グレッシェルの栞とメッセージカード1-2

 現在の取引先である、中央、クラッセンブルク、ダンケルフェルガーの色は使えないこと、来年の候補である上位領地の色も制限されているのではないか、と説明すると、お兄様は目を瞬きました。
 「シャルロッテはよく知っているな。」

 お姉様の方を見ると、満足そうに笑顔で頷いています。どうやら正解のようです。

 逆に、お兄様の後ろの側近達の目が険しくなりました。お兄様も印刷業に関わってきたはずですが、無知を露呈してしまったからでしょう。名目だけで文官に任せていたということです。今までなら、お兄様の不利にならないよう、わたくしも言い方を考えました。けれど、既に状況は変わったのです。もうお兄様を立てて我慢するつもりはないのです。


 ブリュンヒルデが感心した声を出しました。
 「シャルロッテ様は良くご存じですね。その通りです。グレッシェルではその事を知らず、プランタン商会から上位領地の色の使用が難しい理由を返され、初めて知ったのですよ。」

 グレッシェルでは、色の付いた紙を作り始めた頃、五柱の大神の色の紙を作ろうとしたそうです。しかし、光の女神は染料が無く、闇の神の黒、ライデンシャフトの青、ゲドゥルリーヒの赤はアウブの許可がいると言われ、初めて勘合紙の色は制限されると知ったそうです。今は職人達に任せ、基本的に色の指示はしていないようです。


 「ベルティルデもグレッシェルの跡取りなのですから、シャルロッテ様を見習ってお勉強しなければなりませんね。」
 「はい、お姉様。」
 ブリュンヒルデがベルティルデを諭しています。

 女性なのに印刷業に首を突っ込むなんて、と陰口を叩かれているわたくしは、姉妹の言葉がとても嬉しく感じられます。


 ふいにお兄様が何気ない風で尋ねます。本当に何も考えていなかったのでしょう。
 「ベルティルデが跡取りになったのか。では婿を取るのか?」

 カップを持ち上げかけていたブリュンヒルデの手が一瞬止ました。ベルティルデも固まっています。お母様も僅かに身じろきしました。ボニファティウス様は呆れた顔を向け、お姉様も瞬きしてお兄様を見ています。メルヒオールはよく分かっていないようで、不思議そうです。

 ……お兄様、その質問はかなり誤解を招きます。独身の殿方が縁談に関することを直接独身の女性に尋ねれば、求婚の打診と受け取られるのですよ!

 「は、はい、そういうことになります、」
 お姉様との婚約解消はまだ知らないはずですが、お兄様から突然そのようなことを聞かれれば動揺するでしょう。ベルティルデは助けを求めるように、ブリュンヒルデに視線を向けます。

 ブリュンヒルデは動揺を見せず、ゆっくりと笑顔で答えました。 
 「ええ、妹はグレッシェルの跡取りとして、他領から婿を取ることになります。フロレンツィア様、フレーベルタークに良い殿方はいらっしゃいませんか?交易に詳しく、できれば中央やクラッセンブルク、ダンケルフェルガーと繋がりのある方が良いですね。」
 
 ……お兄様を婿として迎える意思は無いということですね。当のお兄様は何も考えておらず、求婚の意図は無かったようですけど。

 グレッシェルはおばあ様の実家で、最も確執の強かった家です。お兄様を婿に迎えるなど考えられないでしょう。

 お母様も社交上の笑顔で返します。
 「フレーベルタークに打診しておきますね。けれど、ベルティルデと魔力の釣り合う有能な貴族となると、難しいかも知れませんね。他の領地で婿入り希望のお話があればお知らせますね。」

 魔力不足のフレーベルタークで、有能な上級貴族を数年以内に他領に出すとは思えません。グレッシェルは他の領地の婿を探すことになりそうです。

 「ヴィルフリート兄様、相手領地の色の栞を挟んで、本をお貸しするのは良い案だと思います。全く同じ色は無理ですが、近い色でも喜ばれるのではありませんか?」

 お姉様が話題を戻しました。緊張した空気を変えようとしたのでしょう。お姉様はしっかり空気を読めるようです。

 「ふむ、そうだな。む、これはドレヴァンヒェルの色に近いな。」
 お兄様は緑の栞を手に取りました。先程の緊張した空気には気づいた様子もありません。
 
 ……お兄様の空気の読めない性格は、本人にとっては幸せなのかもしれませんね。けれど、この様子では相手の気分を害したことにも気づかないのではないかしら。今後、非常に困りそうです。

 お母様は穏やかな笑みを浮かべたままですが、何か考えていらっしゃるようです。
 ライゼガングの古老達が押しかけて来たときも、お兄様は古老達の神経を逆なでしたという噂です。お兄様が揉め事を起こせば、領主夫妻も巻き込まれます。お兄様の将来もですが、エーレンフェストへの影響についても良く考えて頂きたいものです。

 「グレッシェルはよくこれだけの色の紙を作りましたね。製紙業と印刷業を始めてまだ二年ですのに、驚きました。」
 お姉様は引き続き、グレッシェルの紙の話題を続けています。

 お茶会では噂話を通して、情報収集をするものですけれど、お兄様がいるこの席では微妙な緊張感が漂って、話題に神経を使うのです。お茶会で事業の話題は珍しいですが、今回は趣旨に相応しいですし、当たり障りない良い話題と言えるでしょう。


 「最初に作った色の付いた紙を、父が気に入ったことで、平民達は色付きの紙に力をいれるようになったようです。」
 ブリュンヒルデは跡取り娘として事業に携わってきたのでしょう。経緯をきちんと把握しています。わたくしも見習いたいものです。

 「平民達は、周辺の森や平原で染料の元を探して、研究を続けているようです。」
 ベルティルデも少し緊張が取れたようで、自然に発言しています。

 「今は魔獣の動きが活発な時期ですよね。おじい様、平民が森に入っても大丈夫でしょうか?」
 お姉様はボニファティウス様にも話しかけます。

 「うむ、平民用の森はあまり強い魔獣はおらぬから、問題なかろう。元々魔力を持たぬ平民は狙われにくいしな。獣の危険はあるが、秋は森の恵みが最も多い時期だからな、食料は十分にある。あまり深く入らねば大丈夫だろう。」
 アウブ教育で習うことですが、町に近い平民用の森は、魔力薄めにしてあるのです。魔力が多いと魔木や強力な魔獣が増え、平民達が困るからです。

 お姉様が安心したように微笑みました。

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