02
「いやっふぅ!久しぶりのお外!!」
熱も下がった。体力作りのために、と今日は久々に家の外に出ることを許された。勿論マリアも一緒だ。
どうやらわたしが寝込んでる間にマリアはマリアで精力的に動いていたらしく、下町の汚さと臭さにも多少顔を顰める程度に慣れたらしい。
中世ヨーロッパを思い起こさせる不衛生さに、江戸時代の日本を見習えとぶつくさ文句を言ってたけど。ちなみにおまるはお互いに早々に脱した。
「まずは目指せ!井戸!」
「目標低っ!」
拳を握って振り上げるわたしにマリアの突込みが炸裂した。しかしわたしにとってはとても高い目標である。
今回外出が許されたのは母さんが一緒に居てくれるからだが、この調子でマリアが居れば外出が許される程度に家族の認識を改めていきたいところだ。
そして頑張ってみた結果、案の定階段を降りきったところでわたしの体力は尽きた。
隣でマリアが驚いている。というか、今更だけどさ。
「何で、マリア、そんな、丈夫、なの……」
「何でって言われても……」
ぜーはーと肩で息をしているせいで一言一言区切らないとまともに喋れない。
母さんはわたしを心配しつつもマリアがついてるからそこまで大事として認識していないようで、階段の横で休んでいると言ったら洗濯をしに井戸まで行ってしまった。
目標の井戸、遠かったね。
「むしろ何でそんなにマインは虚弱なの?」
「体の中に魔力の塊があるからだよ。わたしはマインになった時には既に何度も死に掛けてたから、一つだけじゃなくて何個もあるって前に言われた」
「えっと、そもそも私の場合は死に掛けたこともないしマリアに成り代わったのも平和に入れ替わっただけだから、まずその前提条件から違うかな」
「え……なにそれ!?ずっるぅ!」
「わたしに言われても……」
苦笑するマリアに思わずずるいと言ってしまったが、確かにマリアに今の体を用意したのは神様なのでマリアにはどうしようもないだろう。
唇を尖らせるわたしに仕方ないなあと言うように、マリアは「じゃあ私がマインを守ってあげるね」と笑っていた。
「審神者だったからね、ある程度の自衛手段は持ってるし、体も鍛えてたんだよ。刀と槍と薙刀は使い方も習ってたんだから」
「おお。でも刀って色んな種類があるんでしょ?」
「うん。わたしが習ってたのは短刀と脇差かな。あんまり大きいのは重くて使えないし、距離をとって戦いたいなら槍と薙刀を使ったほうが早いから」
階段下で地べたに座り込み、二人で並んでそんなことを喋る。周囲に聞こえないように小さな声でこそこそと喋るのはちょっとだけ楽しい。
お喋りは母さんが帰ってくるまで続き、家まで上がったところで力尽きた私は案の定その晩に熱を出した。
それからわたしの体調がいい日は、マリア同伴を条件に井戸へ向かうという体力づくりが日課になった。
マリアはわたしと正反対に非常に丈夫な体らしく、たまに身体強化の練習も兼ねて二、三段飛ばしで階段を降りたりしている。
最初は一往復で三日寝込み、そのうち寝込む時間が二日になり、一日になり、井戸まで降りても熱を出さなかった夜は家族全員で喜んでくれた。
その次の日は念のため家で待機だったけど、トゥーリに誘われて森への採取に付いていったマリアがお祝いにとメリルの実をとってきてくれた。
これでリンシャンが作れるとわたしが喜び、早速作ったわたしはマリアやトゥーリや母さんと一緒に髪をつるつるにした。これだよこれこれ。
今更だけど、マリアはわたしと同じかんざしを使って髪をハーフアップにしている。
前髪を右側に流しているわたしとは逆に、マリアは左に流している。利き腕も左だ。髪の色もそうだけど、マリアはいろんな意味でわたしと正反対なのだ。
それから何度も階段昇降をして、井戸に行って自分の服を洗う程度に母さんの手伝いもできるようになった。
だから次の目標は森だ。紙作りのためにもコレは譲れない。森はすぐに無理でもオットーさんと接触する為にも門まで歩けるようにならねばならない。
トゥーリと一緒に森に行きたいと言えば案の定反対されたので、話し合いの末にまずは父さんが日勤の日に一緒に門を目指すことになった。
マリアだけでは動けなくなったわたしを回収できないからだ。
これも案の定、わたしは途中で力尽きた。大丈夫。想定の範囲内。ルッツともお近づきになれたし、前と同じ流れなので懐かしさすら感じる。
門でゆっくり回復を待つ間、オットーに文字を教えて欲しいとお願いするのも、予定の内だ。
わたしは知ってるからいいけど、マリアは黙々と石筆を動かして文字の練習をしていた。ついでに計算のお手伝いというバイトもゲットだ。
数字は母さんに背負われて市場に行ったときに覚えててから問題ない。オットーは四則計算ができるわたし達にとても驚いていたけど、前も大丈夫だったし問題ない、よね?
ただ、一個だけ気になることがあった。
「マリア、今日は行かないの?」
「うん、トゥーリ、行ってらっしゃい」
「うん……行ってくるね」
マリアは、わたしと一緒じゃないと出かけたがらない。
石版と石筆を貰ったわたし達は、森まで到達できなくても門でオットーと交流を始めている。元旅商人だというオットーの話をマリアは真剣に聞いているし、文字もかなりの速さで覚えている。
何でも飲み込むわたし達が面白いのかオットーもガンガン詰め込んでくれるから、この調子ならマリアも基本はすぐに習得できるだろう。
なのに、マリアはトゥーリと二人だと森へ行こうとしない。
わたしが居なければ門までじゃなく森にだって問題なく行けるのに、今みたいに誘おうとするトゥーリを行ってらっしゃいという言葉で強制的に送り出す。
わたしはベッドの中で熱に浮かされながら、わたしの側から離れようとしないマリアをぼうと見上げる。
「……マリア」
「なあに?」
「外、行かないの?」
「うん、行かない」
「外、きらい?」
「……そうね、好きじゃないかな」
窓から空を見上げたマリアは、どこか遠くを見つめながらそう答えた。
わたしのお祝いにとメリルの実を取ってきてくれたあの日、トゥーリと二人で森に行った時、何かあったのかもしれない。
そう思うもののわたしよりずっと感情を隠すことに長けているマリアは何も言わない。無表情に近い金色の瞳は魔石みたいに何の感情も見せてくれない。
「……マリア」
「なあに?」
「何かつらい事があったら、言ってね」
「……うん」
「わたし、熱出してばっかりだけど、それでも、わたしにも、頼ってね」
「……うん」
藁をつめたベッドの端に腰掛けて、脚をぶらぶらさせるマリアの顔はわたしには見えない。
けれど重い腕を動かして掌を重ねれば、きゅっと小さな掌に握り返される。子供のくせに、その掌はとても冷たかった。
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何度も門まで通ってわたしも森へ行けるようになり、冬を越す頃にはルッツともだいぶ親しくなった。
そうして春が着て、ルッツが商人になりたいからオットーさんを紹介してくれと言い出し、前と同じ流れをなぞるようにオットーにルッツを紹介し、ベンノと知り合い、紙作りについて話した。
前よりもだいぶ早い流れだ。色々スキップしてるから当たり前だけど。ちなみに冬支度ではわたしはまた倒れた。相変わらず役立たずである。マリアは平然と見ていた。人間じゃないし平気らしい。っょぃ。
ただスキップしているせいで色々とずれが生じている。どこかに修正をかける必要があるかなと思ったけど、トゥーリの洗礼式に気を取られてすぐにそんなこと頭からすっぽ抜けた。
うちのトゥーリまじ天使。前と同じように髪飾りを作り、トゥーリにプレゼントすればとても喜んでくれた。
この頃のトゥーリは本当に可愛い。勿論大きくなっても可愛いけれど、小さくてもわたしの自慢のお姉ちゃんだ。
無表情で出無精のマリアのことも、熱を出して足手まといなわたしの事も、平等に可愛がってくれる。本当に、素敵なお姉ちゃんなのだ。
ちなみにこの髪飾りを作る時、権利をベンノに買い取ってもらう予定だとマリアに話したら、マリアは何か考え込んでいるようだった。
何か売り物になるものでも思いついたんだろうか?この時期お金はいくらあってもいいから、何か思いついたら是非とも教えて欲しい。
それからの過程は全てルッツとわたしで行われた。マリアは基本、見学のためについてくるだけである。
ギルドカードを作る為に商業ギルドに向かい、案の定ギルド長に絡まれて髪飾りを作ることになり、フリーダと知り合いになった。順調だ。
紙作りの準備のためにあちこちの工房を回っていると、今まで黙って着いてきていただけのマリアが糸問屋で始めて声をあげた。
「あの、今回のこととは関係ないんですけど、色がついていて、丈夫で太い糸ってありますか?」
お前喋れたのかと言わんばかりの、糸問屋と細工師のお兄さんのぎょっとした視線がマリアに注がれる。
ずっと着いて来ていたルッツ以上に無言だったから、解らないでもない。かくいうわたしもマリアの発言に驚いた。
「あるにはあるぜ。何に使うんだ?」
「あるものを作る為に探してるんです。一度見せてもらってもいいですか」
「ああ」
出されたのは本当に太い糸だった。幅一ミリ程度の、柔らかく僅かに伸縮性がある糸だ。
マリアはその糸を手に取り真剣にチェックしている。丈夫さ、柔軟性、色の種類、次々に糸問屋の人に質問を飛ばし、類似した糸を更に見せてもらう。
固く頑丈な針金みたいな糸もあった。全然知らなかったよ。そして最後に糸を返してから、マリアははっきりとこう言った。
「これを、お金を都合して買いに来ます。販売単位を教えてください」
糸問屋の人は困惑しながらも答えていた。幼女と取引をする大の大人というのは見ていて随分とちぐはぐだった。
なるほど、周囲の人から見たわたしとベンノはこんな感じらしい。客観性って大事だなと思い知らされた瞬間だった。
「それでマリアは何を作るつもりなんだ?」
糸問屋からの帰り道、ルッツに聞かれたマリアは少し考えた後にはっきりと答えた。
「飾りよ。服にも髪飾りにも使える飾り。服飾関係を扱うギルベルタ商会なら多分買い取ってくれると思うから。
ただ材料が手に入らなくてどうようか困ってたの。今日糸問屋に行って目処がついたから、お金を用意して試作品を作って、権利を買い取ってもらえないかベンノさんに見せるつもり」
そう言うとマルクの興味を引いたようだ。糸があれば出来るのかと聞くマルクに頷くマリア。接着は糊を使ってもいいし、糸で結いつけてもいいのだという。
できれば色の違う二〜三種類の糸で作ると綺麗にできるのだと言うマリアに、マルクは興味深そうに笑みを深めた。
その日はそれで解散したが、翌日マルクからマリアが買うつもりだったという糸をマルクから渡されたことにマリアは固まっていた。
「あの……これは?」
届けられたいとは色とりどりで、どれもそこそこの長さがある。わたしやマリアが両手で掴めるくらいの量だった。
あの糸はかなり安価だったのでこれだけあってもそれほどの出費にはならないだろうが、何故買い与えられたのかが解らない。
マリアが意図を図ろうとおずおずとマルクを見上げれば、マルクはにこりと笑みを深めてマリアに言った。
「正直なところ、私や旦那様から見た貴女は、マインとルッツのオマケという認識でした」
うん、そうだね。
紙やリンシャンの取引をするときも、マリアは見ているだけだった。口を出さず、ただ黙って私たちを見守っていた。
わたしがルッツの為にも二人で頑張りたいと言ったのもあるし、わたし達がなぞっているのはわたしとルッツの軌跡だ。
そこに自分が口を挟む権利は無いとマリア自身が言っていたので、わたしもそれを良しとしていた。
ただ見ていて解ること、感じることはいっぱいある。だからマリアは見学という形で参加していたのだけれど……。
「ですから仮登録も、マインとルッツで済ませました。しかし一緒に行動しているうちに、私は貴女に違和感を抱きました。
そして先日、貴女はマインのように材料さえ揃えれば商品になりえるものを作り出せると言いました。
紙作りを見習い試験としているのはマインとルッツのみ。貴女は入っていません。つまり貴女がどれだけ商品を作っても、必ずギルベルタ商会に入ってくるとは限りません」
「そうですね」
確かに、マリアが何か作ってフリーダに流す、って可能性はあるよね。
フリーダとの取引もわたしがメインにやっていたので、フリーダがマリアと取引してくれるかどうかはわからないけど。
「つまり、これはわたしの見習い試験ということですか?」
「いいえ、これは旦那様もご存知ありません。私が勝手に貴女に投資しているだけです」
「え……」
「私は貴女にどれほどの価値があるか、それを知りたいと思いました。これは、そのための試金石です。
そして私は貴女にマインと同等の価値があるのではないかと踏んでいます。貴女の頭の中には、マインと同様に私たちの知らない何かが詰まっているのではないか、と」
おおぅ。マルクさん、凄い。
素直にそんな感想を抱いた。傍観を決めこんでいたマリアの価値を、僅かな会話から見出した。
勿論わたしと言う前例があったからこそだろうけど、充分凄いと思う。
「貴女が作った商品次第では、旦那様に貴女の仮登録も促すつもりです。いかがでしょう?私の先行投資は、受け取っていただけますか?」
そう言ってマルクはマリアの掌が掴んでいる糸を指差す。
マリアは呆然とマルクを見ていたが、すぐに表情を引き締めるとありがとうございますと言ってマルクの提案を受け入れた。
嬉しそうに小さく笑って見せたマリアに、マルクもまたくすりと微笑みを漏らしていた。
その夜、早速買い与えられた糸にマリアは手をつけていた。
見慣れない糸に母さんとトゥーリも興味津々で、太く大きく頑丈さすら感じさせるワイヤーみたいなつるつるした糸を、マリアはいろんな色で組み合わせを図る。
基本として三本一組で何種類も組み合わせてから、わたし達の視線が注がれる中マリアはその糸を結び始めた。
と言っても普通に固結びや蝶々結びをするわけじゃない。
「わあ、もしかして『水引き』?」
「正解。これは『平梅結び』」
綺麗に整えた三本の糸をすいすいと動かして、慣れた手つきで隙間なくきゅっと結ぶ。余った糸を切り落とし、私の掌に乗るくらいのサイズで出来上がった平梅結びはコロンとしていて可愛い。
髪飾り用に作ってあった髪に差し込む木辺に糸で結びつければ、新しい髪飾りに早代わりだ。試しにトゥーリの三つ編みを結んでいるリボンに差し込むと、とても可愛いアクセントになった。
「わあ、マインの糸で編んだ髪飾りも可愛いけど、コレも可愛いね!」
新しいアクセサリにトゥーリはご機嫌で、マリアもその姿に小さな笑みを浮かべながらすぐさま次の作品に取り掛かる。
切り落とした糸で再度同じ平梅結びをしたけれど、今度は同じ平梅結びでもあえて絞らず大きく円を描いた状態で完成させた。
同じ色と材料なのに受け取る印象がだいぶ違う。これは私の髪に飾られた。トゥーリとおそろいだ。ちょっと嬉しい。
それから色んな水引きのアクセサリが作られた。
固いワイヤーみたいな糸を三本まとめて結んでるから、糊で固めなくても乱暴に扱わなければ形は崩れない。
販売する際は糊で固めた方が良いかもしれないけど、試作品として見せるには充分だとマリアは言う。
ひょうたんみたいな形をしたり、一本取りした糸で何度も結ぶのを重ねたり、五本取りにして豪華なものを作ったりと、バリエーションは様々だ。
少し懐かしそうな顔をしながら色んな水引きを作っていくマリアの手に迷いはない。慣れてるんだな、というのが良く解った。
わたしやトゥーリも試しにやらせてもらったけど、見ている時は簡単そうだったのに意外とコレが難しい。綺麗に三本揃わなかったり、形が崩れておかしなことになったりするのだ。
「マインもそうだけど、マリアもこんなことどこで覚えてきたの?」
「夢で見たのよ。ね、マイン?」
「そうだね、マリア」
あえて形を崩したあわじ結びをバッグの飾りにしながら、マリアはわたしと顔を見合わせてくすくすと笑う。
翌日ベンノさんに見せた水引きは無事商品の価値ありと認められ、仮登録してギルドカードを作って貰ったマリアは無事現物を売り渡すことができた。
材料は安価で、応用の幅が広い水引きは糸で編む髪飾りと共にギルベルタ商会の強みになるだろう。
豪華で複雑に結われているように見える大きな水引き飾りを最初に販売すれば、暫くは類似品も出ないはずだとマリアは言う。
これは暫くのうちは権利を買い取るのではなく、作り上げたものをギルベルタ商会が買い上げる形で落ち着いた。
デザインの傾向が既存のものと違いすぎる為に、権利だけ買い取っても細工師でもろくろく作れないだろうというのがベンノさんの見解だ。
そのためしばらくはマリアが独占し、ベンノさんのお抱えの細工工房がデザインの傾向をつかめた辺りで権利を買い取るということで落ち着いた。
マリアの価値が認められ、仮登録を済ませる。
前のことをなぞるだけじゃない新しいものへの出会いに、私は何故かとてもわくわくしていた。
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