心配症の神官長(2)
神殿長室で着替えをして側仕え達から報告を受ける。
特に大きな問題はなさそうだった。次に戻れるのは奉納式の時になるからと、引き続き留守をお願いしておく。
お茶を飲みながらまったりしてると、神官長の訪れが告げられた。
「礼拝室へ移動するのでついてきなさい」
「はい」
今日の用事をまだ聞いていないので、礼拝室に何をしに行くのかも分からない。とりあえず着いていくけど。
「神官長、奉納式はまだですけど礼拝室で何をするんですか?」
「中で教える」
「そうですか。何だかとっても顔色が悪いようですけど、また睡眠削って仕事なさってます?」
「君が貴族院で何を仕出かすか考えただけで胃が荒れる思いをしてる。顔色が悪いのはそのせいだろう」
ひどい!まだ何もしていないうちからその扱い!?
むぅと後ろ姿を睨みつけてると、ゆっくり歩いていた神官長がちらりとわたしを見て歩く速度をあげた。
「具体的に何をしてしまいそうなのか教えてくださいませ。そうすれば対策を考えることもできますよ」
「そうだな・・・。では、あとで少し話しておこう」
話しているうちに礼拝室へ着いてしまった。
「アンゲリカには扉の外で見張りを頼みたいのだが良いか?」
「はい。アンゲリカ、見張りをお願いしますね」
「かしこまりました」
神官長と一緒にいたエックハルト兄様、ユストクスとダームエルが礼拝室へと入る。
今日は何の儀式もないのでガランとした室内を想像していたのに、中を見ると様々な準備が整っていた。
祭壇には布や果実が飾られ、香炉には火が入っている。祭壇に向かって赤い布が敷いてあって、インクで大きな魔法陣が描かれていた。
奉納式であれば神具や聖杯がたくさん並んでいるはずだけど、そういった道具は一切置かれていなかった。
「随分大きな魔法陣ですね。初めて見ましたけど、以前から神殿にあったものですか?」
「いや、個人的な研究のために私が作ったものだ。屋敷にしまい込んでいたのを持ち込んだ」
なんと!神官長の私物なのね。
通常、儀式で使うような魔法陣は布に刺繍で描かれてるものだけど、神官長が作成したからインクなのかと納得した。さすがにこの大きさを一人で刺繍はしないよね・・・。
「フェルディナンド様・・・私はこの魔法陣に見覚えがある気がするのですが・・・」
「私もです。この場所ではありませんが、儀式の様式にも見覚えがあります」
ダームエルとユストクスの顔が何故か引き攣っている。エックハルト兄様は平然としてるけど。
「貴族院を卒業した者なら知らぬはずがあるまい。ローゼマイン、こちらの祈りの言葉をこの場で覚えなさい」
神官長が小さく畳まれた紙を渡してきたので、広げて目を通す。
いつものお祈りに眷属の名前と最後に言葉をつけ足すだけなので、神々の名前さえ頭に入っていれば覚えるのは簡単だ。
「はい、覚えました」
紙を神官長に返した。
「あの長い言葉をもう覚えてしまわれたのですか?さすがに早すぎですよ」
ユストクスは目を丸くしてるけど、ダームエルはさほど驚いていない。
「神殿や魔力供給で使っている言葉ですからね。簡単ですよ」
「魔力供給でも祈りの言葉を?それは初めて聞きました」
ユストクスは顔を輝かせているけど、領主一族でなければ不要な情報だよね。
「では、魔法陣の中央に跪いて祈りを捧げなさい。何が起きても最後まで続けるように。魔力が足りなくなりそうなら、回復薬を使っていい」
「事前説明はなしですか?」
「結果が分ってからの方が説明しやすい」
そう言われると、やるしかないのかという気になる。説明くらいはしてくれても良いと思うんだけど。
わたしは四人に見守られながら、魔法陣の中央に跪いた。魔法陣に手をあて魔力を注いでいく。
「我は世界を創り給いし神々に祈りと感謝を捧げる者なり」
覚えた通りに最高神と五柱の大神の名を唱えていけば、魔法陣に光が浮かび属性の印が書かれた場所に貴色の柱が立った。
おぉ!神官長の言う何が起きてもってこういうことか!
「全ての属性が光った・・・」
「やはり全属性なのか」
後ろでユストクスとエックハルト兄様が小声で喋ってる。
これは属性を調べる儀式なのかな?
全ての眷属の名を唱えていけば、時折反応して光る場所があった。全ての神々の名を唱え終えたら、最後の言葉を口にする。
「我の祈りがつきづきしくおぼしめさば 御身のご加護を賜らん」
七色の柱から光が上がり、くるくる回って祝福の光としてわたしに降り注いだ。そして、魔法陣を満たしていた魔力は光の流れとなって赤い布を伝って祭壇を上がり、神の像に吸い込まれていった。
「わぁ、凄い。最後まで派手な儀式ですね!」
「これを見た感想を派手の一言ですませるのは君くらいのものだろうな」
神官長が呆れを滲ませた声を漏らしてるけど、木札に何かを書き付けている手は止まらない。
「何を書いているんですか?」
「君が得た眷属神だ。部屋に戻って説明しよう」
「フェルディナンド様!何故そんなに落ち着いているのですか!?加護を得る儀式でこんなに多くの眷属から加護を得られた話など聞いたことありませんよ!」
「落ち着け、ダームエル。フェルディナンド様はこの事態を予測されていたのですか?」
ユストクスの問いに、神官長は気にしたふうもなく頷いた。
「神々の加護を増やす方法は参考書にも普通に載っているだろう。私はその本当の意味に、神殿に入ってから気付いた」
「参考書に載っている?・・・でも誰も知らないですよね?」
「長い歴史で真実が歪められた弊害だな。だがその方法は安易に口にしていいことではない。全員この部屋で見たことは全て口外法度だ。いいな?」
神官長の目が三人を見据える。
「かしこまりました!」
ユストクスとエックハルト兄様は元から神官長の命令に慣れてるからいいけど、巻き込まれた感のあるダームエルはちょっと可哀想かも。また一つ、言ってはいけない秘密が増えちゃったね。
それから神殿長室に移動して一息つくと、盗聴防止の魔術具を起動させて説明が始まる。
「先程のは加護の取得という儀式で、本来は三年生になると貴族院で行うものだ。おそらくあの魔法陣を個人所有している者はいないので、加護の取得は貴族院でないとできないことになっている」
「さらっと言いましたけど、やっぱり神官長は規格外な人ですねぇ」
「君にだけは言われたくない」
いやいや、貴族院にしかないはずのものを自分で作っちゃう人を規格外と言わず何と言う?
「まぁいいですけど。それで、加護の取得をすると何が起きるんです?」
「神々の加護を得られた数によって魔術の使える範囲や魔力量に変化がある。昔は加護の取得をしてからシュタープを取りに行ったので問題なかったが、ジギスヴァルト王子の入学に合わせて取得時期が変更されてしまったからな。シュタープを得てから魔力量が増えすぎてしまうと、魔力の扱いに苦慮することになる」
ついこの前まで魔力が多すぎて調整に困っていたわたしは、思わず苦い顔をする。
シュタープを貰えたら楽になれると思って頑張ったのに、更にまた苦労するのはごめんだよー。
「それが本当なら、苦労している人も多いのでは?シュタープは一年生で貰うのですから、大人になる頃には魔力量もみんな増えてますよね?」
「いや・・・もちろん増えはするが、君ほど大きく変わる者はいないだろう」
「え!?何故わたくしだけ・・・あ!それが先程の話にあった参考書に載っている方法ですか?」
神官長はチラッとユストクスを見た。盗聴防止の魔術具を使ってるから室内にいる人に話は聞かれていないはずだけど、ユストクスは読唇術が使える。把握されても構わないのか、そのまま話を続けた。
「魔力の奉納を伴う祈りを神に捧げることで加護を得られるようだ。参考書には祈りを捧げよとしか載っていないので、正しく実行している者はいないが」
「そんな簡単なことで・・・。それなら何故、神殿忌避の風潮が広まってしまったのでしょう・・・」
「その方が都合が良いと考える権力者が、昔いたのだろうな」
むぅ。神に祈れば色々助けてもらえるこの世界で、神を蔑ろにすることを広めた人がいたなんて!そういうのを罰当たりって言うんだよ。
「今のユルゲンシュミットの中で、君ほど神に祈りを捧げている者はいない。そのためどれほど加護を得られるのか分からなかったので、シュタープを取りに行く前に対処しておきたかったのだ」
「納得しました。神官長は本当に先回りが天才的ですね。考えすぎて疲れちゃいませんか?」
君は本当に呑気だな・・・と呟きながらお茶を飲む神官長の顔はやはり疲労が濃い。
「私は君が入学してからも不自由がないよう、一年かけて下準備をしていた」
「そうだったんですね。ありがとう存じます」
ニコッと笑ってお礼を言ったけど、首を横に振られた。
そういうことじゃないらしい。
「いくら準備をしても、次から次へと懸念事項が沸き起こってくる。私はどうしたらいい?」
そんなこと言われても・・・。
そもそもわたしは座学に関しては神官長にしっかり教育してもらえたし、淑女教育もお母様と何度か秘密の授業をしてもらったから一応の合格点は貰えた。
わりと準備万端で入学を迎えられると思っていたんだけど、何がそんなに不安なんだろう?
「神官長、わたくしは何に気をつければ良いですか?本への暴走は貴族院の図書館が楽しみすぎて抑えられそうにないですけど、その他のことは言われればちゃんと考えます」
「・・・その本に関する暴走が一番恐ろしいのは確かだが」
本を取り上げる方がもっと恐ろしいことを神官長は知っている。さすがに、図書館通いを止めるようなことは言わないだろう。
「二つのことを約束してほしい」
「はい。どういったことでしょう」
「まず、貴族院へ移動する前に黒の魔石を多めに渡しておく。図書館に行くとき、本の話を他領の者とするとき、必ず魔石を握っていてほしい。祝福を撒き散らしてほしくないのだ」
撒き散らす・・・もはや公害扱いされているのだろうか。
「腕輪の魔石も着けたままにするんですよね?更に手に持つ必要がありますか?」
「確実に必要になると私は考えている。あまり今の学生には知られていないが、図書館には数多くの魔術具がある。君が大量の祝福を浴びせることで所有者を乗っ取ることになったら、図書館の司書はとても困るし君は図書館の立ち入りを禁止されるかもしれない」
「それは困ります!乗っ取りなんてとんでもないです!」
「それに・・・見方によっては王族に対する反逆罪とも言える」
「反逆罪!?」
「貴族院の図書館にあるものは本も魔術具も王族の所有物だ。魔力量に任せて勝手に自分の物とする行為は、責め立てられれば言い訳ができぬ」
そ、そんな恐ろしいことがあるなんて・・・。そこまで心配を募らせてたら、そりゃ神官長の胃も荒れるよ。
かと言って、祝福なんて勝手に溢れるものなんだよね。抑えるのは難しい。
あ、だから黒の魔石なのか。
忘れないようにしよう。側仕え達にもいくつか持ってもらって、不測の事態にはすぐ魔力を抜いて対処してもらおう。
「ローゼマイン、君は本当の上位者と接する経験が足りていない。貴族院に行けば上位の領地は大抵傲慢で尊大だが、それはまだ流せば良い。本当に気を付けなくてはならないのは王族との対応だ。王族の機嫌を損ねれば、最悪領地そのものが消える」
「消える・・・というのは?」
「政変でいくつもの領地が廃領になったのは知っているだろう。それを指示し実行に移させたのは今の王だ。執拗なまでに領主一族と上級貴族を処刑し、再び力を持てないよう徹底した。それだけの権力と陰湿さがあることを忘れるな」
政変はどこか遠い国で起きてる戦争の話題のように感じてたけど、今の王はその政変の勝者だった。忘れてたわけではないけど、現実味が無さすぎて他人事だったのは確かだ・・・。
「わたくしは王族と関わる可能性はあるのですか?」
こんな話を聞かされた後だ。無いと言ってほしい。
「貴族院の始まりに行われる親睦会では必ず王族と挨拶をする必要があるが、それはヴィルフリートが代表して話すだろう。それ以降の遭遇は運任せだ」
「そんな!」
「ローゼマイン、王族と話すことになったらこれだけ気をつけなさい。聞かれたことにだけ答える、自分から提案をしたり招待したりしない、そして本の話題を出さない」
「・・・さすがに本の話はしないと思いますが」
「図書館で遭遇する可能性もあるだろう。だが、自分から話を広げるような真似はしないでくれ」
いつになく真剣な神官長に、自分でも図書館で会ったら卒なく対応できるか分からなくなってきた。いや、領地が消えたら困るよ。暴走はダメだ。
「神官長の不安もごもっともでした。わたくし色々と考えが足りなかったようです。随時対処します」
祝福を撒き散らさないことと、王族への対応の仕方の二点だね。
事前にこれだけ言われたら何とかできそうだ!
「・・・毎日きちんとした報告書を提出するように。文官にも提出させるが、多角的な視点から貴族院の様子を知りたい」
「かしこまりました!お任せくださいませ」
昨年のヴィルフリート兄様の報告書も重要なこといっぱい書いてあったって話だったもんね。わたしも仕事レベルで書いて送ろう。
言いたいこと全部言ったはずの神官長の顔色は悪いままだった。わたしはそんなに信用ないかなぁ?