改革と親睦会(1)

わたくしは、エーレンフェスト領主候補生のシャルロッテと申します。
本日は初めて貴族院へとやってきました。今はお姉様や同期の新入生と共に、上級生から歓待の場を設けていただいたところですわ。
お姉様が旧ヴェローニカ派の親を持つ子供達を気にするそぶりを見せたことで、わたくしの中に以前から燻っていた思いを表に出す時がきたのだと思いました。ですが、ホールの扉が開いたことでこの話は中断することになりました。



「皆様お揃いになりましたね」

扉を開けて入ってきたのは、細身で40代前後の女性です。どなたでしょう?
後ろからお兄様も着いてきていますね。

「エーレンフェスト寮の寮監を務めております、ヒルシュールと申します」

寮監の先生でした。そういえば、あまり寮に寄り付かない女性の先生だと聞いていましたわね。

ヒルシュール先生はご挨拶のため立ち上がったわたくしとお姉様を見比べ頷かれました。

「シャルロッテ様はフロレンツィア様そっくりですね。すぐに分かりました」
「おそれいります」

母に似ているとは物心ついた時から言われ続けている言葉ですが、貴族院では母を知る先生方にも言われるかも知れませんね。

「先日、フェルディナンド様より久方振りのお便りを頂きました。ローゼマイン様はフェルディナンド様の愛弟子だそうですね。三コース全てで最優秀の成績を収めた天才児の愛弟子がどのようなことをなしてくださるのか、わたくし、楽しみでなりません」

お姉様を見るヒルシュール先生の眼差しが楽しそうに輝いています。エーレンフェストでは叔父様を後見人として見るのが一般的で、師と弟子という見方をする声を聞いたことはございません。

お姉様も予想外という反応ですね。少し嫌そうに見えるのは気のせいでしょうか。お姉様が何もお返事できないでいるうちに、先生は寮の説明を始めてしまわれました。

「進級式と親睦会が二日後にあり、その次の日からは講義が始まります。それまでに新入生は寮の生活に慣れ、講義の準備をしておいてください。何か質問はございますか?」
「はい!」

隣で説明を聞きながらうずうずしていたお姉様が手を挙げました。質問内容は聞かなくても分かりますね・・・。

寮内の図書室は、貴族院の図書館の使い方は、と本に関する話ばかりを聞かれています。
お姉様は本当に・・・これがなければもっと優秀な方なのですが、そもそも本に対する情熱がなければ領主候補生にもなっていないでしょうからね。
加減が難しいところですが、共にいる時間が長くなるわたくしが何とか制御してさしあげなくては。

「お勉強熱心な領主候補生がいれば、皆がつられてお勉強するようになります。期待しておりますよ、ローゼマイン様」

ヒルシュール先生の最後の言葉でお姉様のやる気に火がついたのが分かります。試験を放り出して図書館に突撃する心配はなさそうで一先ず安心しました。


先生からの説明が終わり、側仕えのヴァネッサが部屋が整ったと呼びに来ました。
お姉様にご挨拶して、部屋へと移動します。

そういえば、お兄様は何故ヒルシュール先生と一緒にいたのでしょうか?
後ほど情報のすり合わせが必要かもしれませんね。



三階の奥にある領主候補生用の部屋に入ります。城の自室とは家具は違うものの、似た配置になっていて違和感は感じません。
改めて側近となった子達と挨拶をし、新入生の側仕え見習いと騎士見習いには上級生が指導するようにと指示を出します。

夕食までの僅かな時間、わたくしは考え事があるからと隠し部屋にお茶を運んでもらいました。皆の前で今後の方針を話すのです。失敗はできませんわ。

「姫様、用意が整いました。夕食の時間になりましたらお呼びしますね」
「えぇ、ありがとう、ヴァネッサ」

まだ隠し部屋の中は手をつけていなかったので、取り敢えずと置かれた長椅子に座り考えを巡らせます。



昨年、わたくしはお姉様にどんな領主になりたいかを訊ねました。お姉様は領主にはならないときっぱり否定したうえで、わたくしを応援すると仰いました。
本当にとても嬉しかったのです。


お父様は大した理由も根拠もなく、お兄様が一番先に生まれたからというだけで次期領主に決めてしまわれました。
それに危機感を覚えたお母様は、次期領主が決まっているにも関わらずわたくしにも領主としての教育を施しました。
そんなお兄様は汚点を残し、次期領主の決定を取り消されました。

全てはわたくしの意思に関係なく進んだ出来事です。ですが、わたくしが次期領主に一歩近付いたのも事実でした。


養女となったお姉様はとても優秀で慈悲深く、なぜかわたくしをとても可愛がってくださる方でした。
お姉様が領主になると言うなら、わたくしは全力で補佐しよう。心からそう思えるほどお姉様には適わないと思っていました。

そんなお姉様は、わたくしが領主になった時の話をしても『シャルロッテの住みやすいエーレンフェストの形を考えれば良い』と、応援すると、仰ってくださいました。

慈悲深い一方で能力主義もおありなお姉様はわたくしが領主足りえないと思えば、応援などと気軽に口にはしなかったでしょう。認められ、期待されている、そう思えたからこそ嬉しかったのです。
そこからわたくしは、エーレンフェストをどのような領地にしたいのか考えるようになりました。


貴族院へ移動する前、わたくしはお父様の執務室へ呼ばれました。
そこにはお父様、お母様、叔父様が待っていて、今後についての話し合いをしたいとのことでした。

そう言いながらもお父様の口は重いようで、なかなか次の言葉を発しません。呆れた叔父様が話を主導することにしたようです。

「気付いているだろうが、今のエーレンフェストで次期領主にと目されているのは其方だ、シャルロッテ」
「はい」
「ヴィルフリートには傷がつき、ローゼマインはそもそも領主になる気がない。メルヒオールはまだ幼く真価も分からぬ。そのような理由で次期領主にと言われるのも不服かもしれぬが、今の領主に不満を持つ勢力を抑えるためにも早いうちに次期領主は決めておきたい」
「叔父様がわたくしを次期領主にと後押しして、水面下で貴族達と会合を繰り返しているのは存じております。わたくしは領主になりたいと望んでいます。叔父様には感謝しておりますわ」

お父様はわたくしの口から初めて領主になりたいと聞き、目を見開いて驚いています。今まで一度も意思確認すらされていませんものね。

「お父様、一つだけ言わせてくださいませ。お兄様は例えわたくしに蹴落とされ次期領主の席を奪われたとしても、嫌がらせを企むような陰湿な方ではございませんわよ」

ご自身が過去にされたことを、わたくしたち兄妹に繰り返してほしくないとの思いは存じております。ですが、フリュートレーネとルングシュメールの癒しは違うのです。

「何より。わたくしに嫌がらせなどしたことが白日の下に晒されるようなことになれば、お姉様がどれほどお怒りになるか・・・分かりますでしょう?」
「それは想像だけでも恐ろしいな」

叔父様が深く同意を示したことで、お父様はようやく諦めたようです。がっくり肩を落としながらも、わたくしを次期領主に考えようと小さく宣言してくださいました。

「だが、多くの貴族を黙らせるには領主に相応しいとされる実績がほしい。貴族院はそれを築きやすい場所だ。何か考えはあるか?シャルロッテ」

叔父様から問い掛けられ、わたくしは以前から考えていた理想のエーレンフェスト像を語ります。

わたくしはお姉様の生み出す流行を補佐し、広めて安定させたいのです。そのためには全ての貴族が一丸とならなくてはいけません。無用な派閥争いなどなくしたいと考えています。

「お姉様が子供部屋にいると、派閥も年齢も関係なく、皆が高い目標を持ち競い合うことができます。わたくしはそれをエーレンフェスト全体に求めたいのです」
「ローゼマインの能力主義は効率が良い一方、劣る者には残酷な仕組みだぞ」
「そこに手を回すのがわたくしの仕事かと」
「なるほどな・・・」

一定の理解と賛同を得られたので、まずは貴族院内で味方を増やすよう言われます。

「ローゼマインは放っておくとすぐに旧ヴェローニカ派の救済に乗り出すだろう。アレは居心地の悪い場所が苦手だから、一部の者が虐げられているのを黙って見てられないのだ」

叔父様の言葉は実感がこもっています。居心地が悪いのを嫌がって救済に乗り出す貴族など普通はいませんが、お姉様ですからね・・・。


「では、お姉様に負けないよう先手を取らなくてはいけませんね」

優雅に笑って告げれば、それまで黙っていたお母様も口を開きました。

「ローゼマインには、できるだけ多くの人前であなたの味方であると宣言してもらいなさい。それだけでやり易さが変わりますよ」
「助言に感謝しますわ、お母様」

お姉様はきっと、わたくしを支えてくださいます。それだけの信頼を一年かけて築いてきたつもりです。



目標が定まれば、あとはその場所に向かって努力あるのみです。
まずはわたくしの覚悟を皆様に知っていただかなくては。

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