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何だろうか。
「――――」
遠くの方から何かが聞こえる。
「――――」
低い男性の声。何を言っているのかは、分からない。
「――――」
徐々に近づいて来る話し声は、落ち着いていた。心地よく、穏やかな声だ。
「――――」
身近では聞いた事のない声。でも、遠い昔に聞いた事があるような声。
――……誰?
ボンヤリとする意識の中で皐がそう思っていれば、その声は一気に近くなった。
「……ですか。ええ」
そっと目を開けると、視界には見慣れた天井が飛び込んでくる。
「分かりました……それでは、また何かあったら連絡しますので」
はっきりと話し声が聞こえるようになり、皐は声がする方へ視線を向けた。声の主は会話を終えたようで、子機の通話終了ボタンを押している。
「おや……おはようございます」
振り向いた彼は、目覚めた皐と目を合わせると、柔らかく微笑んだ。
「どこか、調子の悪いところはありますか?」
「いえ、特には……」
見知らぬ男の登場に、皐は戸惑いながら返事をした。
「ダイニングを覗いたら、貴女が倒れていて……そのままにしておくのもどうかと思いまして、この部屋のベッドに運ばせてもらったんですが……」
「そう、だったんですか……ご迷惑をおかけしました」
「お気になさらず」
彼女は返事をした後で上体を起こし、改めて男を見つめた。明るめの茶髪に、糸目をしており、黒いフレームの眼鏡をしている。知的な好青年のように見える彼は、何者なのか。
――どこかで、見た気がする……
記憶の曖昧なそれは、この世界に来る前の話だからか。
「……あの、すみません。貴方は……?」
記憶の掘り起こしは後でするとして、皐は現状把握を優先させるため、見知らぬ彼に声をかけた。
「ああ、すみません。自己紹介がまだでしたね。僕は沖矢昴です」
「……沖矢、昴さん」
やはり、どこかで聞いた事のある名前。しかし、喉の奥で引っかかったように、その人物名が思い出せそうで思い出せない。
「貴女は、工藤皐さん……でよろしいですか?」
「……はい。そうですが……どうして、私の名前を?」
名乗った覚えがないのに、皐の名を知っている沖矢。そんな彼を警戒しながら見つめると、沖矢は苦く笑った。
「ここを紹介してくれた少年に、貴女の名前を聞きましてね……」
「……少年……ですか」
「ええ。住んでいたアパートが燃えてしまいまして、新しい住居が決まるまでの間、住む場所を探していたんです」
沖矢が言うには、その火事が放火によるものだったらしく、警察に事情聴取をしている時に少年――コナンと会ったそうだ。コナンの推理で事件は無事に解決したが、沖矢は単身でこちらに来ていたらしく、頼れる人もいない。困った状況に悩んでいると、コナンにこの家で住む事を提案されたのだと言う。
「提案された時は、誰も住んでいないと言われたんですが……倒れている貴女を見つけた後、コナンくんに確認をしましたら、どうも連絡の行き違いがあったようで……」
困ったように笑う沖矢の話を、皐は静かに聞いていた。何かしら思うところがあるのか、少し考え込んだ後、皐は沖矢に向き合って口を開く。
「コナンくんは、どちらに?」
「火事に巻き込まれたお友達のお見舞いに行かれましたよ。終わったら、こちらに来ると言っていましたので、もう少し時間がかかるかと思われますが……」
言葉を濁す沖矢に、皐は「分かりました」と言いながら、ベッドから降りて立ち上がる。しかし、起き抜けのせいかバランスが取れずにふらつくと、傍にいた沖矢が皐の身体を支えた。
「大丈夫ですか?」
「すみません。ありがとうございます」
支えてもらった皐は、沖矢からすぐに離れる。
コナンに詳しく聞きたい事もあり、その事を話した後、皐は沖矢と共に寝室から移動した。
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