「さて、話がまとまったところでご飯にしようか」
現在午後七時を回っております。晩御飯にはちょうどいい時間帯だと思う。
「新入りの飯はどうする」
「今回はここで食べたらいいでしょ。あとは本人の希望次第」
「そうだな。…あんた、嫌いなものはあるか」
「いや、ない…と思う」
戸惑う鶴丸国永をよそに山姥切と二人で台所に立つ。小さな離れに見合う、私と山姥切の二人が並ぶのがやっとな広さの作りだ。
ここに来たころは一切の料理ができなかった私も山姥切においしいものを食べさせる、その目的の為に腕を磨き続けてきた。
その甲斐あってある程度の料理ならレシピなしでもおいしく作れるまでに成長したのだ。
時間というものは偉大である。
「おっけー。なら、山姥切は生姜焼きフライパンで焼いておいて。この肉三人で分けるとちょっと少ないから、なんかおかず増やそうかな」
下味を馴染ませておいた豚肉が入ったボウルを山姥切に手渡す。
味噌汁を作っておいた小鍋を五徳の上に乗せ、点火のつまみをひねる。
「ついでに沸騰しないようにみといて」
「わかった」
火の作業は山姥切に任せ、自分は急いで冷凍庫を漁る。
「冷凍の枝豆とー、…前に作った冷凍ハンバーグでてきた!お、ホウレン草発見。ついでにお浸しも作ろうか」
順々に電子レンジで温めていると、所在なさげにこちらを見る彼を発見した。
しまった、品数を増やすことに集中して存在をうっかり忘れていた。
お客さん扱いするよりも、何かさせたほうが本人にとっても気が楽だろうと、簡単な仕事を割り振ることにする。
「じゃあ、あなたは布巾で台を拭いたら、このお箸とお皿並べておいて。あとここに置いた料理も台の上に持って行って」
「新しい箸なんかあったのか?」
「ないからとりあえず割り箸にするわ、はいこれお願い」
「あ、ああ」
いろいろなものを乗せて重くなったおぼんを渡すと、鶴丸国永はぎくしゃくとした動作で動き始めた。



並べ終わった料理を前に、席に着く。私が両手を合わせると、山姥切もそれに倣う。
「「いただきます」」
「…ん、上出来」
「ああ、旨い…どうした、食べないのか」
目の前に出された食事を前にして、一切手を付けずに鶴丸国永は固まっていた。
「毒は入っていないぞ」
「いや……本当に食べて、いいのか…?」
疑いの目でこちらを見つめる彼に、こう答えるしかない。
「いいに決まってるでしょ」
前に出しておいて食べさせないとかどんな鬼畜だ。
この時点で前の扱いがうかがえるけれども気づかないふりをする。
「…い、いただきます」
震える手で箸を握りしめる。
力をこめすぎて半ば握り箸のようになっていた。顕現したての山姥切を思い出すくらいにお箸の使い方は拙かった。
御茶碗を手に取り白米を一口、口に運んだ。
そしてゆっくりと噛みしめた。
「…うまい」
そう言って彼はここに来てから初めて、微笑んだ。
「それは良かった」
なんというか、この刀剣男士はブラックにいたっぽいわりには比較的ひねくれてない気がする。
「人間か、死ね」と速攻で切りかかってくるイメージが定着しちゃったブラック本丸におけるラスボス・三日月宗近には及ばないにしろ、鶴丸国永もかなりやばくなる傾向があるのに。

……さにちゃんの見すぎかな?





食後をだらだらと過ごすためにも、面倒な食器洗いは食洗器に任せておくに限る。
食器を片付けた食卓を改めて三人で囲んで座る。
長い話になるかもしれないからと、山姥切が麦茶を出してくれた。
「さて、私の立場を説明しようか」
「ああ」
「私の思い込みもあるかもしれないし、『彼ら』の会話から類推したこともあるから、事実ではないこともあるかもしれない。
その点は了承しておいてほしい」
硝子のコップを手に取り、麦茶を一口飲みこんだ。
「まず、私は先代が遺したこの本丸を引き継いだ審神者。ここは母屋ではなくて離れを改築した建物なの」
「道理で本丸にしては狭いはずだ。…しかし、今は君が主だろう。何故離れなどにいるんだ。
他の刀剣男士はいないのか」
その疑問はもっともだろう。
「……昔々あるころにとても素晴らしい審神者がいました。
素晴らしい審神者は主を慕うたくさんの刀剣男士を従えていました。
審神者は寿命で死ぬことになり、彼らに必ず帰ってくると約束して息を引き取りました。
主を待ち続ける忠剣男士がたくさんいる本丸に、引継ぎするために新米審神者がやってきました。
…彼らは新しい審神者を主と認めませんでしたっていうよくある話の結果がコレよ」
「よくある話、なのか?」
「前の主を慕っている刀剣男士が、新しい審神者を認めなくて問題が起きるっていうのは少なからずあるらしいわね。
その逆も勿論あるけど。
前任に虐げられた刀剣男士が、新しい審神者を必要としないと言い張って危害を加えたり、最悪殺してしまうこともある。
それに比べれば私はましな方なんだけどね」
虐げられた刀剣男士、という言葉に鶴丸国永がぴくりと体を震わせたが、気づかないふりをした。
「害は十分あるだろう。あんたをここに閉じ込めた」
と、苦々しい顔が山姥切が言う。
監禁されているわけではないが、一人では積極的に外出しようという気にならない環境であることは確かだ。
「俺が写しなばっかりに…」
「あんたのせいなわけないでしょ。山姥切が来る前からこうだったんだから」
「いや、俺の力がもっと強ければ、あんたに従わないあいつらを全て捻じ伏せることができた。それができないのは、俺が弱いからだ」
「いくら山姥切が強くても、数の暴力には勝てないと思うわよ。ま、奇襲掛ければ5体くらいまでならいけるんじゃない?」
「ああ…だが、そこまでで取り押さえられるだろう。あの本丸には俺より強い奴もいる。それに、兄弟も…」
山姥切が目を伏せた。向こうには山姥切の兄弟―同じ刀工によって鍛刀された刀―も存在するらしい。
向こうとしては山姥切と交流したいらしいが、山姥切は私に悪いと思っているのかそれをやんわりと断っているようだ。
「そしたら本当に監禁に早変わり。私と山姥切は引き離されてお互いが人質に。想像できるから嫌だわあ」
極論すればこの本丸と契約をしている審神者がどんな状態であれ生きていればどうとでもなるのだ。
この本丸は直接手入れを行わなくても、私の霊力が手入れ部屋に供給されているので、手入れ部屋に怪我人を放り込んで放置していれば治るのだ。
向こうとしては、私は主でもないただのちっぽけな人間で、霊力供給源でしかないのだから座敷牢に放り込んでいないだけこの扱いは譲歩しているくらいなのかもしれない。

ただの人間がこの神が住む地で生きていけることに、その身を捧げられる幸運に感謝しろってか?
ああ、神の傲慢さに反吐が出る。


沈黙の下りた部屋に、ピンポンと軽快な音が鳴り響く。
「なんだ?」
「…来たか」
「あ、ちょうどいいところにきた。会ってみるといいよ『向こう』の刀剣男士と」
立ち上がり、扉を開けに向かう。
この離れにやってくる向こう側の刀剣男士なんてほとんどいない。
基本的に彼らは私を『いないもの』として扱っているからだ。それを意識的にか、無意識に行っているかは別として。
開いた扉の向こうに、ホストクラブに勤めれば努力せずとも一位になれそうなほどに色気のある端正な顔立ちと、適度に引き締まった体の持つ男性がいた。
黒髪で眼帯をしている姿と言い、おそらくは彼が燭台切光忠なのだろうと思っている。
勿論名前を直接教えられたわけではない。
「こんばんは」
こちらにも比較的好意的である彼が基本的にこちらと向こうとの仲介役を担っている。
まあ実際は家畜が勝手に弱って死んでしまわないように、監視しながら、警戒心を持たれないように適度に「わかるよ。辛いよね」と味方であるかのように振る舞っているだけな気がする。
こう考えてしまうのは穿ちすぎだろうか。
「こんばんはー、イケメンホストさん」
名前を教えられたわけではないので、私は彼を好きな名前で呼んだりもする。私の小さな嫌がらせを、彼はやんわりと咎める。
「その言葉意味がわからないけど、あんまりいい意味じゃないよね」
「やだなあ色男っていう褒め言葉ですよー」
嘘はついていない。ただ、個人的に軽薄なという意味が見え隠れすると思っているホストを付け足していることを黙っているだけだ。


「これが今日の報告書だよ」
渡された書類の中身を確認していく。
遠征とよし、出陣よし…そろそろ刀装作り足さないと駄目だなあ。
「はい、確かに受け取りました」
「……あれ?知らない顔が、いるね…」
「あ、紹介しときますね、鶴丸国永です。ここいなかったですよね?」
「君、鍛刀したのかい?」
責めるような目にへらりと笑ってこちらの無実を訴えた。
「約束は破ってないですよー。だいたい鍛冶場はあなたたちが閉鎖したんでしょうに、どうやって作るんですか」
「すまない。俺が拾ってきて、手入れを頼んだんだ。主に非はない」
「ほらね。まさか、そのまま放置しとけばよかったなんて非道なこと言わないですよね」
私の言葉に彼は、後ろめたいような顔をして目を一瞬彷徨わせた。
その後気を取り直すように笑顔を作ると、鶴丸国永に向かって笑いかける。
「鶴丸さんか、どうぞよろしく。
こちらにも顔を出してみるといいよ。僕が腕によりをかけてご馳走を作るから」
「ああ、一度そちらに挨拶に向かわせてもらおう」