泣きながら眠った彼女を抱き上げ、寝室へと向かう。苦しそうな表情で眠る皐は、触れれば壊れてしまいそうなほど、儚く見えた。

 盗聴していた優作との会話で彼女の言葉に疑問を覚えたからこそ、沖矢はその疑問を解消すべく不安定な皐の感情を利用したわけだが――


――少々、やりすぎたか。


 あそこまで過剰に反応されるとは思っておらず、今更ながら悪い事をしてしまった気がした。


 出会ってそれほど時間は経っていないが、皐は聡明で自分の立場もよく理解している女性だと、沖矢は考えている。

 昨日の電話でコナンに確認を取った時、皐は“沖矢昴”の正体について何も知らないと伝えられた。そして、灰原を狙い、コナンが追いかけている組織の存在を知ってはいるが、皐を巻き込まないためにも、それ以上の事については教えていないのだとも言われた。

 しかし彼女は、コナンとのやり取りだけで沖矢が協力者である事、隣の家に住む少女を守るため、コナンが沖矢に協力を仰いだ事を見抜いた。そして、コナンがこの件に彼女を巻き込みたくと遠回しに主張している事、このまま自分がこの邸に留まれば足手まといになる可能性がある事を、しっかりと理解している。

 そうでなければ居候となる赤の他人の沖矢をこの邸に留まらせ、家主の親族である皐が邸を離れる、などと言う展開になるはずもない。


 その上――


『……っ……お願い。私じゃ……』


 守れないと、沖矢に伝える事もしなかったはずだ。


 だが、皐の言動には一つだけ不可解な事があった。


――彼女は何故、この邸から離れられないのか……


 皐は自分の立場を理解しながら、離れられないと迷うのか。自分で思うのもなんだが、見た目のいい男と一つ屋根の下でラブロマンスなど、そんな理由ではない事は間違いない。

 むしろ、離れる事で何か不吉な事が起こるのを知っている。それを恐れ、それに怯えていた。だからこそ、離れられないのだと言っているようにも思えた。


――理由を言う前に、眠ってしまった事も気にはなる。


 先程の眠りは、自然に眠ってしまったと言うよりは、故意に眠らされたと表現する方が当てはまった。まるで、かの組織に利用され、口封じのために殺されてしまった人々のように――


 考え事をしていれば、あっという間に辿り着いた皐の寝室。中に入ってベッドに寝かせ、身体が冷えないようにシーツをかけられた彼女の表情は、涙が止まらず痛々しい。

 それは、かつて愛し、その愛を自覚する前に別れ、亡くなってしまった女性の泣き顔にも似ていた。

 組織と言う名の鎖に縛られ、苦しみ、影で泣いていた。自分だけではどうする事もできないと知りながら、それでも足掻き、全てを小さな背中に背負って――そして、殺された彼女に。


「…………お前も、何かに縛られているのか……」


 一人ではどうする事も出来ない。けれど、誰にも頼れず、何かに怯えて苦しみ、それでも足掻いているのだろうか。


 沖矢はしばらく、眠る皐を眺めていた。

 そんな時、皐がうわ言のように呟きを放つ。




――……っ……ん……やめっ……




 か細いそれは、注意深く聞いていなければ聞こえないほどに小さかった。しかし、沖矢の耳には、確かにその呟きが届けられた。




 思い、焦がれる宿敵/恋人の名が――




 それから彼は、かけている眼鏡を妖しく光らせる。

 組織のメンバーを知らないはずの彼女が、何故その名を呟いたのか、何に対して制止を訴えたのかは、分からない。

 その上、彼女自身が謎に包まれた人物である事には変わらない。


――……馬鹿な女だ。


 しかし、彼女が涙を流す理由に、あの男が関わっているのであれば、聡明な彼女がコナン達に余計な負担をかけぬよう、沈黙していた可能性はある。


――……守る対象が一人増えたところで、問題はない。


 任務は必ず遂行する。その事に、変わりはないと言わんばかりに、彼は不敵な笑みを浮かべた。

 静かに流れる涙を拭った沖矢は、眠る皐から離れて、寝室から出て行った。

 パタリと音をたて、寝室の扉が閉まった後。皐の手が透け始めている事に気がつかないまま。


守り人達が手を伸ばす
(だから泣かないで、愛しい人)

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