動き始めた世界(裏)

 「ねえねえ聞いた?ガイの結婚の話」
 「聞いた聞いた。何かもう信じられない、何処をどう見たら、彼女がガイの事好きだって話になるのよ」
 「そうよねえ。あれだけはっきりと態度で示していたのに。殿下、お分かりにならなかったのかしら。毎日のようにこの屋敷にいらしていたでしょう?」
 「分からないからこんな話になったんでしょうよ。この国の未来殿下に任せて大丈夫なのかしら」


  動きはじめた世界(裏)



 あのナタリアとの会話から一週間後。あっさりとピオニーとの秘密会談は成立する。この時の為に、ガイとジェイドは色々な理由をつけてグランコクマから遠ざけられた。
 キムラスカの次期国王とマルクト皇帝との会談が行われた事などあの二人は知る由も無い。

 「しっかし、とんでもない事になったなあ・・・」

 マルクト皇帝はポツリと呟いた。

 「貴公から連絡が来るほんの数時間前だ。ガイラルディアから報告があった。シアとの婚約が決まったと」

 普通なら此処で「おめでとう」との言葉が出るのだが。
 その言葉を聞いた瞬間、ピオニーは顎が外れんばかりに大きく口をあけ、ジェイドは手に持っていた書類を全部床にばら撒いた。

 そのまま数秒が経過する。

 「・・・?陛下?旦那?」

 流石に訝しげな声を上げたガイに我に返り、その場を取り繕うように皇帝とその懐刀はほぼ同時にゴホン、と咳払いをする。そうして自分を落ち着かせた後、ピオニーは「まだ彼女が見つかっていないのに、一体どういうことか」と彼に訊ねた。


 聞くと先日ケセドニアにて偶然会ったナタリア王女から「彼女の事をどう想っているのか」と質問されたと言う。当然の事ながらガイは、
 「好きだ、結婚も考えている。指輪も既に用意してある」

 と答えたそうだ。すると彼女は、

 「では、彼女との結婚を望んでいると?」

 念を押すように言う。その言葉にガイは一もニもなく頷くと、ナタリアは零れんばかりの笑みを浮かべこう宣言した。

 「其れを聞いて安心しました。たった今、ガイラルディア伯爵とシアとの婚約が成立しましたわ」

 帰国後、王女がインゴベルト国王に話すとも言っていたそうだ。



 その辺についてマルクトの皇帝は。

 「これはどのような形であれ、婚約成立となるな。王女として宣言したのだから。」

 ピオニーはその様子がありありと脳裏に浮かんだ。本人は良かれと思ってやった事だろうが。
 はああ、と二人は同時に溜息を吐いた。

 「話だけ聞くととても良い事なのですが」
 「彼らの言うとおり、二人が相思相愛であるならな。だが・・・」

 喜んでいるのはガイとナタリアを含む女性陣だけだ。ジェイドは彼女がガイに対して恋愛感情など一欠けらも持っていない事を知っているし、ピオニーに至ってはガイに対しある種の嫌悪感を抱いていたことを知っている。

 「とにかく、ガイラルディアにはこの話はあの仲間と俺達以外絶対に喋るなと厳命しておいた。彼女が保護されるまで公表してはならんと」
 「其れも時間の問題です。ナタリアが結婚準備の為にあちこちの業者を集め始めましたから」
 「〜〜〜・・・・・・」

 王宮にファッション関係の業者を呼び寄せる事は、別に可笑しい事ではない。だがウエディング関係となるとかなり特殊なものとなるので―そりゃそうだ、純白のドレスなんて滅多に作らない。普通のドレスは何かしらの色が入る―周りの人間が何事かと気づく筈だ。いくら口止めしたとしても情報は漏れるだろう。

 彼女が見つからなかったらどうするつもりなのか。見つかるまでガイに独身を貫けとでも言うのか(七年以上消息が不明なら死亡宣告が下される)。仮に見つかったとしても、夫や子供がいたらどうするつもりなのか。まさか無理やり別れさせ、ガイと結婚させるつもりではなかろうな。

 「陛下」
 「何だ」
 「私は、この世界に戻って来た事が、彼女にとって本当に良かったのか分からなくなりました」
 「・・・・・・・・・」
 「確かに私は彼女に会いたい。でもそれは私の願望、エゴです。そこに彼女の意思など全くない」

 “私は死んだ人間なのよ”

 あの時彼女は拒否していた。

 「生きていく上で必要な住居と職も用意しました。これぐらいなら彼女も許してくれるかもしれません。彼女の未来を決める権利は私達に無い。なのに何故あいつらは結婚とその相手まで用意して、その将来、未来、家族計画まで口出しするんです!?本人の意思を確認もせず話を進めて!これでは預言で全てを決めていた時と同じです」

 預言の通りしていれば必ず幸せになる。私達の言う通りにしていたら、必ず彼女は幸せになる。表現が違うだけで内容は同じだ。

 「・・・シアがガイラルディアとの結婚を拒否すれば、ナタリア王女達は物凄い勢いで彼女を責めるだろう。ガイはこんなにあなたの事を想っている、あなたが帰ってくるのをずっと待っていた、その気持ちに応えなければいけない、其れが出来ない人間は最低だと言って」

 彼らにとって、自分達の意見に逆らう人間はすべからく悪なのだ。すうっとピオニーの目が細められる。

 「で、改めて問いたい。彼女がこの世界から消えた理由は何だったろうな?」

 それは彼女が障気を中和したから。皆が世界を選んだから。皆が彼女の死を望んだから。自分たちが彼女に死ねと言って殺したから!

 「シアにしてみれば俺たちは、自分の死を願い、直接ではないとはいえ彼女を死に至らしめた殺人者だ。その辺りの事をあいつらに言ってみろ。絶対こう反論するぞ「私たちは必死になって止めた、けれど彼女が一人で決めて、実行してしまった、それにあの時はそれ以外方法がなかったではないか、仕方が無かったんだ」とな」

 彼は吐き捨てるように言った。更に言葉は続く。

 「止めた?単に口先だけだろ。ちゃんと行動で示せ。その後、大人しくレムの塔へ着いて行っただろうが、説得力が全く無いぞ。本当に嫌だと言うなら他に何か解決策を探せ。其れが無理なら彼女を連れて逃げ出すくらいしろ。逃げても追わないって俺達は言っただろうが」

 この案がジェイドの口から出た時、彼等は反対した。だがそれだけだった。

 アルビオールという交通手段を持ちながら、他の国の科学者を訪ねたりする様な事も、創世暦時代の書物を片っ端から漁る様な事もしなかった。ただ、ダアトで右往左往していただけだった。
 そして、ジェイドがケセドニアに彼女を迎えに行くのを彼等は止めもせず、ただ黙って見つめていた・・・・・・。

 「仕方が無い?それは加害者側の人間が絶対言ってはいけない言葉だ。・・・ああでもあいつら自分が加害者だと自覚はないんだろうな」

 障気中和とて、彼女が誰にも相談することなく決めさっさと決行してしまった、「私達に相談もなしに決めてしまって酷い人!」とこの事自体彼女の所為にしているのだから、ガイ達が罪悪感を抱くわけがない。

 しかもその後、運良く(・・・)彼女はこの世界に戻ってきたものだから、一度死んだけれどオールドラントに戻ってきたのだからいいじゃないか「結果オーライ終わりよければ全て良し」「今更ゴタゴタ言うなんてみっともないぜ☆」と、扱いが軽いものとなってしまっているのだ。

 「彼女は鋭いし機転も利く。まあ結婚の話は別にして、これから自分がどうなるのかその他諸々の事が分かっているから俺達に連絡を入れないんだ。誰だって飼い殺しになんてなりたくないからな」

 飼い殺し・・・。確かにそうだ。住居も職も決められ、果ては結婚相手も決められ一生縛られる。これでは預言で全てを決めていた昔と全然変わらない。

 「其れに俺達は障気中和に対する報酬を彼女に支払っていない。あの時は誰も生きて帰ってこられると思っていなかったから、その辺の事を全く決めていなかったが」
 「そう、ですね」

 ふう、とルークは息を吐いた。

 「ガイとシアとの結婚の事だが、インゴベルト国王と謁見したのだろう?何と言っておられた」
 「二人が本当に望んでいるのなら便宜を図ろう、だが一人が拒絶の意思を見せたならばそれは認めない。しかし、その話が出た瞬間場合によっては即決定となる可能性が高い、と」
 「・・・インゴベルト王が言われているのはナタリア王女の事だな」
 「はい。彼女ならいい機会だとばかりに、他の貴族が揃っている頃を狙ってガイとの縁談の事を話すだろうと」

 今の時点ではまだ婚約段階。インゴベルト王が否といえばこの話は白紙となる。
 だが、ナタリアだけなら兎も角、他の貴族も賛成となると話が違ってくる。ただでさえ彼女の扱いに苦慮しているキムラスカだ。殆どの貴族が「良い話だ、この縁談をお認め下さいませ、キムラスカマルクト二国間にとってこれ以上の和平の証となるものはありません」とナタリアの意見に賛同するだろう。

 「ナタリア王女、この辺りの根回しはしてそうだな。良い事尽くめだし他の貴族も賛成するだろ。多分一番反対するのは当の本人であるシアだけだ」
 「彼女は、キムラスカの意向となれば大人しくこの話を受けるでしょう」
 「だろうな」

 するとルークは背筋を伸ばし、静かだがハッキリとした口調である事を告げる。

 「陛下。私、シアを捜さない事に決めました」
 「お・・・?」
 「彼女が不幸になると分かっているのに、何故捜し出さないといけないんです。多分ナタリア達にはもうすでに、彼女を捜し出す理由がガイと結婚にすり替わっているでしょう。そんな目的など理由にもならない。周りが傍迷惑なだけです」

 ナタリアがガイとの結婚を言い出して気が付いたのだ。彼らが彼女を捜すのは自己満足の為だと。
 彼女の事が心配だ、というのは本当だろう。身寄りのない女性一人生活していくには、この世界は少し厳しすぎる。しかも彼女はレプリカだ。ある程度の補助は必要だろうが、本人の望むものとかけ離れていては補助の意味が無い。

 『保護してあげた後、職や住居も見つけてあげて、結婚も決めてあげる。だってそれが彼女にとって一番の幸せだもの。私たちが彼女の事を一番理解している、何を望んでいるのか一番良く分かっている。何か可笑しいことがある?こうする事が一番正しいのよ』

 結局、上からの視線で彼女を見、自分に都合の良い形に押し込めているだけだ。

 「そうか、貴公がそう決めたのなら・・・、そうだな、俺もそれに加担させてもらおうか」
 「陛下?」
 「その方が良いだろう?彼女が本当に助けを必要とした時、誰を頼ればいいんだ。他の奴らは見返り、つまり結婚を要求するから駄目だ。マルクトに俺、キムラスカにルークがいればあいつらに知られずに動く事が出来る。俺は皇帝で此処から動く事は出来ないが、部下はジェイドだけじゃない。・・・隠密活動などお手の物だろう?神託の盾騎士団特務師団師団長、鮮血のアッシュ」

 にやり、と皇帝は笑う。

 「お褒めの言葉ありがたき幸せ」

 クスリ。

 その瞬間、周りの空気が動きはじめた。

 “その言葉に偽りはないか。マルクト皇帝に我が完全同位体よ”

 焔が二人を取り囲んだ。