夢は日に日に近づいてきている。とうとう首から血が滲み、堪えられなくなった見習いは夜半にこっそり本丸を脱出した。

「ねー、あの女、逃げたみたいよ」

見習いの部屋を見た蛍丸が言った。呆れかえっている。言われた愛染と明石はうわー…と肩を竦めた。

「まじか、あの女…」
「そないなことしたら余計に怒りを買うだけやのに」

アホやなぁ。明石の言葉に来派の刀剣はうなずいた。

政府施設に逃げ込んだ見習いは、担当役人に泣きついた。こんのすけからとっくに事情を聞いていた役人は自業自得だろうと思ったが、彼女の親は厄介なことに政府の高官である。見捨てたら難癖つけてくるだろう。仕方なく、政府は彼女を保護し、高官である父親に一報を入れた。本丸乗っ取りが失敗に終わればこうなることなど目に見えている。乗っ取り目的の見習いをあの本丸に送り込んだのは、審神者が刀剣と婚姻を結んでいたからだ。結束の固い本丸ならば諦めるだろうと期待して。
しかし、政府の期待も見習いの目論見もどちらも崩れてしまった。乗っ取り見習いなどどうなっても構わないが、政府に面倒がふりかかるのは避けたい。高官の圧力も恐ろしいが、あの本丸は現在実装されているすべての刀剣男士が揃っている。その刀剣男士たちの恨みを買ったら政府とはいえただではすむまい。この時点で、見習いは政府にとって刀剣の怒りを鎮めるための贄に変わった。
結界の張られた隔離施設で、見習いは怯えながら両親の到着を待っていた。隔離施設には陰陽師が在中し、呪いの気配があればすぐさま払いに来てくれると聞いた。ほんの少しだけ、安心する。

(大丈夫…パパが来てくれれば絶対に助けてくれる…)

父親は政府に太い繋がりを持つ高官だ。父親さえ来てくれればあの本丸を刀剣ごと解体してくれるだろう。そうすればもう悪夢に悩まされずにすむし、命の危険からも脱出できる。パパ、早く来て。見習いは心の中で願っていた。

「おい、これ…」
「うわ、これ絶対祟りだろ…」

隔離施設に閉じ込めた見習いを名目上見守っていた陰陽師の元に伝えられたのは、見習いの父である政府高官の訃報だった。
父親は娘の危機を聞きつけるや車に飛び乗り、ひとり運転して施設へと向かっていた。気が焦るあまりにスピードを出しすぎたのか運転を誤り事故。幸か不幸か自損事故だったので他に被害はでなかったが、運転していた父親は死亡した。シートベルトをしていなかったせいでフロントガラスに頭から突っ込み、首に大きな破片が突き刺さったのだ。エアバッグは作動しなかった。彼は即死せず、なんとか助かろうともがいたのだろう、首だけではなく手や顔まで傷だらけだった。事故の検証をした警察と救急は、絶命するまで地獄の苦しみを味わっただろうと述べている。
これはまずい。首というところに見習いが激怒させた刀剣が絡んでいると推測した陰陽師らは、護衛対象を見習いから政府へと切り替えた。自業自得の小娘を庇っていたら自分の身まで危うくなると悟ったのだ。彼らの判断は正しかった。右往左往する彼らの元に、次に母親の訃報が飛び込んできた。
母親は父親の訃報を聞くや家を飛び出し、病院へ向かおうとした。そして、ビルから落下してきた看板に首を飛ばされたのである。専業主婦であった母親はまだ慈悲を与えられたのだろう。即死だった。それでもあの見習いをああまで恥知らずに育てた罪は重いと殺されてしまった。
政府は震えあがり、そして見習いに訃報を伝えなかった。発狂して自殺でもされたら困るのである。見習いには本丸の刀剣に対し鎮魂の儀を行っていると嘘の情報を伝えて安心させ、終わるまで施設から出られないように事実上監禁した。終わるまで、つまり、見習いの命が終わるまで。まさしく贄である。見習いはまったく気づいていないが。