大体、十日くらい前からか。
町を歩いていて、やたらと視線を感じるようになった。一体何処からとその気配を探ろうとすると一瞬で消える。気の所為か、と思って―そう判断するほど感覚は鈍くなっていないのだが―仕事に戻るとまた気配を感じる。はっきり言ってむかつく事この上ない。
「歳だからあんまり動きたくないんだがなあ」
ラルクは誰にも聞こえないよう、ポツリと呟いた。
動きはじめた世界(中)
「よう、アル。久しぶりだな。元気そうで何よりだ」
「どうしたんですラルク兄。ファブレで俺と会うのは避けていたのに」
そうここはファブレ邸。「お前に面会したいと言う人が来ている」と仏頂面の副団長に言われ急遽暇を貰い面会室に来て見れば、兄とも師とも仰いでいる叔父が目の前に立っていた。
「いやー、ベネットも偉くなったな。今や騎士団の副団長かびっくりしたぜ。一度も俺に勝った事ないのに」
叔父ラウルはその昔白光騎士団に所属していた。その腕はピカ一で人望も厚く、次期団長間違いなしと噂されていたのだが、ある事情によりファブレから立ち去らねばいけなくなった。例の公爵子息誘拐事件である。
その頃ラルクは公爵子息付きの騎士であった。だが、事件当時彼は公爵夫人の護衛の任に着いており彼自身に手落ちなど全くない。だが、子息の護衛担当であった事から連帯責任を問われ―反対の意見もあったのだが―解雇となったのだ。
だが、彼以外の人間は―――。
騎士団長、副団長、そして、事件当時の子息を護衛していた騎士は二度と剣を持てぬよう両腕を潰され、イニスタ湿原に放り出された。その後の彼等の消息は杳として知れない。
彼は彼でファブレを出た後色々とあったらしいが、その辺りの事をアルベルトは詳しく知らない。知っている事といえば、その時負った傷が元で足に障害が残っているくらいか。
まあ兎に角。
ラウルは昔の事を持ち出して強引にこの機会を設けたのだろう。普通白光騎士団員にファブレ邸内にて面会を、となった場合、最低でも二日前に申し込んでおかねばならない。当日、などという事は通常あり得ず、相当無理を言ったに違いない。哀れ副団長。
「で、何の様です。任務中ですから余り時間はとれませよ」
「まあそう言うなって。歩きながら話そう」
ラルクは椅子から立ち上がり、ドアを開け庭に向かった。
「・・・足は大丈夫なんですか」
「あ?冬になると偶に痛む事はあるが大丈夫だ」
今日は素晴らしく天気が良かった。気候も良い為、庭には美しい花が咲き乱れている。
「ここは変わっていないな」
ポツリとラルクは呟いた。だが。
「・・・何がありました」
「流石に気が付いたか」
「分かりますよ。一応私、白光騎士団の人間なのですから」
ラルクの纏っている“気配”は異常だった。緊張が漂い、臨戦態勢の状態になっている。だが巧みにそれを隠している為、普通の人間は決して気づかないだろう。
スッとさり気なく、アルはラルクに近づく。最低限の声の大きさで会話出来るように。
「妙な輩が俺の周りを嗅ぎ回っている。厳密に言うとその対象は俺だけじゃない」
ラルク以外気付いている人間がいないというだけだ。
「・・・・・・」
「お前はどうだ?」
「ここ十日ほど私用公用限らず、ファブレ邸から出た途端、変な視線を感じますね。殺気がないのでどうしようか考えあぐねていた所です」
「これを知っている者は?」
「一応、団長と副団長には口頭で伝えましたが」
「そうか」
このアルの行動は正しい。白光騎士団では、日常において何が気づいた事があれば即報告するよう義務付けられている。白光騎士団はファブレの代名詞でもあり、騎士団に対する異常はファブレに繋がる。どの様な些細な事がきっかけとなって、ファブレに害を齎す事になるか分からないのだ。
「ラルク兄・・・?」
「俺もまあ、過去色々やらかしたからな。心当たりはいくらでもある。お前今回のコレ、初めてじゃないだろう?」
「過去何度か。他の人間も何度か経験したと言っています。団長も様子見だと」
「ファブレには敵が多いからな。様子見とは言っても、もう調査部が動いているだろうが・・・」
ここでラルクはもっと声を潜める。当然歩きながら、所々「お前恋人は出来たのか?」「ラルク兄こそ」と仲の良い兄弟のような会話を入れている。
「多分コレは偶然なんかじゃない。あいつらの目的は恐らくあのお姫さん、シアだ」
「!!」
アルの目が玲瓏たる光を帯びる。
「アル、お前彼女と会ったな」
疑問ではなく肯定。
「・・・・・・」
「沈黙は肯定ととるぞ。ま、お前の気持ちも分からんでもないが」
「彼らに彼女に会う資格などありませんよ」
「感情的になるな。そんなんじゃあいつらに直ぐばれる。それは拙いだろう。で、話を戻すぞ。俺達を監視している奴は、ルーク様やあのマルクトの伯爵様の陣営の人間じゃない。彼らとは全く違う第三者の陣営だ」
「・・・目的は、彼女の持つ超振動、ですか」
「だろうな。超振動は魅力的だ。その威力は障気中和で実証されている。これを上手い事利用すればキムラスカやマルクトを支配し、世界の覇者になるのだって夢じゃない」
彼女を手に入れた後、薬でも何でも使ってその心を壊し、己の命令に忠実に動く操り人形に作り変えればいい。そうしてバチカルに(グランコクマでも可)乗り込んで「言う事を聞かねば王宮ごとバチカル(グランコクマ)を超振動で消滅させる」と脅せばいいのだ。
「オリジナルであるルーク様はキムラスカの次期国王だ。警備も厳重だしそう簡単に手は出せない。ちょっとした事でも徹底的に調べられ、ばれちまう可能性が高い。だが彼女は」
オリジナルと比べてその能力は劣化しているというが、手に入れる為の手間を考えれば彼女で十分事は足る。
彼女はオリジナルと比べて何の地位も権力も、後ろ盾も無いただの一般人。まるっきり無防備というわけはないだろうが被験者と違い、いざ事が起こった時周りが異常に気付くまでどうしても時間が掛かる。
「あの“ルーク様”もマルクトも、彼女の痕跡どころか情報すら掴めていない状態ですが」
「手紙は言うに及ばす、お前の行動事細かくチェックされているぞ。その事ぐらい分かっているんだろう?」
コクリと頷く。ファブレに届けられるもの全て開封されて検閲を受ける。騎士団員やメイドに来た家族からの手紙であったとしても例外はない。それにこの事はファブレの人間は全て了承している。テロ予防の為だ。
別にファブレだけの特別なことではない。貴族の家なら当然の事であるし、程度の差はあれ、マルクトも教団も同じ事をやっているだろう。
「ファブレに来る手紙、特にお前宛のやつなら、送り主の名前、住所、消印は当然の事、筆跡鑑定までされて徹底的に調べられているだろうな。そりゃあもう念入りに。誤魔化すにしたって限度がある。お前が鳩を使えば一発でばれる」
その言葉に、アルベルトはぎりと唇を噛む。
この事を予測していたのか彼女は「手紙を出す事は出来ない」と申し訳なさそうに彼に言った。それでなくとも彼は彼女と親しくしていた―そこに恋愛感情はないのだが―という関係上、あの同行者達のマークは厳しい。そう何度も同じ人間から手紙が来れば彼等も怪しく思うだろうし、「ひょっとしたら」との思いに駆られて彼女に会いに行く、という事にもなりかねない。
今の彼女の姿を見て彼等が「彼女がそうだ」と気付く可能性は少ないと思うが、楽観は出来ない。無意識にやってしまうしぐさや癖など、人間そう簡単に変える事など出来ないものが結構ある。
ましてや彼女は素人だ。訓練を受けた事も無ければ、変装のプロでもない。妙に勘の良い死霊使いや、ほぼストーカーと化した元使用人であった伯爵がいる。何日も徹底して監視されたら、ばれてしまう可能性が高い。
「手紙は一度、彼女がメイドに直接頼み込んだ分だけです。読んだ後直ぐ燃やしたので大丈夫だとは思いますが」
「賢明だな。つーことはそれから手紙は一通も来ていないって事か。これは彼女の指示か?」
その言葉にアルベルトは頷いた。
「一体彼女何者だ。何でこんなことに気が付くんだ。この屋敷に軟禁されていて、変な知識を得ないよう意図的に情報操作していたんだろう?」
ラルクは驚嘆の声を上げた。しかし直ぐに険しい顔になる。
「連中統率も取れているし、雰囲気から察するにかなりの手練れだな。自己流なんかじゃない、ちゃんとした訓練を受けた人間だ。軍上がりかそれとも現役か。そんな人間を雇えるのは限られている。ファブレと同格の貴族か一部の上の人間の暴走か、色々考えられるが。・・・ちと厄介だな」
「ええ」
「アルベルト。いざという時には“ルーク様”達に彼女の事を話す覚悟は出来ているんだろうな」
何よりも優先すべき事は、彼女の身の安全だ。あの“ルーク”と王女では、彼女を守る盾となるには少々頼りないが、何もしないよりはまだましだろう。それにキムラスカが駄目ならば、マルクトという手もある。
「はい。ですがそうなった時、彼女はあの伯爵と結婚しなければならなくなりますが」
「・・・は?」
間。
ひたすら間。
「何いぃぃ!!」
顎が外れるくらい大きく口を開け、素っ頓狂な声を上げる叔父の姿がそこにあった。