グレッシェルの栞とメッセージカード2-2

 お母様は額に手を当てて目を閉じました。そして、お兄様をじっと見つめました。

 「ヴィルフリート。例えばですが、もしトラオクヴァール王の王子のお一人が、側近達の前で先の第四王子を慕う発言をすれば、どう見られると思いますか?」

 お兄様は困惑した顔で沈黙しました。分からないのか、分っても答えたくないのでしょう。お母様はわたくしに視線を向けました。

 今日はわたくしがお手本を見せる日のようです。溜息を飲み込んで、仕方なく答えます。
 「先の第四王子の陣営に属する者、または後継者と見なされると思います。最悪の場合は、王に対する反対勢力に見られるでしょう。」

 「そういうことですよ。ヴィルフリート。側近達は主の意向に沿って動くものです。明確な指示がなければ、貴方の普段の言動を元に判断します。貴方がお義母様を慕う発言をしていたなら、お義母様の後継者と見なしてきたでしょう。貴族達に働きかけもしていたかもしれません。」
 お母様は沈痛な顔で、溜息を吐きました。


 「私はもう次期アウブではありません。おばあ様の後継者と見なされていたとしても、今となっては意味がありません。構わないではありませんか。」 

 「貴方はジルヴェスター様の反対勢力になるつもりですか?」
 お母様の声が更に厳しくなりました。

 おばあ様とお父様では方針が全く違います。おばあ様はエーレンフェストをアーレンスバッハの強い影響下に置きましたが、お父様はアーレンスバッハと距離を置き、エーレンフェスト独自の発展を目指しています。おばあ様の後継者と見なされれば、反領主派と思われても仕方がないのです。


 「父上の反対勢力になるつもりはありません。」

 いつも優しいお母様の珍しく厳しい語調に、お兄様はやや怯んだようです。

 「ならば、くれぐれも言動に気を付けなさい。貴方の側近達は、貴方をお義母様の後継者として、旧ヴェローニカ派を纏めようとしたのでしょう。これまではローゼマインとの婚約があったから、領地を纏めるためという名分が立ちました。けれど、婚約解消が発表されれば、名分は失われ、貴方の立場は非常に不安定になります。」

 「分かりました。」

 これまではお姉様との婚約があったから、旧ヴェローニカ派が粛清されても、お兄様の立場は守られてきました。けれど、おばあ様の後継者と見なされていたなら、婚約解消が発表されたとき、貴族達はどう思うでしょうか。

 ‥‥お母様に指摘される前に、自分で気づくべきなのですけれど・・。自分のことだというのに、お兄様は余りにも危機感が足りません。


 「それにしても困りましたね。ヴィルフリートはエーレンフェスト内で結婚相手を見つけるのが難しいかも知れません。」

 お母様が再び溜息をつきました。

 「難しいのですか?」
 お兄様が首を傾げました。異性や結婚に関心はあるようです。けれど、結婚相手の条件を考えたことは無いのかも知れません。グレッシェルのことも、おばあ様の不仲な実家という認識しかなく、有利な結婚相手とは認識していなかったのでしょう。

 「貴方の第一夫人は、領主候補生か上級貴族になります。領地内で魔力の釣り合う相手となると、ローゼマイン式圧縮法で魔力を増やしている上級貴族の娘です。けれど、上級貴族はどこもライゼガングと繋がりがあるのですよ。」

 おばあ様に育てられたお兄様は、元々ライゼガング系貴族に良く思われていません。更に、おばあ様の後継者と噂されていたなら、縁を結びたがる家は残っていないかも知れません。 

 「領主候補生の男子の場合、結婚相手の候補に挙がるのは、まずは異母姉妹か従姉妹、そして傍系親族の娘になります。けれど、ヴィルフリートの場合は、異母妹も従妹も居ません。傍系親族の娘はローゼマインとグレッシェル姉妹ですから、こちらも候補になりません。」

 ‥‥おばあ様が他に夫人を認めなかったことと、お父様がこれまで第二夫人を持たなかったことが、今になってお兄様を困った立場にしているのですね。皮肉なものです。

 わたくしとしても他人事ではありません。魔力不足の今、従兄がいれば、領主候補生だったかも知れず、互いの手を取って領主夫妻を目指すことが出来たかも知れないのです。

 礎への魔力供給もずっと楽だったでしょう。通常は大人が七人だというのに、学生のわたくし達が参加しても足りていないのですから。


 「おばあ様は他に夫人を認めなかったそうですから、従姉妹が居なくても仕方ありませんね。異母弟妹が生まれるとしても、これからですし。」 

 わたくしは、わざと肩を竦めて見せました。

 するとお兄様は、不機嫌そうにわたくしを見ました。
 「そなたは、おじい様が第二夫人を迎えるべきだったというのか?父上がブリュンヒルデを娶ることも歓迎すると?第一夫人の、母上の気持ちは考えないのか?」

 お母様に注意されたからでしょう、おばあ様ではなく第一夫人という言い方をしました。

 わたくしはお兄様を見返しました。
 「ええ。おじいさまは、第二夫人、できれば第三夫人も迎えるべきだったと思います。領主には魔力の多い親族を増やす義務があるのですから。現にお兄様は結婚相手が居なくて困る事態になってますでしょう?」

 わたくしに来ている縁談にも、上位領地の第二夫人というものがあります。第一夫人としての申し入れであっても、お相手が他に夫人を迎えるのを拒否はできないのです。

 ‥‥それに、気付いているのでしょうか。お兄様は暗にお姉様を非難しているのです。お姉様はジギスヴァルト王子の第三夫人になるのですから。お姉様の意志ではないというのに。 


 お母様が静かな声で言いました。 

 「ヴィルフリート、わたくしのお母様、貴方の母方のおばあ様は第三夫人だったのですよ。お母様とわたくしがいなければ貴方は生まれていないのです。それでも同じことを言いますか?」

 「え・・?あ・・。」
 お兄様は、狼狽えて口を噤みました。

 「複数の夫人を持つことは、強い魔力と経済力のある殿方に課せられる義務のようなものです。複数の妻を養い、魔力の多い貴族を増やすことは家の為、領地の為だからです。それに、お義母様は第二夫人や第三夫人を否定していた訳ではありませんよ。」

 「え?そうなのですか?」

 「娘のゲオルギーネ様を第三夫人として嫁がせましたし、派閥の中級貴族女性を、何人も第二夫人として上級貴族に嫁がせています。ローゼマインの異母弟は知っているでしょう。母親の第二夫人トルデリーデはお義母様の側仕えだったのですよ。」

 ‥‥おばあ様は、自分の夫には他の妻を迎えることを許さず、他の男性には押し付けていたということですね。


 お母様は、お兄様に向けて諭します。

 「もっと他の貴族と交流をもって、一般的な価値観を身に付けなさい。今のように、気付かずに人を傷つけることになりますよ。貴方の側近にも第二夫人や第三夫人の子はいるはずです。」

 お兄様は愕然としています。考えたこともなかったのでしょう。

 お兄様はいまだに、おばあ様の根強い影響下にあるようです。おばあ様が失脚して5年半、お兄様が物心ついてからおばあ様の元で過ごしたのと同じ位の時間が経っているというのに。一度染まった価値観を変えるのは容易ではないのでしょう。幼い頃の教育が本当に重要だと分かります。

つづく

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