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こんなことなら人間のふりなんてするんじゃなかった。
ため息をつき、触れても感覚がなく、それでいて筋肉の引きつりだけは伝えてくる脇腹を服の上からそっと撫でて修復しながら考える。
普通の人間と同レベルに身体を構築していたから、スタンガンとか言うあんな玩具で気絶してしまった。
作った身体が殺されても意識は残るし、擬似的な死を体験して崩壊するほどやわな精神をしていない。そもそも度を越えた痛みは自動的に痛覚を遮断してしまうから、そもそも感じえることができない。
だからちょっとだけ油断していたのだ。相手が気配を殺す術式を使っていたのも問題だろう。何せ普通の人間と同じ程度の力しかなかったわけだし。

ふう、と息を吐いたびりびりと体に叩きつけられる殺気を受け流す。澱み湿った空気は気持ち悪い。空を見上げても分厚い雲が覆っていて太陽は拝めそうにない。残念。
首筋にチリと痛みが走る。先ほどから突きつけられていた刀が肌を裂いたのだと見なくとも解ったし、いい加減鬱陶しかったので目の前で刀を突きつけている男と視線を絡ませた。
ああ、普通の人間……ではないな。なんだ、こいつ。

「出て行け。さもなくば殺す」
「そうは言われても……どうやって?」
「後ろのゲートからだ。すぐに帰らないのならば殺す。対話を望むのならば殺す。お前に残された選択肢は俺達の前から姿を消す、それ以外にないと思え」

かっぴらいた金色の瞳に少しだけ迷ってから……言われたとおりくるりと背中を向けた。
いかんせん元の顔は綺麗なのだが、薄汚れているし毛を逆立てた猫のようで大人しくさせるのが面倒くさくて、見逃してくれるというのならばそうしようと思ったのだ。
身体を変えて屈服させることは簡単だ。しかしあの全身の真白を薄汚れさせた人間もどきの背後にもまた、似たような気配をさせたやつらが大量に居た。
全員制圧、となると面倒くさい。本当に面倒くさい。だから帰ろうと思ったのに。

「ねぇ、これどう」
「帰れと俺は言ってるんだ!!」

ゲート、と彼が呼んだ機械は私には見慣れないものだった。
だから使い方を聞こうとしたのに、怒りの臨界点が超えたらしい男は刀を振り上げ私の頭をカチ割ろうと真っ直ぐ刀を振り下ろす。
ああ、もう。せっかく見逃してやろうと思ったのに。

「ひとの話は聞くものだと、貴方は教わらなかったの?」

半歩身を引き、私は振り下ろされた刀を手の甲で受け止めていた。否、正確に言うならば手の甲の僅かな部分に展開した結界が、だ。
ちりちりと僅かに音を立てながら刀が震えているのは、恐らく未だ結界を切ろうと上から圧をかけているから。
先ほどとは違った意味で目を見開く男に、今度はあきれをこめてため息をついた。そして男の背後たちで鯉口を切る音が複数。
ああ、もう本当に面倒くさい。

制圧するなら五分ほど時間が取られるかな、と思いながらも。私は全身の筋肉に少しだけ力を通した。



「一つ、覚えておきなさいな。
相手を殺そうとするならば、自分もまた殺される覚悟を持つべきだと」



向かってきた大小含め男は総勢十二名。それらを全て地を這わせるのに、やはり五分ほどかかってしまった。
今は地面にうずくまっている水色の頭をした男の背中に腰掛け、もう何度目か解らないため息をついて警告を口にする。ああ、なんて私は優しいんだろう。

「だ、まれ……人間、ふぜい、が……っ」
「やだ、そんな口を利く元気が残ってたなんて……腕が落ちたかしら?まあいいわ。それより話を聞いてくれる気になった?」

血を吐くように飛ばされた罵声に、わざとらしく言ってやればそれだけで射殺せそうなほどきつい視線が向けられる。
どうやらどちらが強者か、この馬鹿は理解できないらしい。そして私の提案も、聞く気はないらしい。

「オーケー。和解する気はなし。むしろ死にたいのね、解った。お望みどおり殺してあげる」

それだけ告げて立ち上がると、何とか立ち上がろうとする男に背を向けて手近な刀を握る。恐らく脇差。まあこれでいいだろう。
やめろ、と紫がかった白髪の少年がかすれた声で言っていたが、知ったこっちゃない。

「さよならおばかさん。どちらが強者かも解らない。私が何者なのかも解らない。せっかく対話を提案してあげたのに、ほんと馬鹿」

振り上げる。刃こぼれが酷いが、まあ頚動脈を切る分には十分すぎるだろうと躊躇いなく振り下ろす。
この男の名であろう単語を、悲痛な声で叫ぶのが聞こえたが容赦しない。しかし待ってくれ!!と、私宛てであろう言葉が聞こえたため、頚動脈を切る直前で私はぴたりと手を止めた。
視線だけで声の主を探す。するとぼろぼろの……しかしやはり元の顔は良さそうな一人の少年が、よたよたと私の前に這いずるようにして出てきた。

「頼む……いち兄を、いち兄を殺さないでくれ。兄なんだ。弟達の、俺達の、大事な兄なんだ。吉光の誉れなんだ。
なんでもする。俺が代わりに折れろってなら折れてやるから、頼む……そのお人を、折らないでくれ」
「その声は……薬研か?馬鹿なことはやめなさい!私は平気だ!部屋に戻るんだ!!」

傷だらけの身体を引きずり、躊躇うことなくその場に土下座する。艶を失った黒い髪が動きに合わせたさらりと揺れた。
兄らしい男が叱責しているが、薬研と呼ばれた少年は退かない。なるほど本気らしい。
最後のあがきか。じたばたと暴れ始めた空色の髪の男が鬱陶しく、腰の辺りを踏んづけて大人しくさせる。
刀は勿論、頚動脈に当てられたままだ。

「少年、顔を上げろ」

私がそう言えば紙のように白い顔がそろそろと持ち上がる。そして藤色の瞳がゆっくりと、しかし真っ直ぐに私を見上げた。
シャープな顔立ち。折れそうなほどに細い肢体。短パンから伸びる足は無駄な肉が一切ついていない。ぱっと見は儚げな美少年。
しかしやたら見た目にそぐわない声と度胸、そして兄弟を思う優しさ、この場に飛び出す決断力。
……いいね、好みだ。

「名前は?」
「薬研藤四郎」
「この場でコレの命を助ける代わりに、自分の命を捧げるといったその言葉に嘘偽りはないか」
「吉光の誇りにかけて」
「……良いだろう。契約は成立だ。喜べ、弟に救われた命だ。大事にしろよ」

ぎゃあぎゃあと煩い兄を解放すれば、私の言葉を無視してよくも弟を、と訳の解らないことを言いながら刀を振りかぶってこようとする。
薬研が咎める声を上げたが、どうやら耳に入っていないらしかった。こいつ、今のやり取りを聞いていなかったのだろうか。

「はぁ……仕方ない、契約だからな。薬研、動きを封じる。コレの名前は何だ」
「あ……い、一期、一振だ」
「そうか。【一期一振、寝ろ】」

名前に力をこめて命令すれば、次の瞬間一期一振はその場に倒れて突っ伏した。命令どおり、眠ったのだろう。
薬研はぽかんとその様を見ている。

その薬研にまずゲートの操作を頼んだら、また何故かぽかんとされた。仕方ないだろう、私はアレの使い方を知らないのだから。
しかも使い方を聞こうとしたら襲われたのだ。暴力に対抗するには暴力しかないのだと、刀を持つお前らならよく知っているだろうに反撃された激昂するなんて本当に馬鹿としか言いようがない。
落ち着いてからそう告げようと思ったのにどいつもこいつも話を聞かない。今もまた私を襲おうとしている馬鹿達がいる。
そうぶつぶつ零せば薬研は何故か肩身が狭そうに身を縮めた。仕方ないので、これ以上乱闘にならないように私と薬研の居る周囲、半径五メートルほどの余地を残して結界を張る。

「コレで帰れるというなら帰るさ。その後は好きにしろ。私も好きで着たわけじゃないからな」
「……悪かった」
「そう思うなら私が帰ったあとに襲い掛かった馬鹿共に会話の大切さを教えてやってくれ」
「……そうしとく」

薬研が手馴れた手つきで操作を始める。が、すぐにその眉間に皺が寄せられた。

【時の政府:支部――エラー】
【時の政府:本部――エラー】
【演錬会場――エラー】
【万屋街――エラー】
【個別ID――エラー】
【時の政府緊急対策本部――エラー】

「何でだ……どこもひらかねえ」

そう呟いた薬研の言葉に、私もまた眉間に皺を寄せるしかなかった。



結局アレからどこにも行くことができず、私は薬研に次の命令をした。水周りが整っていて篭城ができる場所を探せ、と。
薬研は少し考えた後、すぐに案内を始めた。案内された先は庭の外れにある離れだった。
六畳二間、簡易だがキッチンとトイレ、風呂もついている。緊急時の篭城場所でもあるらしく、結構強固な結界も張られている。
篭城するには十分すぎる環境だ。

室内は汚かった。仕方ないのでパンパンと手を叩き、手持ちの使い魔達に部屋の掃除を申し付ける。
二頭身の小さな生き物達は私の指示通りにするため、あっという間に離れ中に散っていった。一時間もすれば綺麗になるだろう。
薬研が目を丸くしていたが、いちいち説明する気にもなれないのでさっさと次の段階へと進む。すなわち、情報収集だ。

そこから私は薬研から情報を聞き出した。薬研は素直に答えた。
刀剣男士。本丸。時の政府。歴史遡行軍。なるほど、此処は未来らしいと一人頷きながら与えられた情報を租借して行く。
そして辿り着いた結論は、時の政府がこの本丸の刀剣男士を鎮めるか統治させるために、過去から一般人のふりをしていた私を誘拐し、生贄として放り込んだのだろう、という仮説だった。
コレが事実なら時の政府は後で絶対に潰してやる。

それから薬研の刀を修理して、(手入れ部屋を使わなくても、刀剣男士を成立させるための術式さえ解れば簡単なこと)
ご飯を食べて、(非常用の備蓄食品があった)
お風呂に入って、すぐに夜。
ぴかぴかになった薬研は同じくぴかぴかになった部屋で、未だぎこちないながらも就寝の準備に入っていた。

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