族の象徴を持ち合わせた、ルークの子供が出てきたら、ファブレ公爵には否定しようがなかった。
ファブレ公爵を貶め、様々な懸念を与えた、ティア・グランツは彼にとって敵以外の何物でもなかったのだ。そんな女とルークが添い遂げるなど冗談ではない。あの女を身内に迎えることも、あの女の血を家に取り込むことも、ファブレ公爵には許せなかった。
インゴベルトは理を説き説得することができたが、シュザンヌやナタリアはルークとティアに甘い夢を抱いて二人の恋愛を応援している。ティアを公爵家に住まわせることになった時、ファブレ公爵は腹に抱えた焦げ付くような怒りを抑え、自らに忠誠を誓っているラムダスに秘密裏に命を下した。
――ティア・グランツに、ピルを投与するようにと。
あの女がルークの子を産むなど、冗談ではない。
それでも尚、あの女はルークの子供を産んだ。
あの日のことを、ファブレ公爵はハッキリと覚えている。子供を産む過程で、気を失ったティア・グランツを他所に、産婆たちは戦慄していた。
『ひっ……』
ティア・グランツから取り出した子供を見て、産婆は壁に寄り添って青褪めて震えていた。産婆を手伝った他の者たちも同様に壁に張り付いている。産婆たちは一様に一つのものを凝視していた。その先にあるものを怯えながら、目を逸らせない。逸らしてしまえば食い殺されてしまうというような、恐怖が溢れた目だった。血と水の匂いが入り混じる中、汚れも気にせず土足で踏み入った先、ファブレ公爵はティアが産んだモノにぎょっと驚いた。ティアが産んだ赤ん坊などすぐに処分してしまうつもりだったが、これは――。
『なんだ、これは……』
赤子、と呼ぶことすら躊躇った。頭は歪曲を描き、本来あるはずの腕や足はない。それはおぞましくもぞりもぞりと僅かに動くと止まった。息絶えたのかも知れない。だが、誰も息を吹き返そうと思えなかった。最初から処分するはずだったファブレ公爵は言うまでもなく、産まれたばかりの赤子を喜ばしく思うはずの産婆ですら身動き一つできない。赤子というよりは、ぐちゃぐちゃの肉塊だった。
――奇形児という存在がいる。
産まれる前、何かしらの原因で赤子の形が本来のものから変わることだ。排気汚染された水を飲んで産まれた双頭の山羊など存在している。動物しかいないと言われていないが、人間もまた動物である。表沙汰にされていないだけで、人間の奇形児も中にはいるかも知れない。その奇形児をティア・グランツは産んでしまったのだ。
後に、彼女が過去に受けた障気触害が原因であることが判明するが、当時のファブレ公爵や産婆たちはそのことを知らずにいた。それ以前にティア・グランツが過去に障気触害になっていたことすら知らなかったのだ。
知っていたのならば、ルークの愛人としてでも迎え入れることに断固反対を示していただろう。化け物を産む女を誰が喜んで迎え入れるというのか。こうなることがわかっていたなら、たとえルークに恨まれようとも、何らかの手を使ってティア・グランツを処分していた。王族の血を化け物に変え、闇に葬り去られるような子を産む女など気持ち悪い。
ルークがティア・グランツに飽きたとき、適当な男に彼女を下げ渡すつもりだったのに、化け物を産む女など価値がないではないか。ユリアの血もこの女の汚らわしさに負けて穢れてしまったと見える。
産婆たちはティア・グランツと赤子を交互に見ながら、恐怖と嫌悪で顔を歪めて呟いた。ティア・グランツは化け物を産んだ悪魔の娘だと。王家の血筋から化け物を産んだ娘だと忌避した。その通りだと、ファブレ公爵も同意した。再び悪魔の子を産まないよう、ティアにはピルの投与を繰り返した。薬の影響か、ティアの性格は以前にも増して感情的で抑制がきかなくなっていたが、たとえ彼女がどれほど変わり果ててもファブレ公爵には願ったりだった。ティアが醜くなればさすがのルークの愛情も揺らぐはずだ。
ティアを、いつまでもこの家に置いておくなど冗談ではなかった。たとえルークが愛した女性でも、あれは悪魔であり、不幸の原因である。変なものに好かれたルークの心を変えるべく、ファブレ公爵は思考と人脈を駆使した。
ルークには完璧な妻を作る。王族の妻に相応しい教養を身につけた、美しい妻を。そうして数多の候補の中から選び出されたのはミリア・ショウブだった。彼女は家格こそ低いものの、教養と美しさ、それに社交性に富む女性だった。貴婦人からはあまりにも悪名が高いが、それはミリアが有力貴族に見初められるほど教養高い女性だからだ。彼女は身体を売り渡したことは一切なく、万に及ぶ豊富な知識と話題で男を楽しませる。長時間何人もの男と密室で過ごした、と口さがない貴婦人は言うが、時間を忘れて話に熱中していただけだ。それはそれは楽しいときを過ごせたと男達は口を揃えるから、これがまた貴婦人たちの邪な思いを増長させるのだろう。どんなに悪名を流されようとも彼女は毅然とした態度を崩さず、それどころか微笑して取り成す、強靭な精神力の持ち主だった。有力貴族から数多の結婚の申し込みを受けたのに、ミリアはそれらを断り、ファブレ公爵が持ち込んだ結婚話を受けてルークの妻となった。何でも以前ファブレ公爵に助けてもらった恩があるという理由だったが、公爵にはとんと記憶になかった。それにどんな理由にせよ、ミリアがルークの妻になってくれるならばどうでも良かった。
公爵はミリアをルークの妻として迎え入れるとき、彼女に願った。ルークとティアの仲を引き裂き、公私共にルークを支える妻となり、ファブレ公爵家の後継者を産むようにと。
それがどれほど難しいかわかっていたが、ファブレ公爵は願わずにいられなかった。
ミリアは早々にルークの子を妊娠した。ミリアの妊娠発覚後、ルークとティアの間では諍いが絶えない。自分以外の女との間に子供を作ったのが許せないというティアと、貴族として後継者を作ることが義務と教わったルークの価値観は違う。浮気だとルークの不貞を詰るティアに、ルークはほとほと困り果てて何とか機嫌を直そうとするがティアの機嫌は直らない。肩を落とすルークをミリアは気遣い、癒す。
ルキウスを産み、ミリアの地位は磐石のものとなった。公爵家の後継者たる男児を産んだから、もうミリアと性交渉を結ぶ必要はないだろうとティアはルークを縛る。ティアがいる別宅に戻るように促すが、自分の血を継ぐ子供が珍しくてしょうがないのだろう、ルークはルキウスに構いがたがった。レプリカである自分の子供を産んでくれた女性として、ミリアに対して深い関心を寄せるようになった。ルークとミリアの夫婦仲は順調だった。
クリムゾンとシュザンヌと、ルークとミリアとルキウス。ファブレ公爵家の家族はそれで十分だ。ティアの入る余地などない。それをいい加減ルークもティアも理解すべきだった。
最近ルークはミリアとルキウスと、ティアを比較して考え込む。そうしてハッと顔をあげて、不思議そうな顔をするのだ。ティアとルークの仲を取り持っていたシュザンヌはルークとルキウスとミリアの姿を見て、微笑を浮かべる。そうしてティアの存在を思い出しては顔色を曇らせる。
崩壊の兆しが見えていた。
2014/03/03
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