一年生用の魔術具1-1

 わたくしはシャルロッテ。エーレンフェストの領主候補生です。

 領主会議の報告会の後、側近さえ排した部屋で、領主一族に衝撃の事実が伝えられました。
 お姉様が王の養女となり、ジギスヴァルト王子と婚約することになったというのです。お兄様の次期アウブの内定は取り消され、わたくし達兄弟の誰がアウブになっても良いことになりました。

 お母様がこれまでのわたくしの忍耐と努力を誉め、労わって下さいます。隠し部屋でもなく、お父様とお兄様の前で言って下さったのは初めてです。わたくしはお姉様の顔を見ることが出来ませんでした。お姉様が去ってしまうというのに、報われたことが嬉しくて、目が潤むのを止められなかったのです。

 自分のお部屋に戻って来ても、気持ちが落ち着きません。
 「隠し部屋に入ります。お茶の用意をお願いできるかしら。」
 領主一族だけの話合いの後に、隠し部屋に籠ると言ったからでしょう、側近達が、心配そうに見ています。
 心配いらないと笑顔を見せて、お茶の用意ができた隠し部屋で一人になります。

 お茶の香りをゆっくりと吸い込み、一口飲みます。まだ動揺が収まりません。沈む気持ちと高揚する思いの両方がせめぎ合っているのです。

 湯気の立つカップを見つめ、静かに呼吸を整えます。

 これまで流行や産業を興し、エーレンフェストを躍進させてきたお姉様が居なくなれば、これからどうなるのでしょう。再び底辺領地に落ちてしまうかもしれません。不安でたまらなくなります。
 同時に嬉しさも湧き上がって来ます。アウブを目指しても良いことになったのです。もうお兄様を立てて我慢しなくても良いのです。重しが取り除かれたような解放感が広がるのを感じました。

 お母様が示して下さったように、わたくしにはアウブ以外にも選択肢があります。
 ……わたくしは、どの道を選べば良いでしょう。ずっと自分を抑えてきたためでしょう、アウブを目指して良いことになっても、すぐには切り替えが出来ません。

 どの道を選ぶにしても自分の価値を高めておくことが必要です。春を呼ぶ儀式はしていますが、更に領地に貢献して支持を集め、立場を強化することに致しましょう。


 二日後、王族から早々にお姉様に対する報酬の一つ、子供用魔術具が届きました。予定の40個の内の12個が先行して届いたのです。随分性急です。王族はなんとしてもお姉様を確保するつもりなのでしょう。

 お姉様は、王族から届けられた魔術具を、孤児院の子供にも与えて欲しいと願いました。お姉様をいわば売った代金なのですから、お父様も断れなかったようです。
 魔力を持つ孤児ということは旧ヴェローニカ派の子でしょう。親のいない罪人の子が貴族になるのは並大抵の苦労ではないはずです。ですが、今はなんとか貴族を増やさなければならない時期です。お姉様の望みですし、わたくしも彼らの力になりましょう。旧ヴェローニカ派の取り込みや支持集めにも役立つかも知れません。

 孤児に魔術具を与えられることを、お姉様がメルヒオールと共に喜んでいます。とても微笑ましいです。神殿長になるメルヒオールも孤児を気に掛けているようです。今後はメルヒオールとも相談して行くべきですね。

 ……こうしてお姉様と一緒にいられるのも、あと一年しかないのですね。

 お兄様と結婚してもお姉様が幸せになれるとは思えませんでしたが、お姉様はエーレンフェストに留まることを望んでいましたし、大きな後ろ盾もありました。わたくしも力になれたのです。エーレンフェストの力の及ばない、目の届かない中央へ向かうことなど望んでいなかったのです。
 王族に熱心に望まれるといえば、聞こえは良いですが、結局のところ、権力ずくで奪われるということです。王がご自身で承認した婚約を破棄させ、お父様との養子縁組を解消させ、お姉様が執り行って結婚したジギスヴァルト王子と婚約させられるのです。お姉様の置かれた状況はとても喜べるものではありません。

 ……圧力を撥ね退ける力が欲しいです。やはり順位を落とすなどしたくありません。領地の力が弱ければ、このように不利益を飲み込むしかないのですから。

 領地を繁栄させ、他領への影響力を強め、王族も無視できない力を持つようになれば、理不尽な思いをしなくて済むでしょうか。今後、エーレンフェストはお姉様の後ろ盾になるのですから、もっとずっと力が必要になるのです。


 子供用魔術具の話し合いが終わり、お部屋に戻ってしばらくすると、お姉様からオルドナンツが来ました。

 「シャルロッテ、来年の貴族院のことなのですけど、シュタープの取得学年が変わるでしょう。一年生になる子供達はナイフや混ぜ棒の魔術具が必要です。準備するのに力になってあげて下さいませ。養母様は身重ですし、わたくしは手一杯なのです。子供達のことはシャルロッテに頑張って欲しいのです。」

 思いがけないお願いです。領主会議後の報告会で、シュタープの取得学年や講義内容が変わることが発表されたのに、一年生に魔術具が必要になるとは思い至りませんでした。お姉様はさすがです。

 ナイフや混ぜ棒の魔術具は無ければ作る必要があり、素材や調合方法は、政変前の卒業世代なら知っているそうです。高学年の文官用参考書にも記載があるとのことです。
 
 側近達も、顔を見合わせています。
 「昔のように、一・二年生は魔術具で実技を行うのですね。」
 「重要な情報です。ナイフや混ぜ棒が無い一年生が居れば、貴族院で恥をかいたり、講義を受けられない事態が起こりかねません。子を持つ貴族にとっては大問題です。」

 わたくしも頷きました。
 「エーレンフェストとしてもそんな事態は避けなければいけませんね。」

 先程は赤子用で今回は一年生用ですが、どちらも今後のエーレンフェストに重要です。この件で貢献すれば、子供の親達は喜び、わたくしの評価は高まるでしょう。支持にも繋がるかもしれません。

 お姉様にお礼のオルドナンツを返します。
 「お姉様、お知らせありがとうございます。側近と相談して一年生になる子供達が魔術具を用意できるか調べます。他に気を付けることはございませんか?」

 直ぐにオルドナンツが戻ってきました。
 「魔術具は自分の魔力で染める必要があります。けれど、魔力の低い一年生、特に下級貴族には大変な負担です。貴族院までに、親が染めてから子供が染める必要があります。親のいない子達は初めから自分で染めることになりますから、回復薬が必要です。神殿で青色見習いになってる子についてはメルヒオールと相談すると良いですよ。」

 またしても、思いがけない情報です。わたくしは側近達に尋ねました。
 「魔術具は自分の魔力で染めて使うのですか?」
 「全ての魔術具というわけではありませんが、基本的に自分の魔力で染めて使います。そうしなけば、上手く作動しなかったり、使いにくかったりするのです。」
 最も使いやすいのは自分で作った魔術具だそうです。お城で使われる魔術具も、染め直す負担を減らすために、それぞれ担当が決めてあるのだとか。 
 「下級貴族の一年生は、魔術具を染めるのが大変なのかしら?」
 領主候補生で、あまり魔術具を使わないわたくしは実感がありません。

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