眠くて重い身体を引きずり、皐は電話を取った。迷わず押した番号の先。

 果たして期待する人物は出てくれるのか、心配だった。


『やぁ。久しぶりだね、皐。そろそろ連絡をくれる頃じゃないかと思っていたよ』


 二十年という長い付き合いだからか。それとも、この人だからなせる技なのか。


「……急にゴメンね、優兄。今、大丈夫?」

『ああ。有希子は友人と出かけているし、私も仕事を終えている。安心して、ゆっくり話してくれるといい』


 コール音の後から聞こえた穏やかな声に、皐はホッと息をついた。


「あの、さ……私……前にも、その……この家に住んでいたいって言ったの、覚えてる?」

『ああ。覚えているよ』


 その優しい声に、皐は泣きそうになった。


「……あの子を、困らせたいわけじゃなくて」

『ああ』

「皆を、不安にさせたいわけでもないの……」

『ああ』

「でも……」


 皐は言葉を切った。どこまでのラインで言えばいいのか、必死に考える。

 核心をつく事は言えない。

 言おうとすれば、何かに阻まれるように眠ってしまうから――それは出来ない。


「……」


 考えて、考えて――でも、言うべきか迷った。

 あの少年が真剣に言っていたから、今から言うコレが、酷く自分勝手な言葉に思えて仕方ない。

 言ってしまえば、きっと力になってくれる。けれど、それでいいのだろうかとも思うのだ。


『……皐』


 不意に呼ばれた名前に、皐は酷く動揺した。


『お前は、どうしたい?』

「……っ」


 視界がボンヤリとし始めて、自分の感情が高ぶっているのだと感じる。


「…………きっと私、あの子に会うべきじゃなかった……でも、優兄達がいるロスに行くのは、なんだか違う気がして……」


 少しずつ、少しずつ、思いが言葉として紡がれる。


「今更、遅すぎる気がして……だから……」




 静かに、涙が零れた。




「……ごめんなさい」


 涙と共に零れたのは、皐の本音。

 有希子の気持ち、コナンや灰原、そして沖矢の負担を考えれば、足手まといになるであろう自分は、ここにいるべきではない。きっとコナンと出会う前に、この邸から出るべきだったんだろう。

 けれど、ここを離れる事で、あの悪夢が現実になる可能性が高くなるのだとしたら。本来いるべきではない存在がいる事で、歪められてしまった未来があるのだとしたら。

 そう考えるだけで、背筋が凍った。どうすればいいのか分からなくて、身動きが出来なくなってしまった。


「ごめんなさい、兄さん。きっと私、間違えた。でも……どうしようもなくて……私……ごめんなさい」


 何故。


 そう問われても、答えられないもどかしさに悩まされ。それでも考えて発した言葉は、きっと要領を得ないモノ。

 何が言いたいのかなど、分からないモノになってしまっていた。

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