鈴蘭は鶴丸に花を捧げる
今日から私は娼婦になる。
理由は単純。金のため。それだけだ。
亡くなった親がこさえていた借金の存在を知らず、遺産放棄の手続きをしなかったがために借金返済の義務は私の肩に降っておりてきた。
気付いたときはもう遅く、普通に働いていたら返済に何年かかるか解らないほどの額だった。一体何のためにこんな金を借りたのか皆目見当もつかないというのも問題だろう。
何はともあれ、金が要る。
いっそ内臓を売るしかないかと頭を抱えていた私に声をかけたのは、予想外なことに政府の役人であった。
曰く、審神者になれる程のものではないが私には霊力があるらしい。
彼等の説明を聞くところによると、なんでも歴史修正主義者から身を隠すための本丸や万屋というのは次元の狭間に存在しており、この空間に長期間存在するためには霊力の保持が必須なのだとか。
更に言うならば刀剣男士達は末席とはいえ神から生まれた分霊のようなもの。霊力を持っている人は無意識のうちに彼らの気に当てられないよう、自分の霊力で自分の体を覆っているそうだ。
つまり刀剣男子たちと交流するには一定以上の霊力は必須であり、私自身審神者にはなれずとも交流するには問題ない程度の能力は有しているのだと彼らは言った。
審神者ほどではないがやはり霊力もちの人間は稀少らしく、少しでも素質がある人には片っ端から声をかけているらしい。
彼らは私に一番実入りの良い仕事を紹介すると言った。それが、娼婦という仕事だ。
最初こそお断りしようかと思ったが、福利厚生はばっちりであり相手は神様なので性病にかかる可能性は皆無、そして何より給料が段違いに良い。
その上私がこの話を受けてくれるのであれば借金は一度政府が肩代わりをし、利子無し無期限返済を認めるというありがたいおまけ付き。
それでも体を売るということに対して迷った私に対し、役人は焦りながらつらつらと言葉を並べたてた。
避妊と神気対策は勿論のこと、昇給歩合制度有給有り、通いではなく住込みではあるものの家賃光熱費は無料、更に配送料のかからない専門通販サービスや給料天引きの家政婦サービスもある。
これでもかといわんばかりにメリットを並べられた私は、見せられた資料に載っている給与額面を前についに陥落した。
こうして私は政府お抱えの娼婦になることを決めたのである。
しかしだからといってすぐに妓楼に入ったというわけではない。
家を引き払った私がまず案内されたのは、同じような境遇の女性達が住まう寮であった。
そこで私は閨事の作法に始まり、刀剣男士たちの歴史や彼らが使う言葉の意味、そして琴や三味線などの芸事などを叩き込まれたのである。
何だよ閨事って初めて聞いたぞ。房事なんてしらねぇよ。普通におせっせと言えばいいじゃないか。
多分この教育がなければ確実に客である刀剣男士達の機嫌を損ねていたであろうということは解っているものの、一ヶ月という時間をかけて泣きたくなるほどの知識をたらふく詰め込まれた。
ここで良かった事と言えば、同じ寮生達、似たような境遇の友人がたくさんできたことだろう。
彼ら彼女らもまたそれぞれ事情を抱えた状態でこの場所に足を運んでいた。
傷の舐めあいといわれればそれまでだが、一人じゃないという事実にかなり救われたのもまた事実だった。
そうして友人達と学べるだけ学び、テストに合格した私達はそれぞれ別々の妓楼へと旅立つことになった。
別れは辛かったが、同じ妓楼に入って客の取り合いになり険悪な仲になるよりは、綺麗な思い出のまま終わらせた方が良いのだろう。
涙を呑んで別れを告げ、私が振り分けられた妓楼の名は「香花楼」。
"審神者に好意を持つ刀剣男士達を身体で慰めるため、刀剣男士達の要望に限りなく応え審神者に扮して彼等の欲を満たすための妓楼"だった。
刀剣男士達に対し一定の知識を持ち、また霊力の質が清浄な者達が就く妓楼、らしい。
身体を売るのに清浄も糞もあるかと思ったが、その言葉を飲み込み女将と顔合わせをして家と名を与えられる。
幸い女将は喜んで私を迎えてくれて、無理はしないでね、何かあったら気軽に相談して頂戴と、笑顔で私を案内してくれた。
良い妓楼に当たったらしい。彼女の柔和な笑顔に少しだけ緊張がほぐれた気がした。
そんな女将から与えられたのは、彫り物がされた金色の重厚な造りをした鍵。
妓楼のとある扉の前、ありふれた木製の扉の鍵穴にソレを差し込めばたちまち扉は色を変え、鍵に仕込まれた術式に従いここではない場所へと扉をつなげてくれる。
ドアを開けば目の前にあるのは梅の咲く小さな庭の着いた一軒家で、今日からここが私の住居兼職場であった。
軽く家を覗いてみれば一階には台所と居間、庭に面した六畳間がある。そして六畳間よりも更に奥の部屋には既に布団が敷かれており、少しだけ引き気味になってしまったのはここだけの秘密だ。
それから二階に上がればそこは私のプライベート空間で、一階が全て和室だったのに対し、二階は全て洋室。寝室は勿論ベッド。収納も押入れじゃなくてクローゼット。
どちらにもキッチンと浴室が着いているのは嬉しい誤算という奴だろうか。公私をきちんと分けられそうな居住に少しだけ気分が浮上したものだ。
これは後から聞いたのだが、どうやらこの家とライフラインは私の霊力によって維持しているものらしい。
ソレを聞いたとき、成程それならば家賃や光熱費が無料の筈だと密かに苦笑したものである。
そうして住居を整えた私に始めての客がついたのは、妓楼に入った三日経った後のこと。
女将から私に与えられた名は鈴蘭。
今日から、私は娼婦になる。