「ルークの奴、いったい何をやってるんだ!!」

 ガイが憤怒の声をあげると同時に、ジェイドの溜息がこぼれ落ちた。

「ガーイ、落ち着きなさい」
「落ち着けって……こんなの見て落ち着いていられるわけないだろう!?」

 ガイとジェイドの手には手紙が握られていた。微妙な差異はあれど、手紙の内容は殆ど同じだ。ティアとルークの交際が認められなかった。二人は結婚できない。ティアはルークを諦めきれないから愛人になる――ジェイドは溜息を吐いて、ガイは怒った。
 それは、二人が手紙を読んだときに感じた感情の差だった。

「それで貴方はどうするつもりですか?」
「どうするって……! もちろん抗議するに決まっているだろう!? ティアが愛人だなんて冗談じゃない! 彼女はユリアの子孫なんだぞ!?」
「むしろ、ユリアの子孫だからこそ、愛人で済んだんでしょうね。命も助かって、正式とは言えませんが愛する人と結ばれることが許されたんですから、破格の待遇じゃないですか。犯罪者から一転、玉の輿に乗って悠々自適の暮らしを得るなんて、誰が聞いても羨ましがるでしょうねえ」

 ジェイドは軽やかな声でガイの怒りに油を撒くようなことを言った。点火は一瞬のことだった。ガイは火のように赤く染まった顔でジェイドを睨みつけた。

「なにを言っているんだ! 犯罪者だなんて……誰かと間違えているんじゃないか!?」
「あなたは忘れたんですか、ガイ。ティアは世界滅亡を企てたヴァン・グランツの妹ですよ」
「それは……! そうだが、いくら家族と言っても、ヴァンの罪はティアに関係ないだろう!?」
「ガイ、あなたがそれを言いますか? 家族を殺害したファブレ公爵ではなく、無関係の息子の方を殺害しようとしていたあなたが」

 ジェイドの皮肉った言い方に、冷水を浴びせられたような気分に陥った。サァッと頭から血の気が引く。ガイはそれは……と言いよどんだ。気まずそうに視線を落とすガイに、ジェイドは呆れ果てたような目を向けた。

「愛人がどうのという話は、ティアが自ら決めた話です。私たちが介入するような話ではないでしょう」
「ティアは……ティアは本当はルークの愛人になんかなりたくないはずなんだ。ちゃんと結婚して、ルークの奥さんになりたいはずなんだよ。わかるだろ?」
「わかりませんね。私はティアではないので。それに、彼女はもう良い大人でしょう。分別がつかない子供じゃあるまいし、彼女自身が選んだことに口出しするのは野暮でしかありませんよ」
「そんな……そこを何とか……」
「それに、ガイ。あなたはティアのことに構っている暇が自分にあるとお思いですか?」
「え?」
「あなたは伯爵貴族として駆け出したばかり。本来ならば時間を惜しんで勉学に打ち込み、様々な貴族と繋がりを持つために尽力しなければいけない身でしょう。ピオニー陛下の寵愛に甘えていたら、その座から一気に引きずり下ろされますよ」

 言ってはなんですが、あなた程度の代わりはいくらでもいますからねえ。――世間話の一環のように、ジェイドの口からさらりと吐き出された言葉は、ガイの背筋を冷やす。ジェイドは、硬直するガイを観察しながら微笑んだ。

「マルクトの貴族年鑑から、ガルディオス伯爵家の名を消されぬよう、せいぜい頑張ってください」

 その響きはまるで確定した未来を告げているようで。
 ガイを震撼させた。



 危険な綱渡りをしている。周囲は闇だ。ほのかに照らす明かりを手放せば、闇に転落してしまう。足場を支える一本のロープから滑り落ちないよう、ガイはしなければいけなかった。

「ガルディオス家を復興してすぐに陛下の側近になれるとは。伯爵はよほど幸運な縁に恵まれたのでしょう。……ところで、ホドが滅亡して十年以上も経過していますが、その間いったいどういう生活を?」 

 ある貴族は穏やかな笑顔を浮かべて、ガイの経歴を言葉から探ろうとする。嘘をつくことには慣れているが、貴族の腹芸には慣れていない。世間話に乗じて痛い腹を突かれた。

「和平締結の折、不敬にもマルクトの一貴族がキムラスカ国王に刃を向けたそうです。恐らくただの噂でしょうが……もし事実だとするならば、国際問題を考慮して、お家取り潰しでしょう。仮想敵国の国王に牙を向き、戦争の口実を与えるとは正気とは思えません。和平締結の場が開戦の場となっていてもおかしくない。その貴族一族郎党の血を持って罪を購ってもらうくらいはしてもらわないと。そのような愚かな真似をする貴族など、どこを探してもいないでしょうが……いったいどこからこのような噂が出たのでしょうね。不思議です」

 当時のガイの行状を、貴族たちは遠回しに愚劣な行為だと非難する。ガイの経歴は傷だらけだった。探られれば痛い過去しか持っていない。貴族たちは微笑を浮かべながら、ガイの足を引っ張り、二度と立ち直らせないように彼の過去の失態を突きつけた。

 ガイの周りには味方なんて一人もいなかった。

 ピオニー陛下ですら、ジェイドですら、ガイを助けてくれなかった。ピオニー陛下は大変そうだな、と人事のように笑いながら告げて、助力を願い出ても一蹴した。ジェイドに至ってはにこやかに笑顔で応援を贈るばかり。
 必死こいて現状を維持するのが精一杯だ。周りに目を向ける余裕なんてない。ティアから届いた手紙に応えることもできなかった。ルークの愛人になることに深い絶望を抱いているのに、大丈夫だと書く彼女の本心を知らぬふりをした。そうしないとガルディオス家を守ることができなかった。ティアに構っている精神的余裕などない――ルークがキムラスカ貴族と結婚すると噂で聞いた。
 ガイは招待状が届くと思っていた。自分はルークの親友だから、届くと思い込んでいた。届かないはずがないと思っていた。だが招待状は届かないまま、噂という形でルークが結婚したことを知らされた。

 慌てて手紙を書いて送るが返信は届かなかった。何故――ペールがティアの手紙を差し止めていたあの時のように、手紙を差し止めているのだろうか。ルークの手元に手紙が届いていないのなら、返信が来ない理由がわかる。悠長に構えていたガイは、ガルディオス伯爵名でルークに手紙を送った事実を都合よく忘れた。

 公爵家に家格が劣るとは言え、ガイは貴族である。貴族から送られた手紙を執事が差し止める権限はない。だというのに、返信一つ届かないということは、公爵家はガルディオス伯爵家を軽視しているのだ。伯爵家の怒りを買ったところで痛くも痒くもないと。ここでガイが公爵家に対して何らかのアクションを起こしていたら、多少なりとも評価を上げることはできただろうが、一般人としての感覚が強いガイは看過してしまった。その結果、ルークと縁が切れる事態に結びつくとも知らず。

「しょうがないな。オレも息抜きしたいから、暇を見つけて、ルークのところに行くか……」

 なんて、暢気に呟いていた。


 ガイの周辺は不穏な雰囲気に満ちていた。が、ガイには自分が他の貴族に疎まれている理由が理解できなかった。確かに和平締結時の自分の行動は今にして思えば問題はあったとは思うが、キムラスカが抗議してきたわけでもないのに、それを根に持たれる理由がわからない――ガイは自分が不信を買っているとは思いもしなかった。

「ガルディオス伯爵に、ルーク殿から結婚式の招待状は届かなかったようだ」
「親友だと口にしていたが、伯爵の一方的な想いでしかなかったようだな。これで陛下もガルディオス伯爵を重用することはなくなるだろう」
「ああ。ガルディオス伯爵は、戦争を望む者には旗頭として都合が良いから、陛下は傍において監視していたが……そのことにも気付かないとは。愚鈍を通り越して哀れだよ。家畜の世話など、貴族の仕事ではないだろうに。陛下も近々あの者を家畜の世話から外す意向だ」
「つまり……牙は鈍ったと?」

 ガイを監視する必要性は失われたのかと問う貴族に、躊躇することなく話していた貴族が頷いた。

 ガイは家族の仇であるファブレ公爵子息を親友と口にして憚らない。
 マルクトにとってキムラスカは和平を結んだとは言え、仮想敵国である。ファブレ公爵はキムラスカ王国軍元帥であり、一度戦ともなれば、キムラスカ軍の旗頭と立つ存在だ。しかもガイの家族の仇というオプション付きである。家族を死に追いやった仇の息子に好意を示す人物を戦争の旗頭として担ぎあげる気にはなれないだろう。土壇場で意思を返そうだ。それが演技であるならまだしも、ガイに接した者たちは”あれはそういう腹芸はできない”と判断していた。

「そうだろうよ。しかし……ガルディオス伯爵はこれからどうやって生計を立てていくつもりだろうな」
「ホド周辺の消滅で、ガルディオス伯爵家の領地はすべて失われたからな。貴族の生計の大半が領地経営の税収によるものだろう。領地を所持していない貴族など、名ばかりのものでしかない。哀れなものだ。陛下はガルディオス伯爵に領地を分ける気はあるのか?」
「まさか。ホドやフェレス島、アクゼリュス……ここ数十年でこの国の面積は狭まった。余分な土地などない。もしガルディオス伯爵に領地を与えるとなると、他の貴族から領地返還が必須だ。ピオニー陛下即位の頃ならばともかく、国内は安定している。何の落ち度もない貴族から領地を返還させることなど出来やしないだろう。その領地をガルディオス伯爵に任せる気になれるか?」
「……なれんな。博打すぎる」
「ガルディオス伯爵が失敗すれば、領民の生活が苦しくなる。国管理の土地を分け与えることもできるだろうが、そういう土地は重要度が高い。国の生命線を兼ねる土地をガルディオス伯爵などに任せたくはないだろう。ましてや、長らく貴族の義務を怠り、私情に走った者などに。一度何か起きれば、領地経営を放り出して私情に走りそうではないか」
「辛い評価を重ねるな。私も同意見だが」

「陛下も温情など与えず、処分してしまえば良かったものを」

 心胆を締め付けるような会話を耳にしたガイは、自分の立場がどれほど脆いものなのか知った。まるで、薄氷の上に立っているようだ。ガイは震えが入り混じる吐息をこぼして、家に逃げ帰った。これほどまでに自分が疎まれていることなど、知らなかったのだ。



 ガイは貴族社会から孤立した。
 立場を失くしたガイはそれでも自らにできることを一生懸命頑張っていた。ガイを英雄の一人として、応援してくれるマルクト国民たちの声を頼りに。
 だが、その日々も長くは続かなかった。
 『ホド消滅後、ガイラルディア・ガラン・ガルディオスは使用人として正体を偽り、復讐するためにファブレ公爵家に十数年間潜伏していた。』
 という出所不明の噂により、ガイに向けられるマルクト国民の眼に猜疑心が入り混じるようになったのだ。応援の声は真偽を問う声に変わり、ガイはとうとう国民からも針の筵に立たされた。

 政治の中核に身を置く者たちは、ガイに冷ややかな目を向けている。どこにも居場所がなくなったガイを救ってくれる手も存在しない。皇帝の加護も長くは続かず、ルークと縁が切れたガイは落ちぶれていく一方だった。




END.
2014/03/21


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