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話しながら、突然のアクビ。大きく開いた口を手で隠すが、「ふわっ」と出てしまった声が電話越しの有希子にも届いてしまった。
『あら、皐ちゃん。お昼寝の時間?』
「んっ……ゴメンね、有希姉。なんか最近、眠気が酷くて……」
なるべく気づかれないようにしてはいた。気づかれたらこの上なく面倒だからと言うのもある。
『ねぇ、皐ちゃん。やっぱり、アタシ達と一緒に住まない?』
その台詞を言われたのは、何度目だろうか。新一がコナンになってからは、有希子と会話をする度に言われている気がする。
「……ありがとう、有希姉……でも、ゴメンね」
その台詞を聞くたびに、あの悪夢を思い出す。
大学の卒業後、ロスに行って戻って来た時、この邸で皆が殺される夢。長い銀の髪を揺らす、冷たくも美しい男に殺される夢。それは、皐が眠るたびに繰り返される悪夢。
まるで、何かに対する暗示のよう。
それが何に対するモノかは分からない。ただの夢、自分の考えすぎだろうと切り捨てる事は簡単だ。しかし皐は、あの夢を単なる夢だと切り捨てられなかった。
――ゴメン、有希姉。原作の物語が終わるまでは、この邸から離れられないよ。
皐は元々、この世界に存在しない――それどころか、別の世界で死んだはずの人間である。それがどうしてか、目を覚ませば前の世界で物語となっていたこの世界に迷い込んでいた。しかもご丁寧に、この世界の主役となった少年と同じように、中身は大人のまま幼児化した姿で。
死んだ人間がどこへ行くのかなど、生きている人間には分からない事だが、皐の置かれた状況が異常である事は分かる。おまけに、よく分からない夢を見始めたのも、この世界に来てからだった。
――夢の中には、私がいた。
この世界は今のところ、物語と同じ道をたどっている。流石に二十年も前の記憶なため、細かいところは忘れてしまっているが、大まかな流れは覚えている。このままいけば、物語と同じ結末を迎えるだろう。
しかし、皐には不安要素があった。それが“工藤皐”という、物語にはいなかった自分の存在である。
いるはずのない人間がいる事で、物語に何の影響をもたらすのか分からない。最悪、あの悪夢で見た終わりになる可能性も否定できない。
――考えすぎかもしれない。けど、無視は出来ない。
あの男が夢に出てきた以上、組織が力を持っている間は、この邸を離れるわけにはいかない。
夢ではロスから帰って来たところを殺されている。なら少なくとも、皐がロスに行かなければ、あの悪夢は起こらない。
原作では優作と有希子はロスから拠点を移していない事もふまえ、皐は一人でこの邸に残る事を決めた。
『……そう。でも気が変わったら、また連絡してね。私と優作は、いつでも待ってるから!!』
「うん。ありがとう、有希姉」
なんとか機嫌が直った有希子にホッとしつつ、皐は電話を切った。
廊下にある時計を見れば、時刻は既に正午を過ぎている。
――眠気も強いし、適当に食べて寝ようかな……。
出てくるアクビを噛み殺しながらダイニングの方へ入った後、玄関の方から微かに物音が聞こえてきた。気のせいだろうと思いはしたが、念のため、まだ閉まりきっていない扉の隙間から覗き見ると、見知らぬ男性が玄関で靴を脱いでいるところだった。
――……誰?
見覚えのない彼に、皐は強まる眠気を押し殺して考える。しかし、それよりも早く眠気が強まり、皐の思考は停止を始めた。
男性に見つからないよう、皐はフラフラとしながらダイニングの奥へと移動する。そして、手前の扉から死角になる位置の壁に背を預け、そのままゆっくりと座り込んだ。
――…………すごく、眠い……
ここから逃げなければと思う以上に、視界が黒く染まる方が速い。
もう、何も考えられない。
閉じる瞼に逆らう事もできず、皐は静かに意識を失った。
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