10歳の冬(1)
「おかえりなさいませ、お兄様」
転移陣を使って戻ってきたヴィルフリート兄様は、出迎えたわたし達に晴れやかな笑顔を見せた。
「シャルロッテ、ローゼマイン、私は優秀者に選ばれたぞ!」
一年生の中から数人しか選出されない優秀者になれたことをまず自慢したかったようだ。
努力が実って何よりだね。
「おめでとうございます、ヴィルフリート兄様。どのような講義だったのか後ほど教えていただきたいですわ」
「うむ。シャルロッテと三人で話をする場を設けよう。私がシュタープの流行を作った話も聞いて欲しいしな」
「まあ!貴族院の講義で流行を発信したのですか?素晴らしいですわ、お兄様」
思いがけない言葉にわたし達から賞賛の言葉が出る。
「では、わたくしが日程を調整してお茶会に招待しますね」というシャルロッテの言葉を最後に解散となった。
貴族院の学生が全員帰宅したようだ。
慌ただしくなるので、数日は子供部屋に行かないよう言われていたので、まだ誰の顔も見ていないのだけど。
「ローゼマイン姫様、今からフェルディナンド坊ちゃまがいらっしゃるそうですよ」
読んでいた本の上に手をかざされて意識が本から逸れたところで、リヒャルダから神官長の訪問を告げられる。その後ろではオティーリエがお茶の準備を始めていた。
「フェルディナンド様がいらっしゃるならお茶の葉のクッキーを用意してくださいませ」
「かしこまりました」
にこやかに請け負ってもらえたので、もう少しだけと本の続きに目を通す。
「姫様、いらっしゃいましたよ」
再び本の上に手がかざされる。
目の前には笑みを深めた神官長。
「うふふ、お待ちしておりましたわフェルディナンド様」
「とても待っていたようには見えないが?」
「少しの時間も無駄にせず座学の予習に費やしていたのです」
呆れた顔の神官長はこれ以上の追求は不毛と悟ったのか、ため息をついて席に着いた。
オティーリエがお茶の用意を終わらせると、神官長は盗聴防止の魔術具の片方を渡してきたので握り込む。
「今日の本題とは外れるが、一応確認をしておきたい」
「確認ですか?なんでしょう・・・」
あれ?まさか今日はお説教から始まるの?わたしなにかしたかな・・・。
「先日、君がシャルロッテを次期領主へ後押しする発言をしたと聞いた。事実か?」
「はっ?なんですかそれ!!」
時期領主の後押しって何なの!?そんな恐ろしい話に関わるわけないよ!
「心当たりはないか?シャルロッテは君から応援すると言ってもらえてとても喜んだ様子だったと側近から伝わってきたが」
「えっ!?た・・・たしかにシャルロッテを応援するとは言いましたけど、そんな深い意味はなくてですね!」
わたしやらかしてたー!あの会話にそんな意味があったなんて分からないよ。貴族言葉は難しすぎるー。
そりゃシャルロッテも喜ぶわけだよ・・・。
あたふた言い訳をしようとするわたしを、神官長は静かな目線で制した。
「これはまだ公の話にはしないが、私は機を見てシャルロッテの次期領主を支持するつもりでいる」
「え!そうなんですか?それって義父様には伝えられたんですか?」
「伝えてある。もちろん苦い顔はしていた。ヴィルフリートを次期領主にしたいアウブの考えには反してしまうが、エーレンフェストの未来を考えての判断だ」
「ヴィルフリート兄様では実力不足ということですか?」
まあ、汚点は既にあるけど。
「・・・本人の素質自体は高く評価している。素直すぎる性質は、側近に恵まれれば花開く能力もあるだろう。しかしアウブになるなら、支持する後ろ盾は必要不可欠だ。ライゼガング派に嫌われ、旧ヴェローニカ派からは忌避されている現状では、ヴィルフリートの領主就任を喜ぶ者は領内にほぼいないだろう」
「ヴィルフリート兄様は、旧ヴェローニカ派になるのでは・・・?」
「いや、まず本人が旧ヴェローニカ派をとにかく憎んで近付けないようにしている。貴族院でもその様子だったので旧ヴェローニカ派は肩身の狭い思いをしていた。それは親にも情報として伝わる。自分たちを庇護してくれない上位者を支持する貴族はいない。・・・洗礼式前にフロレンツィア派の派閥に入れていたら状況は違っていただろうがな」
言われて初めてヴィルフリート兄様は、ヴェローニカ様の失脚後はどこの派閥にも属していないことを知った。
実の両親が揃ってるのに後ろ盾がないんだ・・・。
「君はヴィルフリートとシャルロッテのどちらが領主に相応しいと思う?」
「わたくしは図書館と印刷業を自由にさせてくれるなら、誰が領主でも構いませんけど・・・。今の話を聞いたらヴィルフリート兄様が領主を目指すのは、茨の道ですよね?」
「身内に甘いジルヴェスターはそういった現実から目を逸らしがちだが、私はヴィルフリートに領主以外の道を薦めたいと思っている」
おじい様みたいに騎士団長とか?体を動かすのが好きなヴィルフリート兄様にはアリかもね。
「正直フェルディナンド様がそんなに親身になって考えていることが意外です。ヴィルフリート兄様のことなんて、どうでもいいと考えているのかと・・・」
「ヴィルフリートのことは確かにどうでもいい。ジルヴェスターがヴィルフリートにこだわるのは、そもそも兄妹同士で競い合うことを嫌うためだ。それなら自分の意思で降りてもらうのが一番だと思っているので、領主以外の選択肢もあることを気付かせたい」
確か義父様は男だからって理由で次期領主に決まっていたお姉さんを押しのけちゃったから、酷い虐待をされる羽目になったんだよね?だから自分は第一子を次期領主にすることで争いを避けられると思い込んでる。妹弟が努力して自らを高めている姿を見ようともせずに、ってことかな・・・。
「わたくしがアウブの意思に反することは問題になりませんか?」
「エーレンフェストの利益に反する行為ではないので問題にはならないだろうが、表立って意見を言うのはやめておきなさい。君は派閥問題に無関心の姿勢を貫けば良い。調整は私の仕事だ」
「それを聞いてほっとしました。無関心を装うだけならわたくしにも出来そうです」
神官長が頷いたので、次期領主問題には極力関わらないことを決めた。
「・・・君はなぜ私がシャルロッテを推すのか分かるか?」
「えっ?シャルロッテが可愛いから・・・なんて理由ではありませんよねぇ」
「君と一緒にするな馬鹿者」
可愛くてしっかり者で努力家で・・・そんなシャルロッテが領主になるのはエーレンフェストのためになるように思えるけど、神官長が言ってるのはそんな漠然としたものじゃないよねぇ。
「シャルロッテが領主になることで、フェルディナンド様にも理があるから・・・ですか?」
「概ねその通りだが、誰にどんな理があるかはよく考えておきなさい」
あれ?いつの間にか課題を出される流れになってる!
誰にどんな理があるか・・・。
「かしこまりました。考えておきます」