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セイレーン
気にしてるのは俺のほう
あの目が忘れられない。
間近で見た松島の目が…
「それにしてもこの間の松島にはビックリしたな。三井からゴールを奪ったし、あのテクニック。」
木暮の声にハッとする。
「渚先輩は特別ですよ〜。」
「やっぱりバスケ、やっていたのか?」
彩子の自慢そうな声音が三井の耳にも入ってきた。
木暮の質問も無理のないこと。
現役男子バスケ部のレギュラーから一般女子生徒がゴールを決めるなど、耳を疑うような話だ。
しかも180cmを超える相手を、高度なテクニックを披露してゴール間際で抜き去ったのだから。
「彩子、いい加減教えろよ。松島、バスケやってたのか?」
「私からは言えませんってば!聞くなら渚先輩に聞いて下さいよ。」
「あいつはここにいないだろ?」
「そーですけど。」
首にかけたタオルで流れる汗を拭きながら話に入って来た三井に、彩子は困ったように眉を下げる。
「三井先輩も渚先輩が『内緒ね』って言ってたの、聞いてたでしょ?渚先輩を怒らすと怖いんだから、私は何も言いませんよ!」
「松島が?怖い?」
「怖いですよ!ねえ、流川?」
「…」
少し離れたところで休憩をしていた流川は、急に話を振られてのそりと近寄った。
「何すか?」
「渚先輩、怒ると怖いよね?」
「…うす。」
長い沈黙の後で、流川はコクリと頷く。
ほら見ろと視線を投げつける彩子に苦い顔をして、三井は流川に聞いた。
「松島はバスケ経験者なのか?」
「…渚さんの妹、松島湊っす。」
「あっ、流川!渚先輩、内緒にって言ってたわよ!?」
「…マジすか?」
「うん。あ〜あ、知〜らない!」
彩子の言葉に、流川は顔を歪める。
どうやら、どうしたものかと考えあぐねているらしい。
「…彩子センパイ、内緒に…」
「できないわよ、楓君?」
妙に明るい声が流川の後ろから聞こえてきた。
それを聞いた途端、流川は面白いほど顔を更に歪める。
彩子もマズイ…と動きがぎこちなくなった。
「あ〜…渚先輩!今日はどんなご用事で?」
「楓君が予約していたもの、持ってきたんだけど…あげない!!」
プンと横を向いて臍を曲げている渚の姿は珍しい。
初めて見る彼女の行動に、三井の胸がドクリと音を立てた。
…ちょっと待て。
俺は一体どうしたんだ?
今は女なんて考えられねえだろ!?
県大会を勝ち抜いて全国へ行くんだから!!
それなのに…何で松島から目が離せないんだよ?
胸の鼓動を誤魔化すように、三井は首にかかっているタオルで乱暴に顔を拭った。
渚の腕には、水筒と紙袋が抱えられている。
それが渚の言う『流川が予約していたもの』なのだろう、気配を殺すようにそっと流川が手を伸ばした。
「ダメ!」
すぐに気付いて彼の手をぺシンと叩く渚に、流川はチッと舌打ちをする。
「…ちょーだい。」
「いや!だって湊のこと、バラしちゃったでしょう?内緒ねって言ったのに。」
「俺は約束してねえ。」
「…それでもダメ!」
確かにそうだと一瞬納得した渚だったが、直ぐに気を取り直して再度拒否する。
そして松島湊の名に驚いている木暮にずいっと紙袋を差し出した。
「木暮君、もしよかったらもらってくれない?今日の家庭科部で作ったマフィンなんだけど…」
「えっ?俺?」
「うん。甘さ控えめにしたつもりだし、部活が終わった後にでも。」
「じゃあ、ありがたく。」
「あっ!誰かと分けるのはいいんだけど、彩ちゃんと楓君だけには分けないでね!」
「そんなぁ!渚先輩、私は無罪ですよ〜!!」
「楓君を止めなかったもの、同罪よ。」
ねめつけるような視線で彩子を見ると、渚は睨むように流川を見る。
「なあ、松島湊って誰なんだ?」
「…カワイイカワイイ私の妹よ。」
話についていけない三井が渚の隣に移動して聞く。
それに対して、全然気持ちのこもっていない声を彼女は返した。
事情を知っている彩子は渚の言葉にプッと吹き出す。
「可愛いじゃないですか、湊。湘北に来てほしかったぐらいですよ。それより、渚先輩。その水筒は?」
「これも楓君に持ってきたの。でも、持って帰るけど。」
「もしかして渚先輩の特製ドリンクですか?」
「そうよ。」
「え〜、いいな〜!」
「今日は彩ちゃんにもあげないから!」
「じゃあ俺にくれ。」
「…え?」
言葉と同時に腕から水筒が抜き取られる。
渚が驚いてその行く先を見れば、三井がニッと笑って水筒を掴んでいた。
中身を確かめるようにチャポチャポと揺らす。
「あの…三井君?」
「いいだろ?俺が飲んじゃダメなのか?」
「や、あの…そうじゃないけど…」
「じゃあいいじゃねえか。ちゃんと洗って返すしよ。」
上機嫌で渚を見る三井は、フンフンと鼻歌を歌い出す。
「…口に合わなかったら、捨てちゃっていいから。」
「おう。」
そんなことはねえだろうな、と三井は思う。
あの流川に差し入れするくらいのドリンクなのだ。
きっとバスケの最中に飲むものだろう。
恨めしそうに水筒をガン見している流川に対して、三井は変な優越感に浸りながら水筒を持ち直した。
2013.06.05. UP
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夢幻泡沫