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セイレーン

心はもはや穴だらけ



「…松島。」
「え?あ、三井君。こんばんは。」

声を掛けられて初めて気が付いたようにパッと顔をあげた渚は、タタッと三井に寄ってきた。

「こんな時間からお出かけ?」
「違えよ、用事が終わって帰るとこだ。お前こそ、こんな時間に何やってるんだ?」
「私?塾の帰り。」

肩にかけたバッグを引っ張りながら渚は肩を竦める。

そんな仕草も可愛らしいと思ってしまうのは、重傷だってことだよな…。
初めて見る私服姿もいいじゃねえかよ、チクショウ。

渚をじっと見つめてしまっていたことに気づき、顎の傷跡を掻きながら慌てて視線を逸らす。
けれど、彼女のことをもっと見たい。
揺れ動く三井の気持ちも知らずに、渚はコテンと首を傾げて彼を見上げた。

「三井君は?何の用だったの?」
「…俺は病院。膝を診てもらってた。」
「どう、だったの…?」
「問題ねえって。」
「よかった!」

まるで我が事のように喜ぶ渚に、三井の頬も緩む。

「明日からいよいよ正念場なんだよね?頑張ってね。」
「おう。」
「行けるといいね、全国。」
「行くさ、必ず。」

すごい自信、とクスクス笑う渚に自然と目が細まる。
こんな風に無防備な笑いが見れたり、普通に話せるようになったりするようになるとは思わなかった。
初めて俺が声を掛けた時の怯えようと言ったら…。
原因は昔の俺なんだが。
初めて呼び出した時のことを思い出しながら、しげしげと渚を見る。
そんな三井の視線は気にならなかったのか、渚は笑いが止まると躊躇せずに別れの挨拶を口にした。

「怪我、気をつけてね。それじゃ、また学校で。」
「…松島!」

軽く手を振りながら横を通り過ぎていく彼女をボーっと見送ってしまった。
慌てて三井が大声で呼びかけると、くるっと振り返って立ち止まる。

「…送ってく。」
「え!?いいよ、そんなに遅くないし。」
「でも夜だ。」
「そうだけど、三井君の方こそ早く帰って明日に備えた方がいいんじゃない?」
「ぐっ…」
「私は大丈夫だよ。ありがとう。」

正論を言われ言葉に詰まってしまった三井に、渚はふわりと笑う。

「頑張ってね。」
「…なあ、松島。試合、見に来ないか?」
「え?あ、うん。もともと行くつもりだったよ。」
「…流川の応援か?」
「うん。楓君もそうだけど、湘北バスケ部を見に行くんだよ?」
「俺の応援は?」

流川の応援だってことは聞かなくても分かっていたのに、つい聞いてしまった。
その上、ムキになって自分も応援しろだなんて子供じみた我が儘を言ってしまう。
口にしてからヤベッと手で覆った三井の行動を、渚は不思議そうに首を傾げながら見た。
それから何でもないことのようにサラリと肯定する。

「するよ、もちろん。勝ってね!」
「…おう。」

ニッコリと笑った渚の顔に、頬が熱くなる。
三井は視線を逸らしながらそれだけしか言えなかった。



『武石中の三井』の名は、同世代でバスケに関わりのある人なら誰でも知っていた。
彼の粘り強いプレイも、抜群のバスケセンスも、何より手本そのものの3Pシュートフォームも。
初めて見た三井の姿に渚の目が釘付けになる。
渚も三井のことを名前だけは知っていたが、こんなプレイをするとは思ってもみなかった。
綺麗、その言葉がぴったりだと思った。
彼が放ったシュートはゴールネットを巻き込んで美しい音を鳴らす。

「…綺麗なシュート…」
「うん。三井寿の復活かぁ。今年の湘北は楓もいるし、あのCもPGもすごいし、いいところまでいくんじゃない?」
「そうね。湊と楓君、2人揃って全国に行けるといいね。」

ゲームに目を奪われたまま、渚は隣に座っている妹と会話をする。
中学時代の三井を見たことのある湊は、彼の変わらない姿に興奮していた。
それでも何試合か見て分かった三井の欠点を、現役プレイヤーらしく冷静に分析する。

「三井寿の3Pは相変わらず怖いね。だけど、やっぱり2年のブランクが響いちゃってるよ。後半、スタミナがなくなってバテバテ。」
「…でも最後まで諦めない姿勢はすごいと思う。」
「それ、当然のことだから。全国かかってるんだし、湘北はメンバー全員がベンチ入りだからね。気持ちってプレイによく現れるんだよ。一人が諦めたら連鎖反応起こして、勝てる試合も勝てなくなる。」
「そうかもしれないけど、三井君はっ…!」
「お姉ちゃん?何でお姉ちゃんがムキになってるの?」
「え?あ、ゴメン…。何でだろう、よく分からないけど…。でもやっぱり…綺麗だな、三井君。」

…目が離せない。
肩で息をしていても体勢が崩れてもシュートを決める姿から。
腰を低く落として相手と対峙する気迫あふれる姿から。
サイドラインを割ったボールに飛びつく姿から。
力尽きてコートから仲間に支えられながら去っていく姿から。
ベンチからあらん限りの声を張り上げてコート上の選手を激励する姿から。
バスケから離れた2年間を、三井がどう思っているかなんて知らない。
けれど後悔はしているのだろうと渚は思う。
そうでなければ負けた相手に何度も勝負を持ちかけてくるのだろうか。
委員会を交代してまで部活に参加しようとするのだろうか。
あんなに眩しい笑顔でお礼なんか言うのだろうか。
どんな思いで彼は仲間に声を掛けているのだろうか。
体がついていかない自分を嘆いて悔やんで、けれどもう仲間に勝負を託すしかなくて。

「…涙、出そう…」
「お姉ちゃん?」
「何でもない。行って欲しいな、全国に…」

潤んだ瞳で三井を見ながら、渚は祈るように呟く。
熾烈なリーグ戦の結果、強豪校ひしめき合う県の激戦を勝ち抜いて湘北高校は全国の切符を手に入れた。


2013.06.26. UP




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夢幻泡沫