通話を終えた皐は、しばらくその場から動けなかった。いつの間にか止まっていた涙が、また溢れて止まらないのだ。

 緊張の糸が切れたのか、眠気も酷くなり始め、電話の置かれた台を支えに立っているのがやっとである。

 自分が思っていた以上に溜めこんでいたようで、安堵と共に流れる涙は止まる気配がない。

 優作には気にするなと言われたが、やはりこれからの事を思うと不安が大きくなるばかりである。


「……皐さん?」


 そんな不安定な感情を安定させようとしていると、後ろから声をかけられた。

 慌てて涙を拭うが、止まる気配はない。

 何度か目元を擦っていると、その手首を掴まれる。反射的に顔を上げれば、難しい顔をした沖矢と目が合った。


「そんなに擦ったら、目元が赤くなってしまいますよ」


 そんな事を言いながら、彼は皐の目元を軽く拭う。


「……すみません」

「えっ」


 沖矢からの急な謝罪に、皐は困惑した。


「貴女が何故、泣いているのかは分かりませんが、原因は僕ですよね?」

「……ち、違うんです。私は、その……」

「ここに住んでいたのは貴女です。泣くほどまでに追い詰めていたというのなら、僕はこの邸ではなく、他のところに……」

「駄目!!」


 沖矢が工藤邸に住まない。そんな事になれば、これからの流れが変わってしまう可能性がある。

 皐は沖矢の突然の申し出に焦り、声を荒げた。


「ですが……」

「貴方はこの邸に住む必要があるんです!! むしろ私の方が、移動するべきなんです。なのに……」


 首を横に振りながら言うそれは、まるで駄々をこねている子どものようだった。けれど、皐はそんな事どうでもいいと思ってしまうほどに焦っていた。


「しかし、家主の親族を追い出してまで、住む事もできませんし……」


 戸惑う沖矢の腕を掴み、真実を叫ぼうとした皐。だが、それよりも早く思考が黒く塗りつぶされる。


「……どうして、何で……」


 遠のく意識に抗うように、皐は沖矢を見上げた。

 ぼやけた視界の向こう側。皐には、沖矢がどんな表情をしているかなど分からなかった。


「……っ……お願い。私じゃ……」


 けれど、伝えなければならないと思ったのだ。

 存在するはずのない未来を、存在させないままに、するためにも。


――守れない。


 たった一言。伝えられないもどかしさに悔しさを覚えながら、皐は眠りについた。

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