太陽が空高く昇る午前十時。ベッドで眠っていた皐は、勢いよく飛び起きた。

 彼女の表情は苦痛に歪み、何かに怯えている。寝汗も酷く、毛先が濡れて肌に張り付いていた。

 皐は右手を額につけ、痛む頭を抑えるようにしている。


「覚悟は、してたんだけどね……」


 昨日よりも鮮明に、昨日よりも恐ろしくなった悪夢。そのおかげで沖矢の正体を知る事ができたが、その代償はあまりにも大きかった。





 いつもと同じ夢の始まり。

 桜の木を眺める皐。

 違ったのは、笑顔で駆け寄ってくる後輩の後ろ。

 見覚えのある長い黒髪の男を見て、霧の中に隠されていた記憶が鮮明になった。


――そうだ。彼は……


 男の正体が分かっただけでも、皐にはダメージが大きい。しかし、悪夢は容赦がなかった。

 撃たれた後輩を見て、抜け殻のようになってしまった男。

 周りが火の海になったと同時に、銀髪の男と戦い始めていた。それはまるで、壊れた殺戮人形のように――

 司令塔を失い、自分の身体が使い物にならなくなるまで、ただひたすらに戦い続ける。




 笑う銀と、虚ろな黒。




 意思がある者と、そうでない者。




 争いの決着は早く、最後に倒れたのは黒髪の男だった。







 夢の内容を想い出して、皐は大きく溜息をついた。これからの事を考えると、実に頭の痛い展開になってくる未来に不安が過る。


「…………私は……」


 ポツリ、呟いた言葉と共に、コナンの顔が脳裏を過ぎる。

 それをきっかけに、蘭や園子、灰原、歩美、元太、光彦。知り合いの子ども達の顔が浮かび、有希子や阿笠といった、大人達に変わっていく。皆が皆、不安そうな、悲しそうな、そんな顔ばかりが浮かぶ。


――どうすれば、あんな顔をさせずに済むのかな。


 皐の推測が当たっていれば、おそらく沖矢はこの場所に住み続ける事になる。そして、彼と共に皐がこの家に住み続ければ、裏の事情を知る人達――特に、常から皐を巻き込みたくないと思っているコナン達が、事ある毎に口出しをしてくるようになるだろう。


 皐を危険から遠ざけたい。


 その気持ちが痛いほど分かるから、皐自身、彼らを無下に扱えない。しかし、あの夢を無視する事もできない。

 夢の事を伝えられればいいのだが、それをしようとすれば、何かに阻まれるように眠りへ落ちる。原作の事、自分自身の事も同じで、率直に話そうとする時点で意識が飛んでしまう。

 かなり回りくどい言い方であるなら何とかなるが、一定のラインを超える言い方をしてしまえば、たちまち眠りがやってくるので、慎重になる。


――どうすれば……


 迷いながら、様々な人達を思い浮かべる中、一人だけ、いつものように笑って振り向いてくれる人がいた。

 穏やかに、優しく、落ち込んでいる時には、黙って傍にいてくれた人。話せないラインが存在するため、吐き出しても何の事だか分からない話を、最後まで聞いてくれる人。


「――――」


 小さな皐の呟きは、響く事なく消えてゆく。


 しばらく悩んで動きを止めていた皐は、無造作にシーツを退かし、ベッドから脱け出して着替えを始めた。

- 12 -

*前 | 戻る | 次#



ALICE+