母娘のナイショ話(2)
コルネリウス兄様と一緒に、久々の実家へ帰ってきた。
洗礼式前にお世話してくれていた側仕え達が暖かく出迎えてくれる。季節一つ分しか滞在していない実家だけど、わたしが帰っても良い場所の一つだと思わせてくれて嬉しくなる。
「おかえりなさい、ローゼマイン。滞在中は我が家の娘としてくつろいでくださいませ」
お母様もにこやかに出迎えてくれた。
夕食会の場にはお父様とおじい様もいて、わたしの話をたくさん聞きたがってくれた。
おじい様はハルデンツェルの奇跡の場に居合わせなかったことを悔しがり、来年も祈念式を行ってほしいと騒いでいたけどお父様が大人気ないと諌めてくれた。
自室に戻り早めの就寝準備を整えたところでお母様が部屋に訪ねてきた。今回の滞在のメインイベントの始まりである。
「ローゼマインは隠し部屋の登録をしていなかったでしょう。本来はもっと幼い頃に母娘で作って二人きりの時間を持つものなのよ。あなたの年齢ではもう親と一緒に使うことはないけど今回は特別です」
一緒に寝台の奥にある扉の魔石に手を重ねる。お母様は隠し部屋の作り方を丁寧に説明してくれているけど、神官長と作ったことあるから大丈夫・・・とは言っちゃだめだよね。迂闊な口は閉じておこう。
重ねて置いた手から魔力を流す。魔力の線が走り隠し部屋ができた。
神殿長室の隠し部屋は大人数で調合することも考慮して広めの作りにしたけど、こちらはもう少し小さめにしておいた。貴族女性が心を落ち着かせるために籠る部屋だもんね。
お母様の指示でテーブルと椅子が運び入れられる。
お茶の用意もしてくれて、準備万端だ。
「本来は自分で家具の選定や壁紙の指定をして落ち着く部屋を作るものですけどね。今は時間がありませんから、間に合わせで許してくださいませ」
「お母様ありがとう存じます。わたくし隠し部屋を作っていただけると思っていなかったので嬉しいですわ」
お母様はお茶を飲みながらちょっと複雑そうに笑った。
「本当はあなたが洗礼式前にここに来たときすぐに作るつもりでいたのよ。幼子は不安定になりやすいし、母としては当然の準備だと思っていました。でも実際はフェルディナンド様が細やかに様子を見に来てくださったおかげであなたは落ち着いていたでしょう?隠し部屋にわたくしと入るより、フェルディナンド様と話す方が安心できるならと思ったら、作りそびれてしまったの」
いつもより少しくだけた話し方をするお母様にほっとする。隠し部屋は本来の自分を出しても許される場所。惜しみなく語られるお母様の母としての覚悟が心に響く。
「お母様がそんなことを考えてるなんて全然気付きませんでした。わたくしを娘として受け入れようと覚悟してくださっていたんですね」
あの頃は神官長以外にはまだ心を開けなくて、とにかく貴族の娘らしく擬態するのに精一杯だった。お母様の気遣いにも気付けなかったなぁ。
「当時はフェルディナンド様にお任せする選択をしましたが、今では隠し部屋で話をする時間を持たなかったことが間違いだったと思っています」
「えっ!?な、何故でしょう・・・」
「フェルディナンド様からあなたの淑女教育をしてほしいと頼まれて愕然としました。未婚で子供もお持ちでない男性に指摘されるまで、誰もあなたにそういった女性的教育をしていないことに気付かなかったんですもの」
お母様にしてみれば、大好きな神官長にそんなお願いをさせてしまったのがショックだったのかも。
まぁ未婚の男性が指摘するには微妙すぎる問題ではあるよね・・・。
「フロレンツィア様からは謝罪を受けました。ローゼマインは初めて会った時からとても優秀で知識も豊富だったので、まさか淑女教育を何も受けていないとは思い至りもしなかったと。養女を受け入れる覚悟が足りていなかったとおっしゃってましたわ」
「義母様がそんなことを・・・」
養子に入った時点で教育権は義母様になるとはいえ、会った時から既にわたしは仕事を抱えていたしヴィルフリート兄様の教育に口出しもしてた。
そんなわたしを見て「自分が教える側にならなくては」という考えには確かにならないよね・・・。
「義母様側の事情は何となく察せられますわ。状況からして教育不要と判断されても仕方なかったと思います」
苦笑しながら話せば、お母様からはため息が返ってきた。
「あなたはそんな簡単に許してしまわなくて良いのよ。こちらにしてみれば、大事な娘を預けたのに蔑ろにされていた事実が浮かび上がったようなものなのだから」
「蔑ろは大袈裟では?」
「教育が足りていないまま人前に出すとはそういうことですよ。ましてあなたは領主候補生です。発言一つが誰にどのような影響を及ぼすのか分からないのですから」
お母様の言うことも最もだ。実際わたしは意味も知らずシャルロッテに「応援する」と言ってしまい、次期領主争いに一歩足を踏み入れてしまった。
取り返しのつかない発言をしてしまう前に、やっぱりちゃんと勉強しなきゃ。
貴族言葉をまとめた本でもあれば喜んで読み込んだんだけどなぁ。
お母様が背筋に力を入れ、強い目でわたしを見つめた。
重要な話が始まる気配に、わたしも居住まいを正す。
「わたくしがあなたに教育をするにあたって、まず大切なことを申し上げておきます」
「はい」
「わたくしはローゼマリーに子供がいないことは分かっていました。ですから、カルステッド様があなたを実子として迎えたいと言い出したとき、娘となる者の素性を細かく調べています。わたくしはあなたが平民の身食いだということ、本当の家族は専属として抱え込んでいることも予想できています」
「ぅえ!?お母様!?な・・・なにを言って・・・」
お母様にはわたしの事情全てが知られていたという暴露に驚きすぎて声が出ない。
今、この家に初めて来る前から全部分かってたって言ったよね!?
洗礼式前の行儀作法を教えてくれた頃からずっと・・・?
「お母様・・・わたくしお母様になんと申しあげたら良いのか・・・」
「あらあら、泣くことはありませんよ、ローゼマイン。わたくしは確かに全て承知して覚悟のうえであなたを受け入れました。けれど、平民でろくに作法も知らない粗雑な子が来るものと覚悟していたわたくしの前に現れたあなたは、既に中級貴族並の作法が身についていました。髪はツヤツヤで、微笑む姿はおっとりして可愛らしくて、知識の吸収は早くて・・・。とても平民には見えませんでしたし、このような子がわたくしの娘になるのだと思うと、グライフェシャーンとリーベスクヒルフェに感謝の祈りを捧げずにはいられなかったものです」
もう何を言ったら良いのか分からないよ!
衝撃と混乱で涙がポロポロ零れてくる。
「ふふふ、貴族女性は隠し部屋で本音を漏らし涙を流すもの。ここでは普段話せない本音であなたと向き合えます。わたくしはハルデンツェルで平民と関わり、貴族との考え方の違いに驚きも多かったのよ。それはそのまま、平民から貴族になったあなたの驚きでもあるでしょう。常識や考え方の違い、率直な物言い、人との距離感、遠回しな話し方と解釈の仕方・・・貴族院に行く前に学んでもらいたいことが山ほどありますが、あなたがこの家に来れる時間は多くありません。優先順位を決めて教育していきましょう」
わたしが今まで聞きたくても誰に聞いたら良いのか分からなくて放置していた問題を、スラスラ並べてくれた。
わたしの孤独ととまどいを理解してもらえていたことに喜びが沸き立つ。
「お母様、全て知ったうえでわたくしを受け入れてくださってありがとう存じます。わたくし自身、自分の何が間違っているのか分からないまま何となく周囲に合わせていることがたくさんあります。どうか貴族女性として不足のないよう教えてくださいませ・・・」
「えぇ、わたくしに任せなさい、ローゼマイン」
自信に満ちた美しい微笑みを見て、初めてお母様も本当の家族だと思って良いのだと認められた気分になれたわたしだった。