平穏な日々は深夜に扉を何度も乱暴に叩きつける音で壊された。
「起きろ、起きてくだされ!!!」
手入れ部屋に放り込んでおきさえすれば、彼らの負った傷が癒えるのは前に述べたと思う。
私が必要なのは手入れ札を使ってほしい、早急に治療する必要がある場合だけだった。
「はいはい今開けますよー」
「主、待て!」
鶴丸が慌てて止めたが、その時には扉に手をかけていた。
不用意に扉を開けてしまった私の腕を何者かに掴まれ、そのまま乱暴に引っ張られる。
「うえっ!?」
「はやく!」
予想していない動作に足がついて行けず、地面に膝をつきそうになる。
それなのに私を掴んだ腕は気づかず、前に引っ張ろうとするものだからこのままでは地面を倒れたまま引きずられるかもという嫌な予感がよぎった。
待って、と声をかける前に鶴丸が掴んだ腕を叩きのめしてくれた。
「…我が主に対して、些か失礼すぎないか。一期一振」
「……!ですが鶴丸殿!そんな場合ではないのです!!弟が!早く!!」
彼は鶴丸の低い声に気づかないらしい。しきりに早くと繰り返す。
めんどくさいものは早く済ませるに限る。
いつの間にか照明をつけ、自分の本体を装備した山姥切と目が合って頷き合った。
「…行こうか」
寝間着で行くことは仕方がないにしても、靴だけは履かせてほしい。
彼らはどうやら池田屋のどこかの戦場を攻略中だったらしい。
夜の街を駆け抜け、最奥まであと一歩のところまで来た彼らは、進むか戻るか悩んだ。
刀装が剥がれたものや、道中高速で襲ってくる槍に少ない生存をかなり削られたものもいたからだ。
それでも、これを逃したら再び到達するまでにどれだけ時間がかかるかわからないと先へ足を進めた。
その結果がこれだ。
手入れ部屋に足を踏み入れた瞬間、あまりにも濃い血の臭いに顔をしかめた。
少年の姿をした付喪神たちが何人も痛々しい姿のままに布団の上に寝かされていた。
真っ白だったであろうシーツは赤く染まっていた。今もその染みはじわじわと広がっていく。
片腕を無くし茫然と宙をみつめるものがいた。
大きく避けた腹部から内臓がはみ出ているものもいた。
眼孔にあるべきものを失いながら仲間の手をしっかりと握り、痛い痛いと呻くものもいた。
彼らは壊れたほうが楽なくらいの激痛を味わっているのかもしれなかった。少なくとも私は耐えられない。
それでも彼らはここにいる限りは死なない。
私をたたき起こした彼は粟田口派の長兄だろう。彼は大丈夫か、今治させると弟たちを励ましている。
満身創痍で意識を失う中学生くらいの少年を見て、山姥切が「兄弟」と息をのんだ。
おそらく彼が堀川国広なのだろう。
私は彼らに意を決して近づいた。
「これで、よし、と…」
虫の息だった五虎退と小夜左文字、そして堀川国広はなんとか繋ぎ止められた。
薬研藤四郎・乱藤四郎・厚藤四郎は既に折れていて、どうしようもなかった。
私はもともとそこまで霊力が強いわけではない。一度に重傷者を何人も治したことで霊力を消費し、荒く息を吐く私の背を鶴丸が支えた。
あちこちから失った兄弟を思ってか啜り泣きが聞こえた。
自分にできることは終わったと、鶴丸に支えられながら部屋を後にしようとする。
すると、一期一振から声をかけられた。
「……あなたには情というものはないのでしょうね」
「え」
「これだけのものが死んでも、涙一つも零さないとは…」
見当違いの恨みごとに、唖然とした。
しかし、私が何かを言う前に、突然鶴丸が腹を抱えて笑い始めた。
「あっはっはっはあーっはははっは…はーおかしい」
「何がおかしい!」
「こいつは驚いた。厚顔無恥とはこのことか」
鶴丸が爆笑を止めると、冷たい目で一期一振を睨み付けた。
「何を…」
「こいつは、悲しむほどにお前らを知らない。知らない者の死を、どう悼めというんだ…」
ぼそりと山姥切が同意した。
「私は彼らと一度も話したことがありません。それなのに泣くなんて、彼らの冒涜じゃないんですか?」
積極的に賛成したわけではないにしろ、私があの離れに追いやられたことを知り、見て見ぬふりしていたのは死んだ彼らもなのだ。
…あの日、合った目を逸らされたときから、私にとって彼らも同罪だ。
「ああそう、あなたの名前を教えてくれますか?私、あなたに自己紹介されてないですよね」
「……言わせておけば、小娘が…!!言葉が過ぎるぞ…!」
ついいらない言葉までかけてしまうと、痛いところを突かれたのか、激昂してしまった。
弟を亡くして情緒不安定なところに、本丸維持に必要なだけの、主でもないただの人間如きが煽ったのが悪かったのだろう。
刀に手をかけて、今にも鯉口を切って抜刀できる体勢をとった。
やりすぎた、と思った私の前に山姥切が進み出た。鶴丸は私の後ろに陣取ったようだ。
肌を刺すぴりぴりとした空気に、殺気というものを初めて体感した。
私たちの様子に、負傷者のことを心配して集まったのだろう刀剣男士たちが次々に戦闘態勢にはいった。
慌てた山伏姿の男が、遠くから山姥切に声をかけた。
「兄弟、何をしている!このままでは…!」
「止めるな兄弟。止めるというのなら…あんたも俺の敵だ」
まさに一触即発といった事態だった。
怯える一方で私は、山姥切がいるから大丈夫だという安心感にも包まれていた。
「主」
と、山姥切。
「なーに?」
「多勢に無勢だから俺たちは負けるだろう。できるだけ道連れは増やす…ここで俺と死んでくれるか」
「もっちろん!」
山姥切だけが一対多数の練習をしていたわけじゃない。
私だって、こういう時のために刀剣男士を強制的に刀解できるように力をつけてきたのだ。
「おいおい、俺も忘れてもらっちゃ困る。俺も君たちと一蓮托生だ。尤も、分霊である俺たちに次の世はないのが残念だが」
「…投降してもいいのに」
「はっ、せっかくの気遣いだがお断りするぜ」
軽口を叩きながらも、相手から目を離さなかった。
どちらが動くのが先か、一瞬たりとも気の抜けない状況が続いた。
そんな状況を細い声が止める。
「だめ」