表裏

 ルークはキムラスカにある公園に来ていた。
 四季折々の花で美しいとの評判ではあるが、障気に覆われた今公園を訪れる人間などいない。



  表裏



 ルークはベンチに腰掛けぼうっと空を眺めていた。

 「・・・障気を中和するそうだな」

 人の気配は全くしないというのに、ある声がルークの耳に届く。

 「ああ」
 警戒するでもなく、淡々と答える。

 「見上げた博愛精神だ。英雄として称えられるぞ」

 相手も何の感情も感じさせない声で言う。

 「周りも望んでいる」
 「望んでいる、か」

 クスリ、と自嘲気味に笑う。
 これは事実だ。

 世界を救う為とはいえ、死刑宣告と同義である「障気を中和してくれ」と誰も言いたくないのである。誰だって嫌な役目は引き受けたくはない。だから彼が自発的に「自分がその役目をする」と言い出すのを待っているのだ。

 そして彼が「障気を中和する」と自ら言い出したら、皆口を揃えて言うだろう。「命を粗末にするな」と。

 彼はレプリカだ。レプリカはオリジナルと比べて劣化している。ならばオリジナルの替わりにレプリカが犠牲になるのは当然だろう、という考え方が圧倒的に多い(生体フォミクリーの発案者である、マルクト帝国皇帝の懐刀でもあるジェイドでさえこう言った)。

 ルークと行動を共にしていた他の仲間達は、「レプリカも我々と同じ人間だ」と言うだけで、障気中和の為の具体的な方法は何も提示していない。本人達は出来る限りの事をしていると言うのだろうが、第三者から見たらそれは何も行動していないと同じである。なぜなら彼らは足掻く、という事を全くしていない。

 つまり彼らは、心の何処かで諦めてしまっているのだ。天才を名高いジェイドが言うのだから間違いない、もう他に方法がないのだから仕方が無い。何をしてももう無駄だと。

 「お前んトコの部下、必死の形相で他に手段はないか世界中を駆けずり回っているぜ。俺のとこにも来やがった」

 あのプライドが高いやつらが俺に頭を下げるとはなぁ。

 マッチを擦る音がし、煙草の匂いが漂ってきた。

 「迷惑をかけたな」
 「ま、お前さんのところには貸しがあるからな。それに俺たちはこの世界があるから成り立っている商売だ。世界が滅んだら元も子もない」
 「“森の熊さん”が殊勝な事を。明日には槍が降るな」
 「その名前はやめろ」

 ウンザリした声だった。正式な名称は別にあるのだが今ではこちらの方が通りもいい。その原因を作ったのは目の前にいる青年だ。

 「あのヴァンとかいう輩の所為で俺たちの世界はズタズタだ。建て直しにどれだけ時間が掛かるやら」
 はぁ、と煙をはく。

 「どさくさに紛れて、目障りなヤツは全部始末出来たから結果オーライって事でいいじゃないか」
 「其処に行き着くまでが大変だったろうが。お陰で部下に泣きつかれたぞ。超超超過勤務だ、休みをくれなきゃスト起こすってな」
 「おやおや、それは大変だ」

 ルークは笑いながら言う。

 「それは兎も角」
 一瞬で雰囲気が緊迫したものになる。

 「お前の家“これ”を辞めるって本当か」
 「正確には今の代で終了と云う事だ」
 「同じ事だろう」
 「俺は障気中和後の世界を見る事は出来ない。コマは有ってもそれを動かせる人間がいない。廃業するのは当たり前の事だ。お前はちゃんと教育を受けた跡継ぎがいる。俺の所にはいない」

 ファブレ家の嫡男が、家の裏の顔を知りその首領になるべく教育が始められるのは大体十歳くらいからだ。アッシュはその歳になるとヴァンに攫われダアトに連れて行かれた。したがって彼はこの世界の事を何も知らないし、当然教育も受けていない。

 「あの“ルーク様”はこの仕事を受け入れられない」

 彼は正義感が強い。そしてその彼の傍を離れようとしないキムラスカの王女様はもっと凄い。真実、正義というものは全て正しい、と何の疑いも持たず信じている人間はこの世界には不適格である。

 「敵に回る、というのなら」
 「それは存分に。俺も含め彼らはファブレ公爵に忠誠を誓っている。あの“ルーク様”に、じゃない。何故自分の主でもない人物を守らなくてはいけない?」

 彼らがあの“ルーク”を嫌っている事は有名な話である。

 「成る程」

 容赦しなくていい、と云う事か。

 「だが又家を吹っ飛ばされたくはないからなぁ」
 「それはそっちに非があるだろう。女に不自由していないくせに何故素人に手を出す?」
 しかも嫁入り前の十代の娘に。

 答えはない。
 ルークは立ち上がった。

 「時間だ」
 「そうか」

 そっけない答えだった。

 「何で人間ってやつは気が短いんだろうね」

 吸い終わった煙草を揉み消しながら、ポツリと言った。

 「空腹で苦しんでいる人間がいるとする。目の前にご馳走が並んでいて、自由に食べていいと言われたら即食らいつくのが普通だろう」
 「確かにそうだ。だがな―」

 言い終わる前にルークの気配は完全に消えた。彼は追おうとする部下を手で制す。何処に行くのか分かっているのだから追う必要はない。

 彼は世界に殺されるのだ。

 暫くして彼は忌々しそうに吐き捨てた。

 「空腹の度合いにもよるだろう。何日も食い物を口にしていない人間に、粥ではなく脂の乗ったステーキを食べさせるようなもんだ」

 バチカルの王宮に視線を送る。

 「後で消化不良を起こして苦しい思いをするのは自分だって分かっているのかね?あいつらは」

 何故彼らはよくよく考えもせず、目の前にあるものに飛びつくのだろう。全てが無料(ただ)などそんな上手い話は転がっている筈はないのに。