今私はノエルの家でお茶を飲んでいます。
男だったら絶対彼女を嫁さんにするんだけれどなあ。何で私女なんだろ。
動きはじめた世界(表)
朱色の髪と翡翠色の瞳。皆の知るシアの姿(ノエルはルークの名前の印象が強いよね)に戻ると同時に、件の背後霊に『直ぐ戻せ早く戻せとっとと戻せ戻さんとくらすぞ(くらすぞ=ある地方の方言。殴るぞの意)』と思いっきりドスの利いた声で電波を送ったので、直ぐにも元の姿に戻ったのだけれど。
はっきり言って誤魔化しようが無いわなこれは。
短いのか長いのか分からない沈黙―多分数秒くらい―が続いた後、ノエルが「私の家に来ませんか」と切り出してくれた。
「でも私が来たらご家族の方にご迷惑じゃ・・・」
「お友達が来たのに何故家に招待しないのかって、反対に私が叱られちゃいますよ。さ、行きましょう。兄は明日にならないと帰ってきませんし」
一人で留守番なので寂しかったんです、とにっこり笑いながら言われ、私は半分諦めの境地に浸りながら彼女の言葉に頷いた。
で、ノエルの家に着きお茶を飲んで一息ついたところ。
「兄も私も相変わらずです。アルビオールで飛ぶ事は少なくなりましたが」
仕方ないわよね、音素が少なくなっているだろうし。でも元気そうで良かった。
「一月ほど前、ガイさんが来られました。シアさんが来ていないかって」
・・・・・・やっぱり。
「怪我はしていませんか?病気は?何処か具合の悪い所ありませんか?ルークさん、無茶ばかりするから私、心配で心配で・・・」
ポロリ。
うーわーー!やっちゃったよおおお!泣かないでええ、ノエル、私が悪かった!!
「ほんとに心配したんですから!何故連絡してくれなかったんです!!」
だからごめんって。悪かったから、泣き止んでよ!!
「もう黙ってどこかに行ったりしませんよね!!」
しない、しないって!!
「本当ですね」
本当だって!!
「なら許してあげます」
ケロリ。
涙は何処へやら。ふっ、女は皆女優だぜ。
「でもルークさんの事ですから、大丈夫だと思っていました。あ、心配していたのは本当ですよ」
・・・・・・・・・。
「でもその姿はどうしたんです?歌を聞かなければ分かりませんでしたよ」
「あー、これね」
どう説明しよっかなー。
「ノエル、生まれ変わりって信じている?」
「・・・どちらかと言えば、信じている方に近いですね。時と場合によっては信じなかったり」
う〜ん。ローレライ教団も、ローレライの名前こそ掲げているけれど、ローレライを神として崇めているわけじゃないし。どちらかというとユリア教?でもこの人聖女であって神様じゃない。それに近い扱いはされているけれど。
ま、これはしょうがない。
「じゃ、この時だけ信じて」
この私の言葉に、ノエルはキョトンとした顔になる。
「ローレライ曰く、何でも“ルーク”に生まれ変わる前の姿がこれらしいの」
嘘は言っていない。ええ、これって嘘じゃないわよね。
「こう言うと何だけれど。あ、怒らないでね。ガイを含むあの仲間にちょっとイラついているのよ、私もローレライも。で彼らを試す意味もあってこの姿になる事を了承したの。それに仲間なら、私の姿が変わっても私だという事が分かるでしょう?」
こう説明すると、ちょっとノエルは考えこんだ。この私の行動、彼女はどう判断するのだろう。「皆さんが心配しているのに、なんて酷い人!」と思われるんだろうな。
世界を救ったのは“ルーク様”とそのご友人である仲間達という事になっている。大抵の文書や新聞にはフルネーム当然のこと、このメンバーの生い立ちや肩書きまで事細かく書かれていた。
・・・微妙に突っ込み所満載だったけれど。
反対に私はというと、ルーク様のレプリカが存在したとの表記があるのみ。名前もない。下手すりゃ性別も書かれていない。だって新聞にはたった一行『ルーク様のレプリカが1万人のレプリカを犠牲にして障気を中和した』と書いてあるだけなんだもの。
こんな状態じゃ私、外殻降下作戦の功労者の一人ではなく『障気を中和し世界を救ったレプリカ』という認識になっちゃうわな。
まあ大体、次期国王様とか王女様とか伯爵様とかユリアの子孫とか導師守護役とか、俗に言う「雲の上の人」御自ら戦ったのだから一般人―しかもレプリカ―である私の存在なんて霞んでしまう。むしろ邪魔な存在なのではないかしら?
兎に角、この私が外殻降下作戦に参加した事など、関係者か余程コアな人じゃない限り知っている人は少ない。
あ〜あ。障気中和、もっとじっくり時間を掛けて恩着せがましくすればよかったかなあ。障気が発生して私が中和するまで一週間足らずだったわよね。ジェイドが私の家に来てその日の内にレムの塔に向かったし。
あれだけ大騒ぎしたわりにあっさりと問題が解決したのだから「何だ(障気なんて)大した事なかったじゃないか」ってなっちゃったんだろうな。実際そう言っている町の人大勢いたもの。
どうやって中和したのか、この行為がどれだけの犠牲を払いどれだけ大変な事だったのか、上の方から説明があったのだろうけれど、喉元過ぎれば何とやらの言葉通り、もう終わってしまった事に関心を寄せる人なんかいる訳がない。
それでなくとも食べていくのに精一杯で余裕なんて無い―ホド戦争が無ければもっとましだったのかもしれないけれど―のにテロリストが世界を滅ぼそうとしたりとか、外殻大地降下とか預言からの脱却とか、今までの常識価値観が完全にひっくり返ってしまったのだし。よく反乱が起きなかったわよね。
自分の事で手一杯なのだから、障気中和で犠牲になった一万人以上のレプリカの事なんて遠い記憶の彼方。ぶっちゃけて言えば「へ?そういえばそんなのいたよね」程度の認識に近い。
「じゃあ、正体がばれたらさっきみたいに元の姿に戻るんですか」
「え?ああ、そ、そう」
考え事していたら反応が遅れちゃった。やべ。
「強制的に。その後一応私の意思でこの姿に戻る事は出来るけれど」
アクゼリュスの時その場にいなかったけれど、セントビナー崩落の頃からずっと一緒に彼女と行動を共にしてきた。私と彼らとの遣り取りをずっと間近で見てきたのだ。彼女の判断次第によっては、私は全てを諦めないといけない。
「・・・わかりました」
ノエルが顔を上げる。
「私、ルークさんに協力します」
「え」
「だって、あの時亡くなった人たちを本当に悼んでくれたのは、お参りに来てくれたのはルークさん、あなただけなんです!」
「・・・・・・え?」
マジかよ。
「あの方達は悪い方じゃありません。むしろ思いやりに満ちた、素晴らしい方たちなのでしょう。けれど、あの時ガイさんが言った言葉、私忘れる事が出来ません」
“爺さん達を殺したのはティアの兄貴だ。この中で一番泣きたい気持ちなのは誰なんだろうな”
・・・私、このガイの言葉を聞いたとき思わず「はぁ?」と口に出しちゃったんだよね。この惨劇の犠牲者の家族であるノエルがいるのに、そんな言葉が出るなんて信じられない!
この時の、ガイを含むあの仲間達の言動とその態度は、私の心の中で抱いていたもの「いつかは理解してくれるだろう、分かり合えるだろう」という希望を粉々に打ち砕いてしまった。
彼らは私の理解の及ばない、遥か彼方遠い世界の常識の住人なのであり、絶対に私と相容れる事など無い。己の精神的安寧の為、彼らとのお付き合いは必要最低限、浅く狭く徹底して事務的にしようと決めた。
「あの戦いが終わってから、誰一人お墓参りの為にシェリダンに来た方はいませんでした。例外はガイさん、ああもう伯爵様と言わないといけないんですよね。シアさんを捜しにこられた時「ついでだから」と仰ってお墓参りなさいました」
あちゃー。
この町がああなったのは私達の所為なのに「ついで」はないだろ「ついで」は。真っ先に来ないといけない立場の人間なのに、私達は。
ああでも、ガイはマルクトの人間であって、キムラスカの人間じゃないしなあ。この場合マルクトの、しかも皇帝の覚えめでたい伯爵様が「ついで」とはいえ、キムラスカの国の小さな町に墓参りの為立ち寄った事を、有り難いと思うべきなのかしら。ケッ。
ん?ちょっと待て。誰も来ていないって言ったわよね。例外がガイって、まさか。
「ガイだけ、なの?ティアやアニスは・・・?」
「一度も姿を見たことはありません。王女殿下は一度お花を頂戴しております」
はっきりきっぱりとノエルは言った。まあナタリアは王女だから、身分柄そう簡単にシェリダンに行く事出来ないしねぇ。けれどそれにしたって。花も送っていないのかよ、ダアトの連中は。
ノエルの顔は笑っているのだけれど、それは嘲笑と呼ばれるものだ(こええ)。この様子を見た私、こりゃ何を今更もう手遅れレベルだと悟った。
「ノエル」
「私も協力させて下さい。それにルークさん、今はシアさんと名乗っていらっしゃるんですよね。ずっと放浪するわけにもいかないでしょう。幾ら腕が立つといっても女性の一人旅は危険です」
確かに。女一人じゃ心が休まる時はないし身体もしんどい。そろそろ定住先を探さないと、と思っていたのよね。
取りあえず、この場で相応しい言葉は。
「有難う、ノエル」
上手く笑えたかなあ。