C
ふと、彼女は瞳を開けた。
部屋が明るい。どうやら、朝の様である。
そしてなんだか──とんでもなく身体が怠い。
これはいったい何事だと、取り敢えず身体を起こそうとして──しかし、それも叶わない。
はて、何が一体どうしたのだと眠り眼のままそれとなく視線を下に彼女はおろした。
そうしてそのまま、その信じられない光景に、ぎょっと身体を揺らすのである。
女──そう、女だ。
見知った女が、己の身体にどこもかしこもべちょべょなまま絡みついて寝入っている。
見知った女と言うか、自分だ。どこからどうみても自分が、己に絡みついて、幸せそうに寝ているのである。
「……?、いやっ……えっ……?」
そうして"彼女"は、はっと自分の身体を見下ろした。
ぺたぺたとぺったんこな胸に手を当て、ついてる筈のない場所についてる物を恐る恐る触れた。突いてた。萎れていた。
──いや、いやいやいや、え、どういうこと……??
彼女は思う、ぱにっくに陥った頭で、それでも冷静になれと自分に言い聞かせながらこう思う。
昨日なにがあったのかと、そうだ、昨日鶴丸とまた寝たんだと、そしてなぜか身体が入れ替わったままなんだと。
────それって結構、やばくない?
「つっつるまっ……鶴丸っ起きて鶴丸っ!」
自分の胸の中で──いや正確には鶴丸の身体に擦り寄って眠る彼女の身体に入った鶴丸を、彼女はゆさゆさと揺さぶって起こしにかかる。
見れば時計はまだ5時だが、それでも早いとこ色々と証拠を隠ぺいしないと可愛い平野君と前田君が起こしに来てしまう。
こんなあられもない姿をあの二人には見られなくない!そう一心に思う審神者である。
「んっんんぅっ……やらぁっ、も、ちょっと……」
「色々解決したら寝ていいから!今は!起きろ!」
「んん〜〜〜〜、」
揺さぶったりぺちぺちと頬っぺたを軽く叩いて鶴丸をなんとか起こそうと躍起になれば、そんな彼女の勢いに負けてか、腕の中の女の目蓋はゆるゆると持ち上がっていく。
自分が起きていくのを見る、というなんとも不思議な光景にちょっと変な気分になりつつも、ぼんやりとこちらを見つめる鶴丸に、彼女はさあ大変だ!と声を荒げようとして──。
そのまま言葉を、呑みこまれた。
ちゅう、音が、聴こえる。
気付けば目の前に見知った女の顔があって。
とろりと蕩けた瞳が、うっとりとこちらのことを、見詰めていて。
──その瞬間、視界がぐるりと回ったのだ。
「────……えっ」
目の前に、彼女の身体ではない、"正しい鶴丸"が、居る。
何も身に纏っていない姿で、細身ではあるけれど、美しく均等のとれた身体で、愛おしそうにこちらを見詰めている。
それはさっきまで、彼女が我が物顔で入り込んでいた身体だ。
そうして今彼女は、彼女自身の、身体に、いて。
「……えっえ?」
わけがわからない。
そう呆然と寝転がったままの彼女に、鶴丸はやはり愛おしそうに瞳を細めたまま、硬直し続ける彼女の身体を引き寄せて腕に閉じ込めた。
「んっ、」
「──まだ朝には早い。もう少し身体を休めよう。この部屋には風呂が付いていただろう。ゆっくりしたら、二人で湯あみをすればいい。簡単に身形を整えるだけだから、シャワーだけで事足りるだろう」
言いながらすすす、と指先で背筋をなぞられて、びくりと彼女の身体は大袈裟に跳ねてしまう。
その反応を、彼女はしっていた。いつだって沢山"遊んだ"後は、身体が敏感になって小さなちょっかいにも過剰に反応してしまうのだ。
問題はむしろ──それをこの男が、わかっていることである。
彼女の身体を抱き寄せた鶴丸が、すん、と首筋で鼻を鳴らした。
そうしてそのまま、すぅーっと深く息を吸い込んでいく。
当然ながら彼女の身体がカチコチで、そんな鶴丸から逃げることも身を捩ることも出来やしない。
ただただ、今の現状に頭を抱えたいような、昨日の自分をぶん殴りたい気分でいっぱいいっぱいなのだから。
「ふふっ俺の匂いがする」
「……っ、」
「ああ、心地いいなあ……」
──これ、やべえやつだ。
頭を真っ白にしながら彼女は思う、そう思う。
間違いなく自分はやらかしてしまったのだと、確認にも近い現実に最早頭痛すらするいきおいだ。
──どうしよう、鶴丸ぶん殴ったら昨日のこといい感じに忘れてくれないかな。
そんな物騒なことを、しかし真剣に彼女が思った、そんな時。
「忘れろとか無かったことにしろとは、聞かないぞ。なんせ、2回目だ。君は2度、俺を抱いたんだ」
回数的には2度なんて軽く超えてるんだけどな。
そう茶化すような鶴丸の声に、しかし彼女の心臓は爆発寸前に暴れまくっていた。
いやだって、これは完全に覚えてらっしゃる。
「つ、鶴丸、ちょっとね、れ、冷静になろっか」
「俺は冷静だぜ?」
「……わたしが冷静になりたい…………」
彼女の首の匂いをすんすんと嗅いだまま、我が物顔で身体をまさぐり始める鶴丸に危機感を覚えつつ。
彼女はなんとかこの状況を打開しようと、思考をぐるぐると巡らせ始める。
いやだって、なんだこの状況、なんでこうなった。
昨日もこの前と同じくいい感じに攻めてたはずなのに、鶴丸めっちゃあんあん言ってたのに。
これがどうして──そう、いえば。
はた、と彼女の身体は硬直した。
だって、なんか、どんでもないことに気づいてしまったからだ。
最初、彼女は鶴丸の身体の中にいた。
戻れていると思ったのに、戻れていなかったのだ。
それで焦りに焦ったのに、鶴丸は、そんな彼女の焦りを何事もなく解消してしまった。
──つまるところ、なぜ、あの時鶴丸とキスをして身体が入れ替わったのか。
「──なぜ、俺が君と口付けを交わして身体の入れ替わりが起こったのか。君、疑問に思っているだろう」
そんな彼女の心を見透かすような鶴丸の言葉に、思わずびくりと彼女は身体を跳ねさせた。
紛れもなく鶴丸のペースに乗せられてしまっていることはわかっているのだが、でも、どうしようもないのだ。
だって、やはり、それは気になるのだから。
「……なんで?」
彼女が少し不貞腐れたようにそう問いかければ、耳元で、そっと笑う声が聴こえた。
そんな小さな吐息すら美形臭が半端ないのだから、人外ってやっぱ規格外だ……と謎の関心を場違いにも彼女は抱いてしまう。
というか最早、現実逃避だった。
そして、そんな脳内での冷やかしは、やはり唐突に終了させられるのだ。
「──奪っちゃった」
甘い甘い、ともすればハートマークでも、付いていそうな、声。
しかしその声を聴いた瞬間、彼女はぞっと心の臓から震えあがってしまった。
だって、だって──いったい、何を奪ったと言うのだろうか。
無意識の内に、身体がかたりと、小さく震えた。
そんな小さな彼女の変化にも、鶴丸は気づいているのだろう。
また小さく耳元で微笑んで、汗やらなんやらで所々ぱりぱりに固くなってしまった彼女の髪の毛を、それでも愛おしそうに撫でながら、こう囁くのだ。
ある意味、最終宣告のような、この言葉を。
「これから、いっぱいいちゃいちゃしような。──だぁーりん」
やっぱり、ハートマークがつきそうなほど、甘い声。
しかしまったく可愛らしさも欠片もない、その言葉に。
気を抜けば飛び出てしまいそうな悲鳴をそれでも最後のプライドでぐっと噛み殺して、彼女は死にそうな声で、こう答えるのである。
「……お手柔らかにね、マイハニー…………」
──ああ、無情。
しかしどこからどう突っ込んでもそもそもの原因は自分にあるその事実に、彼女は最早諦めの境地で己の迂闊さを呪うのである。
彼女の性生活は、ここから始まる。