図書館とシュタープ取得(1)
起床したときにはもう、城から昨日の報告に対する返事がきていた。
神官長の筆跡と思われる木札に目を通す。
『一年生の座学は簡単すぎるので、合格は当然だ』
ふむふむ、やっぱり?
『魔力の扱いと音楽の実技は、悪目立ちしていないなら良い。アーレンスバッハのフラウレルムはきな臭いので、騎獣作成を早々に合格したことは大変結構』
おぉ!褒められてる。やっぱりあのフラウレルム先生には関わらないでおこう。
『魔力圧縮に対するヒルシュール先生の反応は想定通りなので、君の対応で問題ない。図書館に行けるからといって興奮すると熱を出すことになる。心を落ち着かせなさい』
図書館に行く前に熱を出すのは困る。興奮してグルグル回る熱は腕輪の魔石に流しておこう。
昨日は騎獣作成をした後に、魔力圧縮の実技だった。わたしのやり方に疑問を感じたヒルシュール先生が夜になってから尋ねてきたけど、エーレンフェストの首脳陣から許可を取れと言ったら引き下がってくれた。マッドの師匠はやはりマッドだとしみじみ思った。
朝食の席について、今日のお昼休みに一緒に図書館へ行く側近を確認する。
「わたくしが興奮しすぎていたら、空の魔石をあてて魔力を吸い出してくださいませ。それでも感情が振り切れると気絶するかもしれませんから、注意をお願いしますね」
皆が呆れながらも注意事項をメモしてる。
「図書館とはそんなに危険な場所なんですね・・・。それでも行きますか?」
コルネリウス兄様の「止めておいたら?」という視線はもちろん丸っと無視する。
「もちろん行きますわ!お昼休みが楽しみです」
にこっと笑えば、ため息が返ってくる。
ふふん、今のわたしは誰にも止められないよ!
「ローゼマイン様、昨日はヒルシュール先生がいらしたのでお伝えしそびれたのですが、音楽の先生方からローゼマイン様をお茶会に誘いたいと打診がございました」
ブリュンヒルデの言葉に、上級生から「おぉ!」と喜びや興奮の声が上がる。
「なぜ、わたくしを?」
「音楽の実技でエーレンフェストには新しい曲があるのか、と質問された方達がそれぞれ新曲を弾いた結果、ローゼマイン様の作曲したものだと広まったようです」
「そ、そんな・・・」
なんか面倒そうだったから、わたし自身は曲について誤魔化しておいたのに、何の意味もなかった。
「教師からの招待は、中央がエーレンフェストの文化に興味を示しているということです。とても名誉なことですわ」
それで上級生が喜んでたのか。
お茶会の準備や日程のやり取りは、とても張り切ってるブリュンヒルデにお任せすることにした。
文官達にはどのような話題がふさわしいのか考えておいてもらう。常識に疎いわたしが考えるより、あらかじめ話題の候補を出しておいてもらいなさいとお母様から助言されているためだ。
新しい曲があると尚良いとのことだから、ロジーナを呼んで午前中は曲作りに励んだ。新しい曲のアレンジができるロジーナは大喜びだ。
そして!昼食を終えたわたしは、一年生全員と図書館へ向かう。
「図書館、図書館、本がたくさん、幸せの場所、るるるる」
「これは先程ローゼマイン様が作曲していた曲ですね?すでに歌がついているのですか?」
ハルトムートが目を丸くするので、わたしは笑いながら頷いた。
「今、つけました。題名は神が作り給いし地上の楽園でどうでしょう?」
「ふふふ、お姉様にとっての楽園とは図書館のことですのね。でも、お姉様にしか分からない題名は美しくないと思いますわ。もう少し、先生方にも受け入れていただけるように考えた方がよろしいのでは?」
「シャルロッテがそう言うのなら、考え直しましょう」
まぁ題名にこだわりは無い。大事なことは、今から楽園に足を踏み入れるということの方だ。
「姫様、何度も申し上げておりますが、本日は登録だけですよ。本に触れてはいけません」
「えぇ、分かっているわ。登録をして、先生にご挨拶するだけだから大丈夫よ、リヒャルダ」
「それではこちらの魔石を握ってください。興奮しすぎないようお気をつけくださいね」
図書館の玄関ホールまで着いたので、魔力を通さない皮の手袋をはめたリヒャルダが黒の魔石を渡してくる。
握ったそばから魔力を吸われるので、深呼吸して心を落ち着かせた。
「落ち着きました。行きましょう」
周りに声をかけ、中に入ると薄い紫の髪に青い瞳の上品なおばあちゃまが案内のため待っていた。ここの司書だろうか。
中に通され登録についての説明を受ける。
「図書館は英知の女神 メスティオノーラがわたくし達に与えてくださった貴重な知識の結晶が集められた場所でございます。英知の女神 メスティオノーラに敬意を払い、細心の注意を払って本に触れることを誓える者でなければ、立ち入ることはできません」
「わたくし、ソランジュ先生のお言葉には全面的に賛同いたします。図書館は神がわたくし達に与えてくださった地上の楽園ですもの」
ソランジュ先生もこよなく本を愛する仲間のようだ。仲良くできそうで嬉しい。
促されるまま英知の女神 メスティオノーラに誓いを立て、登録用紙に名前を書く。これで好きな時に図書館へ来れるね!
全員の登録が終わるのを待って、わたしは満面の笑みを浮かべて立ち上がった。
「では、早速閲覧室へと参りましょう」
「姫様、本日は登録だけです。そう何度も申し上げたでしょう?」
怖い顔のリヒャルダに睨まれても、ここまで来て帰るなんて出来ない!
「本には触りません。ほんの少し見るだけです。それで今日は満足して帰ることを、シャルロッテに誓います!」
「まぁ、わたくしに誓うのですか?」
クスクス笑うシャルロッテを見たリヒャルダは「それなら信用しますから、少し見るだけですよ。午後の授業には遅れないように!」と許可してくれた。
うふふ、シャルロッテの名は偉大だね。
「せっかくですから、閲覧室をわたくしがご案内いたしましょう。それほどに図書館を望んでくださる学生は珍しいので、わたくしも嬉しく存じます」
「ありがとう存じます、ソランジュ先生。神が与え給いし地上の楽園との邂逅を、わたくし、本当に心待ちにしていたのです。貴族院の図書館との出会いを感謝して、英知の女神 メスティオノーラに祈りを捧げましょう!」
図書館に来られた喜びを感謝に変えて、バッと両手を上げ左足を上げる。
「神に祈りを!」
つい本気で神に祈りを捧げてしまった。ハッ!と気付いた時には指輪から祝福の光が溢れ、それは手に握られた黒の魔石へ吸い込まれていった。
魔力を吸った魔石はすっかり薄い黄色に染まっている。
危ない・・・神官長に散々脅された魔術具の乗っ取りをするところだった・・・。
「今のは一体・・・?」
ソランジュ先生の困惑が申し訳ない。
なんて説明しよう?
「さすがローゼマイン様ですね。図書館への喜びを祝福の形でメスティオノーラに奉納されようとしたのでしょうか?」
キラキラしたハルトムートが今の現象を説明してくれた。その通りなんだけど、居た堪れない。
「まぁ、祝福を・・・。それは素晴らしいですね。ローゼマイン様に問題がないようでしたら、閲覧室を案内してよろしいですか?」
「問題ありません!ぜひ、お願いします!」
ニコッと笑ったソランジュ先生は、閲覧室の厚い扉を開けてくれた。
開け放たれた入り口からは、壁から少し離れた中央に木製の本棚が等間隔に並べられている様子が見えた。
おおぉぉ!本がいっぱい!本当にいっぱいある!幸せすぎる!泣きそう!
この世界で初めて見る規模の図書館に、心が浮き立つ。
「幸せすぎて泣きそうです」
「お姉様、淑女が涙を見せてはいけませんよ」
シャルロッテの的確な指摘に涙が引っ込んだ。
ドキドキしながら中に入り、歩いて回る。
二階がある、素敵。キャレルがある、素敵。
「・・・人がいませんね」
「今の時期だけですわ。冬の半ばくらいからはキャレルが足りなくなるほどの学生が出入りするようになりますわ。毎年、最終試験の前が一番多いですね」
ソランジュ先生の話を聞きながら、わたしもキャレルが欲しいなぁと考える。
「お姉様、そろそろ行きましょう。午後の実技に遅れてしまいますわ。図書館の続きは、全て合格してからにいたしましょう」
「・・・そうね。お付き合いいただいてありがとう、シャルロッテ」
とっても、とっても、名残惜しいけど、シャルロッテを遅刻させるわけにはいかない。
残りの試験もすぐに終わらせてまた来よう。
ソランジュ先生に手を振って、わたしは図書館を後にした。