小山を消すよ(1)

神殿に戻ったわたしは、すぐに神官長から呼び出しを受けた。
何をそんなに急いでいるのかと訝しく思いながら行くとそのまま隠し部屋へ案内される。

ハルデンツェルで採集したものはやっと遊び終わったのか、いつになく隠し部屋の中はキレイに片付いていた。

いつものように長椅子に腰をかけると、神官長は向かいに椅子を持ってきて座った。


「さて、何から話すか・・・」

言い出しにくい話題なのかな?不安になりながら次の言葉を待つ。

「結論から先に言おう。君には今日明日にでもまたユレーヴェに浸かってもらう。今度は五日から十日ほどですむ。そうすれば前のユレーヴェで溶けきらなかった魔力の塊は全てなくなる。君は今度こそ健康になれるし、成長も進むだろう」

思いもよらなかったことを言われ、頭が真っ白になった。
ユレーヴェ?え、また作るの?健康・・・健康になれる!背も伸びる!

・・・本当に?


「わたくしのユレーヴェは使い切ってしまったのでは・・・。今から作るのですか?」
「いや、ユレーヴェはもう作った。君には私のものを使ってもらう」

えーと?
こてんと首を傾け、今言われたことを考える。

えっと、ユレーヴェは近しい魔力の人のなら使えるから、子供は親のを使うことがあるって話だったよね。
でもわたしと神官長に血の繋がりはないから、魔力も近くないはずだけど・・・。

「質問です!なぜわたくしが神官長のユレーヴェを使えるのでしょう?」

いつもは感情の読めない薄い金の瞳が、今は答えることを躊躇っていると雄弁に語っている。


「・・・私は君に謝罪をしなければならない。君が身食いであるということを深く考えず、貴族向けの治療を重ねていた。君が身食いゆえ特殊な体質をしていると気付いたのは、ユレーヴェに浸かっている時になってしまった」
「特殊な体質?」

説明が長くなるがと前置きをしたうえで、エーヴィリーベの印について話してくれた。

「生きているにも関わらず死人が持つはずの魔力の塊ができていることを、エーヴィリーベの印という。これは体内に魔石があるようなもので、それを他者に染められるとその者の魔力に完全に染まってしまい時間がたっても薄まらない状態になる。私は治療のため君に魔力を流したことがあるし、記憶を見るため同調薬を飲ませた。日頃飲んでいる薬にも製作者の私の魔力が入っている」

身食いにしか起こらないであろう、エーヴィリーベの印という特殊体質を説明され頭がグラグラする。
つまり。今のわたしは。

「・・・わたくしは、気付かないうちに神官長に染められてしまったということですか!?」

そういうことだ、と重々しく頷いてから、大きな溜息を吐いた。
それはどういう意味の溜息ですか。

「君に淑女教育を受けてきてもらったのは、この話をするためだ。染められるというのがどういうことか分かるな?」
「えっと・・・星を結んだ夫婦と同じ状態ですよね?」
「それもあるが、我々の場合は子を生ませるために染める愛人関係に見られるな」
「ひぇー!?」

ただでさえ神殿はそういう目で見られやすいのに、染まってることを知られたら言い逃れもできなくなっちゃうよ!

わたしが事の重大さに気付き顔を青くする様子を見て、神官長はようやく理解したなと何故か満足そうだ。

「この事が知られれば君は女性としての尊厳を奪われかねない。決して口外してはならぬ。良いな?」
「もちろんです!絶対、絶対、誰にも言いません!」

わたしの宣言に頷き、わたしからの言葉を待つよう見つめられる。

「えっと?何でしょうか・・・」
「君がこのような辱めを受けているのは私のせいだ。責めて良いぞ」
「はっ!?いやいや、責めるつもりなんてありませんよ!神官長は全然悪くないじゃないですか。わたくしは神官長の治療とお薬がなければとっくに高みに上がっているんですよ!感謝はあれど、責める気持ちなんて全くありません」

さっきの沈黙がわたしからの責められ待ちだったなんて信じられない!
相変わらず自分のことを過小評価してるんだから!わたしが怒るわけないってなんで分からないかなぁ。

「・・・はぁ。そんなに簡単に流されても困るのだが、言いたいことがないならもういい。ユレーヴェの話に戻すぞ」

そうだった。わたしがまたユレーヴェ漬けになるって話をしていたんだったね。

「君は今、私と同じ魔力なので私のユレーヴェが使える。もちろん自分で採集して作るより質は落ちるが、あと少し残っている塊を溶かすだけなら問題ない」
「あぁ・・・そこに繋がるんですね」
「前例のない使い方なので浸かる日数は幅を持たせているが、まぁ七日前後だろう」


わたしはユレーヴェから目覚めた時のことを思い出す。
筋力がなくなって動かない手足、成長して大きくなっていた側仕え達、経験値の差を見せつけられた兄妹。
二年という月日を取り残された恐怖を知るからこそ体がすくむ。

「・・・神官長、嫌です。ユレーヴェは怖いです」

叱責を覚悟して弱音を吐いて、目を伏せた。降りてきたのは、お小言ではなく二本の腕だった。
・・・あ、ぎゅーされてる。すっごく軽くしか触れてないけど。

「大丈夫だ。今度は数日で目覚める。私を信じなさい」

低く落ち着いた宥めるような声が染み渡る。

ユレーヴェから目覚めた時も今も、わたしが本当に必要としている時はぎゅーをしてくれてる。
何でだろう・・・あんなに破廉恥だって怒ってたのに。
染められてる状態の今の方が、ぎゅーをするにはよっぽど破廉恥だと思うんだけど。


「・・・神官長、わたくしが眠っている二年の間に何かありましたか?」
「何かとは?」
「価値観が大きく変わるような・・・わたくしに言ってない出来事があったのでは?」

神官長はわたしに回していた腕を解き、一歩下がった。
そういえば以前はわたしの言動にいつも警戒を滲ませていたのに、目覚めてからはそんな目で見られることもなくなってた。

「雰囲気が柔らかくなりました。見た目は二年前と変わらないのに、中身はまるで十年くらい年をとったみたいです」

神官長は目を見開いてわたしを凝視する。久々に見た処理落ちだ。
何その反応。図星なの?

「・・・君の非常識さはこんな時にも発揮されるのか」
「はい!?」

こめかみを押さえしばらく考え込んだ神官長は、暗く沈んだ顔色になっていた。

「十年ではない、四年だ。君がユレーヴェで眠っている間、私は辛く苦しく救いのない長い夢を見た」
「夢?四年間を悪夢として体験したということですか?」
「詳細を話すつもりはないが、似たようなものだ」

予知夢みたいな感じ?
神官長って何でもできる人だと思ってたけど、夢占いまでできるの?


「・・・悪夢の最後、私は毒に倒れた。もうここまでかと諦めたとき、君が解毒薬を持って助けに来た。そのせいで君は死んだ」
「ふぇ!?わたくしそんな重要人物的な登場をしていたのですか!いや、でも夢は夢ですから、神官長が責任を感じる必要はないですよ?目覚めてからやたらと優しかったのは、悪夢を気にしてたせいだったんですね!?」

なんて律儀な人だ!言われなきゃそんな夢を見ていたことにも気付かないのに。

「君の思っているのとは少し違うが、私は悪夢で見た出来事を繰り返さないよう手を尽くしている。このユレーヴェもその一つだ。理解できたら日程の調整をしてすぐに浸かれるようにしなさい」

今はそんなに忙しい時期じゃない。
下町との打ち合わせを入れないようにして、側仕え達に仕事を振っておけばなんとかなる・・・かな。

「調整はすぐに出来そうです」
「では、明日からユレーヴェだ。領主会議が終われば君の側近が神殿に出入りするようになるので、二人で隠し部屋を使えなくなる。外聞が悪すぎるからな。私のユレーヴェを使えるのは今だけだ」
「隠し部屋・・・二人で入れなくなっちゃうんですか・・・」


神官長と隠し部屋に入れなくなったら、わたしは誰とぎゅーをすれば良いの?
しょんぼりへにょんだよ。

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