「あちらの世界の私の名前はこう書いて、・・・・・・と読むの」
この時の事、アルは覚えているのかしら?
執着(裏)
ファブレ邸がにわかに慌しくなった。
公爵やその子息であるルークに何事か起きたのか、と不安に駆られたのだが。
「あの“ルーク”様、いえシア様がお戻りになられたそうよ!」
メアリの弾んだ声がアルベルトの耳に飛び込んできた。
「それは、本当なのか・・・?」
「ええ、あの方の捜索を国王陛下自ら命じられたそうだし、マルクトも動いているそうよ。ルーク様やあの死霊使いが直々に指揮を取っておられる、という話だから間違いないわ!」
「そうか。それなら・・・」
「・・・・・・?」
確かに嬉しそうな顔をしているが、その中に何か別のものが混じっている。複雑な表情を浮かべているアルベルトをメアリは黙って見つめた。
「ルーク様も、あのガイも必死になって捜されるのだろうな」
「そうでしょうね。ガイ、と今は伯爵様か(ケッ)。シア様に対する執着はかなりものだし」
メアリは憂鬱そうに息を吐く。
「今はとりあえずこれだけ。後で詳しく話しましょう。それにこれ以上喋っていると私、ラムダス様から怒られてしまうわ」
「そうだな。また後で」
それだけ会話をすると、メアリはその場を立ち去りアルベルトも何事もなかったかのように、屋敷内の見回りに戻る。
その日の仕事は無事終わった。
その後、色々情報を集めた結果。彼女が戻って来たのは間違いないらしい。らしい、というのは誰も彼女の姿を確認していないからだ。と言っても、捜索に動き始めてまだ間がないのでこれは仕方がないだろう。
「戻って来られるのは嬉しいんだけれど」
他人に聞かれては拙い発言が飛び出るのは確実なので、二人は小声で話す。
「シア様を巡る環境の事を考えたらちょっと、ねえ」
戻って来た後の事を考えると、よかったよかった、と能天気に喜んでばかりいられない。
ファブレほどの家なら、彼女を養女として迎え入れる事は可能だった。
しかし公爵夫妻はその道を選ばず、ルークレプリカを捨て、オリジナルルークを選んだ。そうして彼女をこの屋敷から追い出した。親でありながら何も気付かず、辛い思いをさせてきた息子に対するせめてもの罪滅ぼし、と思っての行為だろう。
兎に角、彼女はもう貴族でも何でもない、メアリ達と同じ全くの庶民だ。
それにキムラスカでは国民、特に貴族の間で彼女は「ファブレを、そしてキムラスカを謀った」との認識の方が強い。
ファブレ家に来たばかりの頃、彼女は赤ん坊そのもので、喋る事も歩く事も何も出来なかった。そんな彼女が「自分がルークだ」と言えるわけがない。自分の子かそうでないか見分けが付かず、ルークだと勝手に勘違いしたファブレが悪い。
戻ってきたばかりの彼女を知っているのは、ファブレのごく一部の人間だけで、殆どはその当時の事を知らない。知らないから「ひょっとしたら、其れは演技ではないのか」というとんでもない話が出るのだ。彼女が七歳児ととても思えない、完璧な大人の受け答えをしていた為、その話に信憑性が増す。
この辺りは物凄く複雑だ。ルークレプリカがファブレに来た経緯を考えると、どうしても非難の矛先はファブレ家、そしてオリジナルルークへと向かってしまう。そうなると非常に拙い。彼は近い将来キムラスカ国王となるのだ。
それに、ファブレは名ばかりの王族ではない。現当主はキムラスカ軍の元帥、夫人はインゴベルト王の異母妹だ。国王の信任厚く、政治家として国政にも深く関わっている。その資産財力とてキムラスカ随一だ。
将来キムラスカの王となるであろう我が子がすり返られた事に、言われるまで気付かなかった親(ファブレ)とキムラスカ。その子供も何故かキムラスカにおらず、教団の幹部特務師団長という地位についており、しかも、事が起こり取り返しの付かない状況になってから全てを話したという。これらの事実は、王家をそしてキムラスカの権威を失墜させるには十分である。
子の見分けも付かぬ間抜けな親と、その血を引く状況判断に難がある子供。その子供がキムラスカの王となると聞いて、不安に駆られぬ人間が果たしてこの世にいるだろうか。
彼女に罪はない。しかしこのままだとファブレの旗色が悪くなる。だから、彼女をファブレから追い出し、ついでとばかりに彼女に一切合切全ての負の部分を押し付けたのだ。その結果煩い害虫を黙らせる事にも成功した。
レプリカという事実はさらに好都合だった。生まれだの血筋だのに拘る貴族は、絶対にレプリカの存在など認めないだろう。保護に協力はしても、仲間に迎え入れるとなるとまた別問題だ。
果たして、彼女はそれら諸々の事に気付いているのかいないのか―――。
彼女はファブレ家から追い出された後、レプリカである事や履歴等上手く誤魔化して職につき、細々と生活していた。
だがもう其れは出来ない。障気中和の事をキムラスカもマルクトも大々的に公表した為、彼女の事を良い意味でも悪い意味でも知らない人間がいなくなってしまっている。それにこれから、ルークを含め嘗ての仲間達は全力を挙げて彼女を捜そうとするだろう。ますます彼女の事を知らない人間がいなくなる。
この行為は完全に彼女を縛り付ける。そう、キムラスカやマルクト、そしてルークやあのガイ達に頼らないと全く生活出来ない状態が出来上がるのだ。
「この事、あの方達気が付いていらっしゃるかしら?」
「気付くわけがないだろう。むしろこっちの方が幸せになれると信じて疑っていないじゃないか」
ごく普通の平凡な生活を望んでいらっしゃるのに。
己の価値観常識は正しいのだと頭から信じ、押し付ける事しか知らぬ彼らには永久に理解出来まい。
「そうね」
「・・・ひょっとしたら、シア様、俺達に連絡をしてくるかもしれない」
「その時はどうする?私達多分これから監視されるわよ」
「彼らから訊ねられた時教える、で良いんじゃないか。多分あの方も口止めなさるだろうし」
「シア様の所為にするの?それ良心が咎めるんだけれど」
何かあれば「口止めされていたから」と言えば良いと。待たんかい、コラ。
「俺達の心情を考えたら、あいつらも文句は言えないだろう。大体マルクトの伯爵に俺達を責める資格はあるか」
あいつら呼ばわりですか。それとその目は笑っていないくせに口元は笑みを浮かべている、その表情は止めて下さい。物凄く怖いです(うわぁ、喧嘩売る気満々だ)。
「それに黙っていたとしても、誘導尋問に引っかかるだろう。あの死霊使いに誤魔化せる自信があるか?」
「ないです」
即答。そして沈黙。
「・・・俺は、閣下から命令が無い限り、ここから動けない」
「シア様元気にしていらっしゃるかしら」
会話がかみ合っているんだかいないんだか。
「今日は此処までにしましょ。明日朝私早いのよ」
「ああ、何かあれば知らせてくれ」
「そっちこそ、お願いね」
その日は其れで二人は別れた。
彼女が戻って来た、という話をファブレ家の人間が知って一ヶ月程経った頃、アルベルトの身にちょっとした出来事が起きた。ちなみに、彼女が見つかったとの報告はまだ入っていない。
「アル、ちょっと」
突然、アルベルトはメイド―リタ―から呼び止められた。別に可笑しい事ではないのだが、様子が少し変だ。好奇心たっぷりのニヤニヤ笑いを浮かべている。
「?何だ?」
「はいこれ。頼まれたの」
差し出されたのは一通の封筒。その封筒のデザインはどう見ても女性が選んだであろう可愛らしいものであった。表にはお世辞も上手だと言い難い字で「アルベルト様へ」と書いてある。裏には「レイ」という差出人と思しき名前が。
これはいわゆる・・・。
「お使いで町に出た時呼び止められてね。あなたに渡してくれって。ちょっと可愛い娘だったわよ」
アルベルトの顔が困惑から不機嫌なものに変わる。
「あ、読まずに破くなんて事しちゃ駄目よ!こういうのってものすっごく勇気がいる事だし。ちゃんと読んで返事をしないと、後でとんでもない事になったりしても知らないわよ」
「・・・・・・わかった」
じゃあね、と彼女は去って行った。数十分後には屋敷にいる全ての人間がこの事を知っているだろう。リタのお喋り好きはこのファブレ邸では有名だ。この後の事を考えると憂鬱になるアルベルトだった。
断る事は決まっている。しかし渡されたものは仕方が無い、人気のいない場所に移動し中身を確認する。
そして。
その手紙のある部分を見て彼は衝撃で動けなくなった。しかし止まっていたのは一瞬。内容を再度確認し、その手紙を失くしたり落としたりしないよう大事に懐に仕舞い込む。そうして騎士団長のいる場所へと向かった。私用の為、一時間ほど公爵邸を離れる許可を得る為に。
その日以降、黒髪の若い女性と談笑しているアルベルトをバチカルでよく見かけるようになった。