グレッシェルの栞とメッセージカード2-1

お茶会が終わった後、わたくしはお姉様とメルヒオールに声を掛けました。
 「お姉様、メルヒオール、今日は夕食をご一緒できるのですか?」

 二人は今、神殿に居を移していて、しばらく会えていなかったのです。今日このままお城で過ごすなら、久しぶりに夕食をご一緒できると思ったのです。

 「残念ですけど、神殿に戻らなくてはなりません。収穫祭の報告を纏めなければならないのです。」
 お姉様が申し訳なさそうに答えました。

 「私も報告書の一部を書かせてもらっているのです。」
 メルヒオールも少し困った顔で答えます。

 内心でがっかりしました。お姉様と過ごせる時間は減り続けています。それにお姉様とメルヒオールがいると、夕食の時間が和やかで楽しいものになるのです。いつ頃からか、お父様とお兄様の間に緊張間が漂うことがあり、尚更二人が居てくれればと思うようになったのです。
 けれど、収穫祭の報告は大切なものですし、メルヒオールはしっかりと引き継ぎしなければなりません。今日は諦めるしかないでしょう。
 
 「そうですか。それでは仕方ありませんね。お城への帰還をお待ちしてますね。」

 「出来るだけ早く戻りますね。」
 「姉上、頑張って早くお仕事を覚えます。」

 落胆したのが伝わったのでしょう。二人はわたくしを元気づけるように返事をくれました。

 お姉様とメルヒオールが玄関に向かうのを見送り、わたくしとお兄様も北の離れに向かいます。そこへ、お母様の側仕えがやって来ました。

 「ヴィルフリート様、シャルロッテ様、お時間があればお茶会の反省会をしたいとフロレンツィア様がお呼びです。」

 「反省会?」

 予定されていなかったので、驚きました。フロレンツィア派のお茶会の後で反省会をするのは恒例ですが、今回は何も言われていなかったのです。

 理由は分かりませんが、お母様が急遽時間を割くことにしたのでしょう。行かなければなりません。お兄様も不思議そうにしていましたが、「母上の方が優先だろう」と側近と話し、行くことにしたようです。
 
 案内された小さめの会議室には、既にお母様が座って待っていました。

 「急にごめんなさいね。けれど、急いで二人に話しておくことがあるのです。貴族院が始まるまでに、社交の面で心構えをして欲しいのです。」

 「社交に関することですか。ローゼマインは呼ばなくて良いのですか?」
 お兄様には、社交の力が弱いのはお姉様、という認識があるようです。お兄様も違う意味で不安視されているのですけど、自覚は無いようです。

 お兄様とわたくしが席に着くと、お母様は、範囲指定の盗聴防止の魔術具を作動させました。

 「ローゼマインは良いのです。あの子はお相手が決まっていますからね。メルヒオールもまだ早いですから、呼ばなかったのです。」

 その言葉で、結婚相手を探すためのお話なのだと気づきました。恐らく、先程のベルティルデに対するお兄様の発言を聞いて、急遽反省会を開くことにしたのでしょう。

 「それでは、反省会を始めましょう。二人とも、今日のお茶会で得た情報は何があるかしら。」

 お兄様が戸惑った様子で答えます。
 「先程のお茶会で得た情報ですか。グレッシェルはエントヴィッケルンが成功して、領主一族に感謝していました。色紙も作っていますし、製紙業は順調のようですね。」

 「他には何か気付いたことは?」

 「いえ、その位でしょうか。」
 お兄様は、わざわざ質問されることではないと思っているようで、怪訝そうです。

 ‥‥色紙の色に制限があることや、栞とメッセージカードを今後貴族院の社交で使えること、魔獣狩りを勧められたことは言わなくて良いのですか?商人達の来訪が途絶えないよう、グレッシェルが工夫することも分かったはずです。


 少し考えるだけで、重要な情報が得られたお茶会でした。気付いていないのでしたら、お兄様の情報収集能力は未熟と言わざるを得ません。文官に任せきりで、自ら情報収集したり、反省会などで情報の吟味をしたことが無いのかも知れません。

 「・・シャルロッテはどうかしら?」

 お母様は、お兄様の反応の無さに困ったようです。反省会がどういうものか、お手本を示して欲しいのでしょう。

 「はい。まずグレッシェルですが、ブリュンヒルデに子供が生まれてもアウブにする気はないようです。今のところはですが。」

 わたくしは、お母様と子供のわたくし達にとって一番の関心事を告げました。

 「なぜ分かるのだ?そのような発言はなかったであろう?」
 お兄様は目を瞬いています。

 ‥‥やはり、お兄様の情報収集能力はかなり弱いです。

 「次期ギーベ・グレッシェルの婿をフレーベルタークから、とブリュンヒルデが願ったからです。エーレンフェストの次期アウブがフレーベルタークと縁戚、つまりお母様の子供と思っているからではありませんか?」

 ブリュンヒルデの子を次期アウブにするつもりなら、あのような発言はしないと思うのです。

 お母様も頷きました。
 「そうですね。それはわたくしも感じました。」

 「ですから、お兄様のベルティルデへの求婚の打診は断られたということですね。」

 「は?な、何をいうのだ。私は求婚などしておらぬぞ?」
 お兄様は慌てたように否定しました。やはり自分の言葉の意味に気付いていなかったようです。

 お母様が溜息交じりに告げました。
 「ヴィルフリート、未婚の女性に縁談について尋ねれば、打診していると受け取られます。今までは年若く、早くから婚約者がいましたから、誤解されることは無かったでしょう。けれど、これからは気を付けなければなりませんよ。」
  
 「分かりました。気を付けます。」
 お兄様は頷きましたが、やや不満そうに続けました。

 「ですが、私がグレッシェルの娘に求婚するなどありえません。グレッシェルは子供の頃のおばあ様をいじめていた家ではありませんか。」

 わたくしは驚いてお兄様を見ました。お兄様が当たり前のようにおばあ様を慕う発言をしたこと、そしてグレッシェルに嫌悪感を示したからです。

 お姉様と婚約解消するお兄様にとって、後ろ盾のしっかりした新たな婚約者は必要です。領主の傍系で有力ギーベの娘ベルティルデは最も望ましい相手です。断られて残念に思うならともかく、何十年も前のおばあ様の過去を理由に嫌悪感を示すなんて、自分の置かれた状況を理解しているのでしょうか。

 お母様も眉を顰めています。

 「ヴィルフリート、今回だけは大目に見ますが、隠し部屋以外でお義母様を慕う発言をしてはなりませんよ。」

 「母上とシャルロッテしか聞いていないではありませんか。」
 お兄様は少し声を弱めましたが、不満そうです。

 ‥‥お兄様は、お母様だけでなくわたくしも無条件に味方だと思っているのですね。わたくしの方は、お兄様と話すときは発言に気を付けているのですけれど。

 今も、お兄様の側近に聞こえていないと分かっていても、気を緩めることが出来ません。幼い頃のお兄様の振る舞いや、強いられた様々なことが原因でしょう。もう習い性のようなものです。


 「お義母様は白の塔に入れられた程の犯罪者ですよ。慕う発言をすれば貴方の立場が危うくなるのです。常日頃から気を付けなければなりません。」
 お母様は厳しい表情で、注意しました。

 「側近達の前でもですか?側近達は、私の立場を危うくするようなことはしません。」
 お兄様は不満なようで、尚も反論します。

 恐らく、側近達の前でおばあ様の名前を出したことがあるのでしょう。それも記憶を辿るまでもない程、近い過去に。

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