図書館とシュタープ取得(2)
午後からは宮廷作法だ。
宮廷作法の実技はお茶会を模している。細かいチェックをするために、上から10位までの領主候補生と11位から下の領主候補生に分かれて、行われることになった。
上位領地が最初の挨拶だけで次々と不合格を言い渡されていく。
「王族からお茶会へ招待される可能性がある領主候補生がそのような姿勢では困ります。特に、次期領主は領主会議で必ず王族との会食やお茶会がございます。気を引き締めてくださいませ」
プリムヴェール先生の言葉に、シャルロッテが明らさまに強ばった。まるで圧迫面接みたいだなぁと思いながらも、わたしに気負いはない。今まで一発合格で目立ってしまっているのだから、ここで再試験になればちょうど良いくらいだ。
上位の試験が終わり、わたし達が呼ばれる。緊張に体を硬くするシャルロッテは何度か挨拶をやり直しさせられた後、その場を退くよう指示される。わたしも二回やり直した。
お茶会の席へ移動する時、シャルロッテに「フェルディナンド様が見てますよ」と囁いてみた。
どのような心理的効果があったのかは分からないけど、余計な力の抜けたシャルロッテはただの完璧な淑女だ。当然、優雅にお茶会を乗り切り誰より美しい微笑みを振り撒いていた。ふふん、さすがシャルロッテ。
「今回の合格者は、12番のシャルロッテ様とローゼマイン様です。貴族院でお茶会に招かれても問題ないでしょう」
わたし達は最後まで気を抜かず、笑みを深めお礼を述べた。
・・・あれ?合格しちゃった!?
「今回は不合格で良いと考えていたのですけど」
「やはり、領主候補生としては手を抜くことなどできませんでしたわね」
顔を見合わせて苦笑いのわたし達だった。
翌日の午後の実技はシュタープの取得だ。
自分の中にある魔力を最も効率よく、思うままに扱うために最適な道具がシュタープで、これを手に入れてやっと正式な貴族となることができる。
シュタープの取得は一人前になるために重要なイベントなので、玄関ホールに集まった一年生の顔には興奮が見られる。
「全員集まりましたね?では、参りましょう」
シャルロッテの号令で講堂に移動する。
先生方から諸注意を聞き、礼拝室のような場所から祭壇の奥へ入るようにと説明された。まずは領主候補生が足を踏み入れる。
「御一緒してもよろしいかしら?」
ギレッセンマイアーのルーツィンデ様がシャルロッテの横に並ぶ。
「私もいいかな?一人だと寂しくてね」
にこやかに加わったのは、ハウフレッツェの・・・誰だったかな。
「ルーツィンデ様、ヴィクトール様、もちろんですわ。長い道のりもお話していれば楽しめそうですわね」
シャルロッテが如才なく歓迎し、四人で歩くことになった。
洞窟のような場所は大きく曲がるように白い道が続いていて、だんだん上がって行くようだ。人並み以下の体力しかないと自負する身としては、最後まで歩けるのか早々に不安が込み上げる。
「シャルロッテ様とローゼマイン様はいつも二人で一緒にいますけど、領地でもそのように仲が良かったのかしら?確か、ローゼマイン様は養女でしたわね?」
ルーツィンデ様は同腹の姉妹でもないのに仲が良いことを純粋に疑問に思ったのだろう。
「わたくしはシャルロッテが洗礼式前に初めてお姉様と呼んで挨拶してくださった時からずっと、本当の妹だと思って接していますわ。シャルロッテは可愛くてしっかり者で自慢の妹です!」
わたしは胸をはってシャルロッテと仲が良いことを肯定する。
「お姉様、恥ずかしいですわ。ルーツィンデ様、エーレンフェストは現アウブ、前アウブとも第一夫人しか妻がいないので、異母兄弟がおりません。そのため一族の人数は少ないですが確執もなく仲が良いのです」
カーオサイファが退場したおかげでね。まぁそんな実情は言わなきゃ分からないけど。
「まぁ。そのような領地もありますのね」
「第一夫人しか娶られていないのですか?第三夫人の次男で、適当な扱いしかされてこなかった私には想像もできない環境ですね」
ヴィクトール様がさらりと不遇をもらす。話し方がさっぱりしてるから悲壮な感じは全然しない。たぶん半分は冗談なんだろうな。
「ヴィクトール様はたしか、同腹のお兄様が昨年卒業されて貴族院の教師になられましたわよね?」
「えぇ、よくご存知ですね、ルーツィンデ様。その兄から卒業後のことを考えて、騎士か文官の資格を取ることを今から考えておきなさいと言われていますよ。どちらも興味があるので選び難いところです」
ははっ、と笑うヴィクトール様はその選択すら楽しんでいるように思える。
第三夫人の子だと卒業後もそのまま領主候補生ではいられないのかな?領地にもよるだろうけど、あんまり増えすぎても、ってのはありそうだね。
「どちらを取るか迷われているなら、いっそのこと両方取るのも一つの手ですよ」
「は!?両方・・・ですか?」
「わたくしの後見人は領主候補生、騎士、文官と三コース取って、今も三コース活かして仕事をしています。そういう人もいるので選択肢の一つとしていかがかと思いまして」
わたしみたいに「司書になりたいから文官コース」とか決めてるなら余計なお世話だけど。などと思っていたら、シャルロッテにそっと袖を引かれた。
「お姉様ったら、叔父様の例は特殊すぎますわ。安易にして良い提案ではございません」
「シャルロッテ様の叔父殿の話でしたか」
「えぇ、父の弟です。色々と飛び抜けている方なので、参考にはならないかと存じますわ」
神官長がシャルロッテの中で規格外扱いされているのはよく分かった。
それはヴィクトール様にも伝わったらしい。
「面白い選択肢ではありますが、覚悟も必要そうだ。コース選択の時が近付いたらまた話を聞かせてください」
「えぇ、もちろんですわ」
その後は領地の特産品の話などをしながら、長い道をひたすら進んだ。近くを歩いていた下位の領主候補生は、いつの間にかいなくなっている。そして、最初に気付いたのはシャルロッテだった。
「ありましたわ!」
岩の壁の一点を見つめて足早に近付いて行く。
わたしには何も見えないけれど、シャルロッテは大事そうにそこに手を伸ばし胸元で抱え込んだ。
「それがシャルロッテの『神の意志』なのですね?」
「はい。美しく光っていますわ」
「無事に見つかって良かったわ。どなたかにぶつかったりしないよう、気を付けて戻ってね」
「えぇ、皆様お先に失礼致します」
来た道を戻るシャルロッテを見送り、今度は三人で歩きだす。
「私には何も見えませんでした。やはり本人にしか見えないのですね」
「『神の意志』とは不思議なものですねぇ」
二人はおっとり話しながらも、あちこち視線を飛ばしている。シャルロッテが見つけたことで焦りが出たのだろう。
「見つけましたわ!」
しばらく歩いていると、ルーツィンデ様の嬉しそうな声が響いた。
「良かったですね、ルーツィンデ様」
「気をつけてお戻りくださいませ」
慎重な足取りで戻って行くのをまた見送り、ヴィクトール様と二人で更に進む。階段を上がり、更に歩き、また階段。
「・・・こんなに歩くことになるとは思いませんでしたわ」
「私もです。女性には辛い距離ですね」
「えぇ・・・運動は不得手なものですから、尚のこと」
苦笑いのわたしにヴィクトール様は気遣わしげな表情を浮かべる。良い人だな。そこから、そう歩くことなくヴィクトール様も『神の意志』を見つけた。
「ローゼマイン様はまだ進むのですか・・・。帰り道が心配ですし、ここでお待ちしております」
「ありがとう存じます。でも休みながらゆっくり進みますから大丈夫ですわ。先にお戻りになってくださいませ」
ヴィクトール様は何度か振り返りながらも、来た道を戻って行った。
ここから先に人の気配はなく、完全に一人で行かないと。ちょっと寂しい。しんと静まった洞窟の中を更に進むと、今までとは違う螺旋階段が現れたので上がっていく。
「わぁ・・・」
そこは光が差し込む白い広場だった。白い床が円状になっていて、真ん中に大木がある。その木の根元に虹色に光る魔石があった。わたしの石だ!
「頂戴致します」
わたしは『神の意志』の前に跪き手を伸ばした。やっと手に入れたぁ。
神官長から必ず持って行くように言われていた体力だけ回復する薬を腰から取り出し、片手で飲み干す。
じくじく痛みを訴えていた足が軽くなった。これで何とか帰りも歩けそうだ。
長い、長い、白い道をひたすら歩いて戻る。
わたし二度目のユレーヴェで健康になってなかったら、こんな長い距離は絶対歩けなかったよ。
神官長、マジ感謝!
礼拝室へ戻ると、待っていた教師達にわっと囲まれた。
「ローゼマイン様、あまりにも遅いので捜索隊を出そうか相談していたところでしたよ」
「怪我などはありませんか?ヴィクトール様からまだ先に向かったと聞いてはいましたが、心配致しました」
口々に声を掛けてくれるけど『神の意志』に触れないよう皆が一定の距離を離れて話すのがちょっと異様だ。
「先生方、ご心配いただきありがとう存じます。回復薬を飲みながら何とか無事に帰れました」
「怪我がないなら結構です。このまま寮に戻り、早目にお休みください」
「はい、ヒルシュール先生」
迎えに来ていたリヒャルダと騎士見習いに囲まれながら、やっとの思いで自室に着いた。もう一歩も動けません・・・。
「本日はこのままお休みいただいて結構です。ゆっくり魔石に魔力を流してご自身のものとされてください」
わたしの寝支度を整えたリヒャルダは、そのまま下がっていった。
疲れからすぐに眠っていたわたしは、翌朝起きると発熱に気付いた。体調不良は久しぶりだ、と感じたことで嬉しくなる。いつの間にこんなに健康になってたんだろうね、ふふふ。
「姫様、お目覚めですか?」
「リヒャルダ・・・久々に熱を出してしまったわ」
「まぁ!さすがはフェルディナンド坊ちゃまですね、発熱した場合に備えてお薬の指示が届いてますよ」
「うぅ・・・お見通しですか」
品質の良いシュタープにするためには他人の魔力が混じらない方が良いとのことで、リヒャルダは魔力を通さない手袋をはめて最低限の世話をすると、薬を渡して休むよう言って下がった。
ベッドでゴロゴロとしながら、自分の手のひらに収まるくらいに小さくなった魔石に魔力を流していくとあっという間に消えた。
「・・・お?できたのかな?」
わたし自信に変化は感じないけど、本当にシュタープは出るのだろうか。右手を目の前に伸ばし、大人達の持つシュタープをイメージする。
「あっ!出た・・・」
光るタクトが手の中にある。
「魔法使いっぽいなぁ。凄い」
それから暫く形を変えたりして遊んだけど、結局はシンプルなタクトの形が一番だと気付いたのだった。
熱が下がったら、神官長にお手紙・・・じゃなくて報告書を書かないとだね。