違う形で出会っていたら?


 眠りから覚めて時計を見た。

 最早、習慣化しているこの動作。


「……あれ?」


 時計の針は五時を過ぎたところ。

 泣きながら眠りについたのは、確か午後六時頃。


 一日寝てしまったのだろうか?


 そう思いながらベッドに座り、枕元に置かれている携帯を開けば――


「……嘘」


 ディスプレイに表示された日付と時刻に、顔が青くなった。


「……一週間後の、午前五時……」


 ポツリと呟いた後に、寝室の扉がゆっくりと開く。

 静かに入って来たのは、久しく会っていない義姉だった。


「……有希姉?」


 小さく有希子の名を呼ぶと、勢いよくこちらに顔を皐に向ける彼女。

 困惑気味な皐と目が合うと、合間を置かずに泣き顔になる有希子。

 目元に涙を浮かべ、身体を震わし、恐る恐る唇を開いたところで――


「皐ちゃーん!!!!」


 と泣きながら叫び、ベッドに座っている皐に勢いよく飛びついた。

 なんとか倒れずに受け止めた皐は、子どもの様に泣き叫んでいる有希子の頭を撫でるしか出来ない。


「有希姉……ゴメンなさい」


 小さく呟いた言葉は、しっかり有希子に届いていたのか、彼女は抱き締める腕の力を強める。

 皐も抱き締め返し、身体を寄せた。


 しばらく二人で抱き合っていると、中途半端に開いていた扉が更に開いた。

 扉を開けた人物と目が合った皐は、彼の名を呼ぶ。


「優兄……」

「おはよう、皐。今回は随分と、長い眠りだったようだね」

「……うん。ゴメン……心配かけて」

「目が覚めたなら、それで構わないさ」


 穏やかに笑いかける優作。

 皐もつられて笑うと、泣いている有希子に視線を落とす。


「さて、有希子。皐は着替えがあるから、私達は下にいようか」


 優作の問いかけに、有希子は首を横に振る。

 皐を離さないとばかりに、更に強く抱き締めた。


「心配はいらないさ。これだけ長い時間、眠っていたんだ。しばらくは皐も起きているよ」

「……でも」

「有希姉、大丈夫だよ。今は眠気もなくて気分がいいの」

「本当?」

「うん。だから、待ってて? 着替えたら、リビングの方に行くから」


 渋る有希子を優作と共になだめると、彼女はようやく皐から身体を離した。


「約束、破っちゃ駄目よ!!」


 未だ涙が乾かぬ目元を擦りながら、有希子は優作と共に部屋を出て行く。

 皐も二人が出て行ったのを確認した後、ゆっくりとした動作で着替えを始めようとした。


「……?」


 その時、右手が温かい事に気がついた皐。

 少しだけ疑問に思ったが、泣きはらした有希子の事を思い出し、皐は慌てて着替え始めた。





 スリッパの音をたてながらリビングへ向かう。

 ゆっくりと中に入れば、そこには優作と有希子。

 そしてもう一人、男性の姿があった。


「皐ちゃん! こっちよ」


 見覚えのない男性の後姿に戸惑いを感じたものの、皐は近寄ってきた有希子に連れられ、ソファに座った。

 そこでようやく、皐の視界に男性の顔が映り込む。

 皐は彼の顔を見て、目を見開いた。


 黒い短髪に、黒いニット帽。

 癖のある前髪に、寝不足が目立つ目元。


「…………沖矢さん?」


 一見すれば、男と彼に共通点は見いだせない。

 皐の知る彼とは、似ても似つかないから。


 それでも、似た雰囲気を感じ取った。

 ぼんやりと覚えている紙面上の姿と重なって。

 だからこそ、知っている方の彼の名を呼んだ。


 小さく呟いた言葉に、男性は苦く笑う。


「この姿で会うのは、初めてですね」


 小さく笑う彼に困惑しながら、皐はゆっくりと首を縦に振る。


「皐ちゃん。彼は赤井秀一さんって言って。お仕事はFBIの捜査官なの!! 今は潜入捜査中で、普段は沖矢くんとして変装しながら暮らしてるんだけどね」


 有希子が赤井の紹介をしてくれたが、皐の困惑は晴れないままだった。


「……皐」


 優作に名を呼ばれ、彼に視線を向ける。


「ゆっくりで構わないよ。君が思っている事を言ってごらん」


 少しの戸惑いを見せた皐は、視線を下げる。


「……いつもと違うから、驚いて」


 今まで、事前に何かを知らされる事はほとんどなかった。

 事が終わっても、知らされる事はなかった。


 時折、コナンや有希子に尋ねる事はあったが、全てはぐらかされる。

 それが、彼らなりの気づかいだった。


『巻き込みたくないんだ』


 ある時、コナンにそう言われてから尋ねる事もやめた。

 尋ねる事で彼らを困らせるのなら、訊かない方がいいだろうと思って。

 どうせ、何も出来ない事は分かっている。

 だから今回も、沖矢の事については何も訊かなかった。


 物語もここまで進んだのか。


 そう思う事はあったが、それまで。

 沖矢と暮らす事は出来ても、赤井と会う事はないだろうと思っていた。


 それが、何故?

 今になって、一体どうしたのか。


「一言で言ってしまえば、私の我儘ですよ、皐さん」


 困惑している皐に答えたのは、赤井だった。

 予想もしていなかった返答を彼から受け、ますます困惑する皐。


「このまま共に暮らすのなら、ちゃんとした形で挨拶したいと彼が言ってね……」

「でも、私は知らない方が……」


 助け船を出すように優作が言えば、皐は焦る様に口を開く。


「通常なら、そうでしょう。だが、貴女は知らなさすぎる」

「……?」


 赤井の言葉に疑問符を浮かべ、首を傾げる皐。


「この家に彼と住むのであれば、これから先、皐が事件に巻き込まれる場合もあるだろう。誰が敵で誰が味方なのか、少なくとも、一番身近な頼れる人を知っていた方がいいだろうと言う事になったんだ」

「迷惑でしたか?」


 優作と赤井の二人に言われ、慌てて首を横に振る皐。


「いえ! そんな事は……」

「では、改めて……」


 差し出された大きな掌。

 皐はその手と握手をし、改めて挨拶を交わした。


違う形で出会っていたら?
(本当の貴方と、改めて)



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