先蹤

 俺の記憶と俺の想いは俺だけのもの。
 これはローレライにもあの被験者にも絶対渡さない。



  先蹤(せんしょう)



 ラジエイトゲートを閉じ、プラネットストームは停止した。後はエルドラントに乗り込むのみ。アッシュ達はやる気まんまんだった。だがそれに待ったが掛かった。

 「これから先はキムラスカ軍とマルクト軍の仕事です。殿下は我等と同行する事はお控え下さい」

 「何故ですの?ヴァンを倒さねば、このオールドラントに平和は戻りませんわ!」
 「父上何故です!」

 二人はファブレ公爵に噛み付いた。公爵が同行を拒絶したのはナタリアのみであり、アッシュやダアトの軍人達ではない。その違いに気付かぬのか、彼らから抗議の声が上がる。

 「キムラスカ、マルクトが保有しているタルタロスを総動員し、エルドラントを取り囲む。その後エルドラントに向かって一斉射撃する。対空砲撃を完全に黙らせた後、精鋭部隊を乗り込ませる。何か可笑しい事があるか」

 元帥の顔をしてアッシュに対し、淡々と答える。

 「ヴァンはどうするのです、ヴァンは!!」
 「あ奴を倒すのは、精鋭部隊の人間の役目だ。別にお前でなくとも構わぬだろう。・・・お前は次期キムラスカ国王という自覚はあるのか?その身を案じるのは臣下として当然の事だ」
 「しかし!!」

 現実主義の軍人らしく名より実を取った、という事だろう。

 「アッシュ。勘違いをしているようだが、何もお前にバチカルで大人しく待っていろ、と言っている訳ではないぞ。私は地上にてキムラスカの機動部隊の指揮をせねばならん。お前はその補佐として役目がある。カーティス大佐もマルクト軍の指揮官として既に配置に着いている」

 「あ・・・・・・」

 当然と言えば当然の事に、アッシュは何も言い返せない。

 「グランツ響長、タトリン奏長、あなた方二人は教団から指示があるはずだ。それに従ってもらいたい」
 「は、はい」

 元帥としての迫力に押され、ティアとアニスはそれ以上の反論も出来ず、大人しく了承した。これがルークならもっとしつこく食い下がった事だろう。

 「私も補佐として参りますわ!!」

 ナタリア王女が声を上げた。

 「殿下はこのままユリアシティにお留まり下さいませ」
 「いいえ!私は王女として見届けねばなりません!!」

 「その役目はキムラスカ軍元帥であるこの私、クリムゾン・ヘアツォーツ・フォン・ファブレが担っております。そのお気持ちだけあり難く頂戴いたしましょう」

 言葉遣いこそ丁寧だが、完全なる拒絶しかなかった。

 「そんな、こんな時こそ・・・」

 ナタリアは縋るような、潤んだ目で公爵を見つめた。この目にインゴベルト王は弱い。だが、仕事に関しては徹底して現実主義である公爵にそれが通用するわけがない。

 「これは陛下も了承済みでございます。どうしても、と仰るのなら陛下に直談判をお願い申し上げます」

 ちなみにこれから三時間後に作戦は実行されますが、と聞いてナタリアは真っ青になった。

 ここはユリアシティ、だが肝心のインゴベルト国王はバチカルに居る。今までアッシュ達が使っていたアルビオールはすでに戦いに向けての調整中の為、ここにはない。残る手段は船だが、この戦いの巻き添えを防ぐ為殆どの航路は閉鎖されている。事実上バチカルへの移動は不可能だ。

 ナタリアに甘いインゴベルト国王の事、彼女が請えば許可は出るかもしれない。が、彼女がバチカルに移動出来るようになった時、それは戦いが終わったときだ。つまりもう間に合わない、という事である。

 しかし、これで納得するぐらいなら、彼女は王の命令を無視してアクゼリュスに行く事などなかっただろう。しかも「王女として扱うな、自分はルークに従う」と言いながら、その舌の根も乾かぬうちに王の名代であるルークを見下し、彼の意見は徹底的に無視し否定したのだから。

 目の前の王女は、父国王にべったべたに甘やかされて育てられた為か、王命に逆らうという事の意味を軽く考えているふしがある。そんな物事を軽く考える事しか出来ない彼女に、勝手な行動をとられて現場を引っ掻き回されては堪らない。公爵は念の為釘を刺しておく事にした。

 「殿下。くれぐれも、潜り込もうなど浅はかな考えはお持ちになりませぬよう。私はキムラスカ軍総司令官兼インゴベルト国王の名代として軍を指揮し、全てを見届けるのです。その私が殿下の同伴を拒否しました。この事がどういう意味がお分かりいただけますね?」

 つまりファブレ公爵はここでは王と同じ存在。彼の命に逆らう事は王の命に逆らう事となり、王に対し反逆の意思があるということになる。

 「わ、分かりました・・・」

 口惜しそうではあったが、ナタリア王女は了承した。ここまで言われたら流石に彼女といえども我を通す事は出来ない。

 「では皆様のご武運お祈り申し上げますわ!!」

 そう吐き捨てるように言うと、足音も荒々しく彼女は部屋を去って行った。その姿を見て公爵は溜息を吐く。

 「父上、ローレライの解放は・・・」
 「この戦いが終わってからでいいだろう。ローレライの鍵は後でお前に渡す」
 「それと、あの、ルークはどうなったのですか」

 障気中和の後、奇跡的に助かった事は聞いている。しかしあの後彼の姿を見かけるどころか、アッシュに情報すら入ってこなかった。

 「・・・彼は、エルドラント攻略の精鋭部隊のメンバーの一人だ」
 「そう、ですか」
 「時間が無い。行くぞアッシュ」

 久しぶりに見る父の背中はとてつもなく大きかった。







 戦いが始まった。

 だが所詮国家対私兵。戦力の差は歴然だ。全タルタロスに新装備されたロケット式の譜業の威力は絶大で、三十分もすればエルドラントの対空砲撃は完全に沈黙した。
 最後の足掻きとでもいうのか、艦隊に向けてエルドラントが突進してきたが今一歩届かず、イスパニア半島の北端に墜落した。そこにとどめとばかりに、残った火器でもって集中砲火、栄光の地エルドラントは見るも無残な姿となった。

 「アルビオール、エルドラントに向けて発進させよ!!」
 「はっ!!」

アッシュのする事など何もなかった。ただ黙って見ているだけであった。その彼に元帥はこう言った。

 「指示は既に出してある。後は部下を信頼し、報告、そして結果が出るまでひたすらじっと待つ。これが我等の役目だ」

 つまり、ちゃんと動かせる部下がいるというのに上自ら動くという事は、部下を信頼していないという事だ。公爵から言われて改めて納得する。

 教団の特務師団は、他の師団と違いその特殊性ゆえ少数精鋭であり、任務とあればアッシュ自身出張る事が多かった。彼が他の師団を任されていたら、また違っていただろう。

 そこへとんでもない報告が入った。

 「アルビオールの管轄部署からの連絡です。部隊が乗り込もうとした時、ナタリア王女が強引に割り込んで来たそうです」

 「何!?」
 「どうやらタルタロスの倉庫に潜り込んでいたようで・・・、警備の者が取り押さえているとの事です」

 「ナタリア・・・」

 アッシュは米神を押さえた。公爵の言った事が理解出来なかったとでもいうのか。

 「・・・ナタリア王女はユリアシティにおられる。そやつはナタリア王女ではない!妨害目的の為我が軍に乗り込んだヴァンのスパイだ!!牢に押し込め厳重に監視せよ!!女性であろうが情け容赦はいらぬ!!」
 「・・・はっ!!」

 ほんの僅か間があったが、公爵の指示通り兵はその通りに動く。

 恐らくナタリアは今まで戦ってきたという実績に自信を持っており、大丈夫だろうと判断し乗り込んできたのだろう。

 だが今度は違う。エルドラントに乗り込む命を受けた彼らは、キムラスカマルクト両軍から選ばれた精鋭中の精鋭。体力も技も何もかもが桁違い。恐らくは、自分と同じ位の重さを背中にしょって数十キロ歩く事など平気な顔をしてこなす人間ばかりだろう。
 「疲れましたわ、少し休みませんこと?」などという台詞など出ようものなら、役立たずの烙印を押されるのは確実だ。

 この王女の行動は自国の軍を侮辱したに等しい行為だ。要するに、己の臣下を信じていないという事に他ならない。しかも王の名代であるファブレ公爵の命にも逆らっている。

 (もうナタリアは終わりだな)

 何故か、彼女に対し憐憫の情すら浮かんでこなかった。







 予想に違わず精鋭部隊の働きは凄まじく、「何故もっと早く彼らを導入しなかったのか」との不満が漏れるくらいだった。
 それに、とっくに戦いの火蓋は切って落とされたというのに、何を今更名乗りを上げて、正々堂々と戦う必要が何処にある?もう此処は戦場だ。名乗りを上げるイコール自分を殺してくれ、と言っているに等しい。

 第一彼らに負けたら、このオールドラントは滅びるのだ。元より形振り構っていられない。

 彼ら六神将も油断していたのだろう―無理もない、今まで相手していたのは、武芸の心得のある殆ど素人の集団だったのだから―大きな声で「此処まで良く来れたな云々」等言いながら姿を現したのだ。

 ・・・こいつら馬鹿じゃないか。

 部隊の人間全員が心の中で一斉に突っ込んだのは言うまでもない。
 その偉そうな口上が言い終わるか終わらないうちに、狙撃手がリグレットの銃を弾き飛ばし捕縛と相成った。シンクは格闘系という事もあり、足を撃ち抜かれた上で捕らえられた。

 「あなた達、名乗らずいきなり襲い掛かるなんて卑怯よ!!」

 ダアトの軍人が喚いた。

 「お前本当に軍人か?これは戦争だぞ?既に宣戦布告も受けているというのに、名乗る必要があるか。敵に位置を知られるだろうが。戦い方の基本も知らないのか。しかもここは敵のテリトリー。俺たちは万全を喫しただけだ」

 ルークは淡々とした口調で言い放った。
 しかしそれで彼女が納得する筈がない。更に言い募ろうとした彼女を「煩い静かにしろ」と直ぐ横にいた兵が首に刃物を当て、強制的に黙らせた。

 どうやら彼女は、今までの戦いの実績が認められ、己が優秀な軍人と評価されての参加だと勘違いしているようだ。
 彼女がこの戦いに参加しているのは、単に彼女がユリアの子孫で大譜歌が歌えるからである。もし、彼女以外に大譜歌が歌える人間がいたら彼女が選ばれる事など絶対になかった。

 それに彼女は依然犯罪者のままだ。第一、ファブレ公爵家を襲撃した罪を償っていない。本人は夫人に謝罪したからそれで全てが終わったと考えているようだが。
 王族の屋敷に許可無く進入した者は、どのような事情があろうともキムラスカでは死罪だ。被害者が王族となれば、時効など無いも同然。この辺の話は既に教団と話がついている。
 ま、その辺り、今となってはルークには関係ないことだ。

 「・・・行くぞ、一番厄介な奴が残っている」