母娘のナイショ話(3)
昨夜は混乱した感情の整理をするためお開きとなったので、具体的な話は今夜からとなった。
聞きたいことがあるならまとめておきなさいと言われたので、せっせとメモに書き留めている。
昼間も暇にしているわけではなく、お母様と一緒に刺繍の練習をしている。冬の間リヒャルダによって、シャルロッテや子供部屋の女の子達とも刺繍の時間が設けられていたから苦手意識は少しだけ薄れてきた。少しだけね!
貴族女性が刺繍の腕をみがくのには理由があって、将来的に婚約者や夫のマントの刺繍をするからだって。マントの刺繍は家族と妻だけに許された特権だということをお母様はうっとり語ってくれた。なんとも迷惑な風習だ・・・。
夜になり、またわたしの隠し部屋でお母様と母娘の話が始まる。
「今日はまず貴族の閨について話しましょう。知らずに口にして一番取り返しがつかなくなるのが、閨関係の言葉でしょうからね」
「はい。よろしくご指導くださいませ!」
気合を入れて前のめりに聞く体勢を取ったけど、品がありませんよと注意が降ってきてしまった。
昨夜言っていた優先順位の高いものからということで、まず閨の話が始まった。
貴族の女の子は洗礼式を過ぎると少しずつ知識を与えられ、10歳になる頃には一通り理解しているものらしい。
「眠る前のほんの一時、母と娘は隠し部屋でしか話せない秘密を積み重ねていくのです。成人して星を結んだとき、母が与えてくださった知識はこのことだったのね、と実感するのですよ。本来はこんなにまとめて教えるものではないのです。情緒がないわぁ」
ふぅ、と悩ましいため息をつくお母様にちょびっと申し訳なくなる。娘を持つ母のお楽しみイベントだったんだね。
そこからは具体的な単語を交えての性教育だった。
ゲドゥルリーヒの訪れから始まる女性の体の変化。年頃になると色合わせの必要があったり、魔力の釣り合う相手は近くにいると分かってしまうこと。婚約者の魔力を纏い、魔力の色を近付ける作法。
最後に同調薬の使い方と、エーヴィリーベの剣でゲドゥルリーヒの杯にごにょごにょというところまで一気に話したお母様は、さすがに照れもあるのか頬を上気させていた。
婉曲表現も代表的なものを上げてもらった。最高神への挨拶とか秋の訪れを待たず冬の到来を早めるとか、教えてもらわなきゃ絶対気付かない定型文がいっぱいあった・・・。
わたしの頭の中は下ネタが踊り狂って破裂寸前だったけど、とにかく日常会話に山ほど危険が潜んでいたことは理解した。
冬が楽しみとか、冬が待ち遠しいとか、冬が好きとかうっかり言ったらわたしの貴族生命が終わってたんじゃない!?
でも知らなかったら絶対ポロッと口から出てきそうだよね!
秋とか冬って言葉が下ネタに通ずるとは考えもしないでしょー!
「大事な事柄を一気に話したからあなたも混乱しているでしょうね。上手く伝わったかしら?」
お母様が恥ずかしそうに目を伏せてしまった。
たぶん本当はこんなに直接的な説明はしないで、回りくどく回りくどく伝えるものなんだろうね・・・。
元平民のわたしにも理解できるよう、噛み砕いて頑張って教えてくれたお母様には感謝しかない。
「わたくし知らないままなら何も考えず口にしていた言葉がいくつもありましたわ。教えてくださって、ありがとう存じます。でもお母様、わたくしは神殿長です。神殿の中では神具の名前など当たり前に使っているのですが、どう使い分けたら良いのでしょう?」
神具の名前なんていつも口にしてるのに、剣がアレで杯がソコでとか言われても困るよー!!
「比喩表現というのは単語そのものより、前後の会話と話をしている状況で意味合いが大きく変わってきます。神殿で仕事の一環として灰色神官に神具の話をするのと、貴族のお茶会室で男女が向かい合って神具の名前を出すのでは全く受け取り方が違ってくるのは分かりますね?」
「なるほど・・・!前後の会話とその場の状況次第ですか!」
ふむふむと頷いていると、お母様の顔が不安気に曇った。
「あなたは比喩の受け取り方を間違えていることがあるので、不安に思ったらすぐに大人の側仕えに意味を確認するようになさい。取り繕って流したままにしておくのは危険だわ」
「なるほど・・・留意いたします」
お母様は冬の間の社交練習でわたしの危うさを知り懸念していたらしい。
経験不足はどうしようもないから、少ない社交でも出来るだけ多くのものを吸収し学習できるよう考えてくれていた。
わたしの母は助言の女神アンハルトゥングの化身なのかもしれない。神殿に戻ったら、毎日母にも祈りを捧げよう。