逃げるな危険(表)

  第七音素が観測された、タタル渓谷とチーグルの森二箇所に調査隊が派遣された。ルーク達は二手に分かれてそれに同行する。

 「カーティス少将、チーグルの森からこの様なものが発見されました」

 そう言うと、マルクト兵は布に包まれた細長い物を差し出した。ジェイドは無言でその布を剥いでいく。

 「これは・・・!」
 「何だ!何でこれがここにあるんだ!!」
 「どういう事なの!!」

 目の前にあるものは。
 ローレライの鍵。
 ・・・どういう事だ、これは。ローレライ、返事しろ!!



  逃げるな危険(表)



 彼女の捜索が正式に始まってから、一ヶ月が経過した。

 「・・・あなた、自分の立場というものを理解していますか?」

 ピオニーの顔を見た途端、呆れたように嘗ての幼馴染は呟いた。

 「いいだろ、皇帝って職業はストレスが溜まるんだよ」
 「私のストレスはどうなるんでしょうか」

 招かざるお客とはいえ、彼は自分の主でありこの国の主でもある。とりあえず椅子を勧め、お茶を出す。

 「で?あの陰険ジェイドからいやみでも言われたんですか?それともあの伯爵様から八つ当たりでもされましたか?」
 「八つ当たりって、お前なあ・・・」

 それは皇帝としてあり得ないだろ。

 ピオニーは皇帝として、能力が劣っている訳でも威厳が無い訳でもない。普段の彼があまりにも砕けすぎるものだから、周りの一部の人間が羽目を外してしまうのだ。

 「彼女の捜索は芳しいものではないようですからね」
 「お前の耳にまで入っているのか」
 「伯爵様のキレ具合がまことしやかに流れているだけですよ」

 確かに、かの伯爵は彼女が絡むと人が変わる。

 「・・・ま、あいつは彼女の使用人兼育ての親だというしな」
 「育ての親、ねえ」

 クスリ。
 サフィールの顔に嘲笑が浮かぶ。

 それに気が付いたピオニーがおや?という顔になる。目の前の幼馴染は彼女と戦った事はあっても言葉を交わした事は無いはずだ。

 「何か知っているのかお前」
 「何をです?彼女のことなら、彼が一番知っているのではないですか?使用人だったのですし、ねぇ?」
 「知っているんだな」
 「お茶のおかわりいかがです?」

 「サフィール!!」

 ピオニーの声が飛ぶ。仕様が無い、とでもいう風に、サフィールは息を吐く。

 「あなただって分かっているんでしょう?戻ってきても、彼女は私達と会うつもりは全く無く、一切関わりを持とうとしないだろうという事、そしてその理由も」

 ピオニーの顔に自嘲めいた笑みが浮かぶ。それが答え。

 「ったく、何で人間は自分のやった事をこうも簡単に忘れてしまうんでしょうね。ずぶの素人である彼女に剣を握らせ無理やり戦わせ、挙句、死ねと命じた。何と醜悪なのでしょうか、私達人間は」

 本来、彼女は守られる立場の人間だった。軍人になる予定もなく、又、なろうとも思っていなかった。当然軍教育も受けていない。彼女の剣はあくまで嗜み、スポーツの一種のようなものだった。

 なのに。

 「軍人が民間人に対し、剣を持っているのだから戦えと、其れが当たり前の事だと平気な顔をして言う。何処の世界の常識ですか。しかも誰もこの異常に気が付いていません。ジェイドも護衛の役目を担っている使用人でさえ。緊急事態?援軍を頼めばいいじゃないですか。王族が前線で戦わなければいけないほど、軍はか弱く無能というのなら援軍を頼まないのも理解出来ますが」

 サフィールの言葉は辛辣だった。

 例え王族が戦う事になったとしても、それは指揮官という立場であり、自ら剣を持って先陣切って戦う事などない。中には好んでそうしようとする人間もいるが、その場合は周りが止めるだろう。

 王位継承権を持つ王族が前線で戦う時。それは目立った武将がいなくなってしまい、上の人間が動かざるを得なくなった時(そうなると負け戦という事になるのだが)か、その人間の存在が邪魔になり(かといって暗殺するわけもいかず)、適当な理由をつけて処分しようと上が考えた時か。

 彼女に、剣を持って戦わせた事に対する罪悪感というものを、あの仲間達は持っていない。むしろ当然の事だと思っている。言っておくが彼女は―ナタリア王女やあの伯爵も―軍人ではない。軍事訓練も受けた事が無い全くの素人だ。

 事実あのヴァンとの戦いの時、軍の精鋭部隊に任せた方が良いのではないか、と言う声が上がっていた。

 少し前にも言ったとおり、軍人ではない王族を目立った理由もなく戦わせる時、それは国がその存在が邪魔と考えた時が殆どである。邪推する人間は世の中に沢山いる。彼らの身を案じてというのもあるだろうが、悪い噂が立つのを恐れての声でもあったのだ。

 ナタリア王女は王家の血が流れていない。「あれだけ溺愛していらっしゃったナタリア王女を戦わせるなんて、やはり陛下は・・・」という声が上がらないとも限らない。
 彼らが動く事で、国の失策を誤魔化している部分もあるので静止の声は小さいのだが。

 「それだけではありません。再度障気が発生した時また彼女に頼むのですか。もう一度死んでくれ、と。二度目だし障気中和は慣れているから助かるかもしれない、などと何の根拠も無い、まるで喜劇の台詞の様な事を言うのではないでしょうね?」

 これにはピオニーも返す言葉がなかった。
 もう一度あのような事が起これば、そして彼女の超振動に頼る以外方法が無いのなら、再度自分は皇帝として彼女に「死んでくれ」と言わねばならない。オリジナルであるルークの方が確実なのだが、彼はキムラスカの王となるのだ。完全にその対象から外されるだろう。それに彼女には実績がある。

 「ケセドニアに彼女がいる時、あの伯爵様は色々と彼女の周りを嗅ぎ回っていましたね」

 黙っていると、サフィールが会話をふってきた。

 「彼女の立ち回り先やら何やら、徹底的に調べていたらしいな」
 「で、どうするつもりだったのです?自分が伯爵だという事を忘れていませんか。ああそうそう彼、バチカルに立ち入り禁止にしたそうですね。二ヶ月程前の事になりますか」

 「・・・キムラスカから何か言ってくる前にちょいと、な」

 それ以上は言わなくともサフィールには分かった。

 使用人時代から、その身分にあった振る舞いという事が出来なかった彼だ。それは伯爵になっても変わらなかった。宮殿では彼に対する同情の方が強いし、ピオニー、つまり、皇帝陛下のお気に入りという事もあって、礼儀作法やその他諸々の事で何が問題があれば後でやんわりと指摘する(宮廷での礼儀作法と通常の礼儀作法とは少し違う。慣れるまで時間が掛かるのだ)、という人間が多い。

 かの伯爵がいる時にファブレの名前が出るもしくは出そうになると、皆気まずそうな顔をし、慌てて口を噤む(ルークの事も、ファブレ家子息とは言わずそのまま名前を呼んでいる)。彼の過去に関わる事となると誰も面と向かって言えない。言ったとしても遠まわしな、かなり曖昧な表現となる。だが、殆どの人間は言わなくても分かるだろうと思っていたからあえて忠告する事などしなかったのだ。
 何故なら其れくらいの察しが出来て当然の事だし、そうでないと、生き馬の目を抜くこのグランコクマの宮殿ではとても生きてはいけないからだ。

 大体、自分が滅ぼそうと思っていた家を―しかも相手もその事を知っている!―訪問するなど誰が考えようか。普通誘われて辞退するものだ。

 今回の件でガイラルディア伯爵は皇帝よりバチカルへ立ち入り禁止の命が下った事もあり、マルクト内での己の株を大いに下げる事になった。

 (まあ、彼らは無駄にポジティブですからね。直ぐに復活するでしょう)

 其れくらいの事、目の前の幼馴染は気付いている筈だ。

 「彼の傍に居たとしたら、何だかんだと言われて彼らの仕事を手伝わされる事になっていたでしょう。・・・ヴァンを倒す為の戦いに」

 もし仮に彼女がガイの所に行ったとしたら、絶対あの仲間達が口出ししてくるはずだ。「世話になっているのだからガイの(私達の)手伝いをするべきだ」「限界、と言って逃げるのはあまりに無責任だ。あなたは全てを見届けなければならない」と。
 その場面がありありと色鮮やかに脳裏に浮かぶ。

 もし、彼女が傷つくような事があったらどうするつもりなのか。自分達が無理やり戦いに駆り出したことなど棚に上げて「自分達の力も足りなかったけれど、油断した彼女も悪い」とでも言うのではなかろうか。

 「彼らの、自分にとって不都合で不愉快な意見は排除、もしくは自動変換して全て己に都合が良いものに書き換える、あの頭をどうにかしないと彼女は絶対会おうとしませんよ」
 「厳しいな、お前」
 「あの陰険ジェイドですら、彼らに引き摺られていますからね。・・・疑問があるのなら正直に彼女に聞けば良かったんです。聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥というではありませんか」

 「――お前、彼女と話したことがあるのか」

 それは問いかけではなく、肯定に近かった。

 「一回だけです。素直に話してくれましたよ。食事の美味しいお店も教えてもらいました」
 「お前何時の間にナンパなんて高度な技術を」
 「なかなか興味深い話が聞けましたよ。ふふ」

 サフィールは、何処か優越感に満ちた笑みを浮かべる。

 「ムカつく、すっげームカつく!何だよその顔は。お前だけずりぃ!!」
 「何を言っても無駄ですよ。ああほら、誰か来るようです。あの足音はゼーゼマン参謀総長でしょうか」
 「あ!お前話をはぐらかしやがったな!」
 「ほら早く戻らないと。二度と此処に来ない、というのならそれでも構いませんが」

 そう言うと、サフィールはお茶を片付け始めた。この場合箒を逆さに立てかけないだけまだましと考えるべきだろうか。

 「次は菓子か何か持ってくる」
 「私は甘いものが苦手です」
 「可愛くねえなお前」
 「・・・・・・塩のシャワーが浴びたいですか?」

 にっこり。

 「〜〜また来る。邪魔したな」
 「はい、邪魔でした」
 「一言多いんだよお前は!!」

 どかどか、と態と足音を立てピオニーは扉へ向かう。その通常ならあり得ないほど厚く丈夫な扉を開け、部屋を出る瞬間。

 「彼女は、俺らと係わり合いにならない方が幸せなんじゃないのか」
 「――さあ?彼女の幸せを決めるのは私達ではありませんよ」

 バタン。
 扉は閉められた。