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セイレーン
恋なんて馬鹿じゃなきゃできない
「渚センパ〜イ!助けて下さいっ!!」
「…何?どうしたの、彩ちゃん?」
開口一番に助けを求めてきた後輩に、渚の頭に悪い予感が走った。
下校途中に彩子に捕まってしまった渚は、さりげなさを装いつつ校門へ歩みを進める。
彩子の後ろには怒り心頭の赤木、苦笑している木暮、それから不貞腐れたような顔をした問題児軍団が固まっていた。
「渚先輩っ!後生ですから、お願いしますっ!!せっかく全国の切符を手に入れたのにぃ〜!!」
「…あの噂、本当だったんだ。」
「本当も何も、追試が明日なんです!今日は徹夜で教え込むんですっ!渚先輩、頭イイでしょ!?助けて下さいよ〜!!」
「う〜ん…私、今日も塾があるんだよね。」
ごめんね、と校門を出たところで渚は彩子と反対方向を向く。
そのまま手を振って別れるつもりでいたのだが、彩子はそうはさせなかった。
しっかりと渚の腕を掴んで離さない。
「塾が終わった後でいいですからっ!お願いしますっ!!」
「…バスケ部には赤木君がいるじゃない。木暮君も彩ちゃんも優秀でしょ?3人で見ればあっという間だと思うけど。」
「甘いっ!渚先輩は甘すぎますっ!!数が半端ないんですよ〜。桜木花道なんか7枚ですよっ!?」
「え…っ!?」
聞いたことのない世界に思わず絶句する渚に、彩子は畳みかける。
彩子も彩子で必死なのだ。
折角激戦を勝ち抜いて手に入れた全国の切符。
レギュラー4人を欠いて全国へ行ったところで、手も足も出ずに終わるのは言わずもがな。
恥をかきにだけ行くようなことはしたくない。
「渚先輩っ!流川だけでいいですからっ!お願いしますっ!!」
「…楓君は何教科なの?」
「…4つ。」
「流川が一番マシなんですよ。三井先輩も4教科。リョータは5教科。それで桜木花道が7教科。頭が痛いです。」
ボソリと言った流川の言葉にも驚いたが、それに被せるように言った彩子の言葉に渚はクラリとよろけてしまった。
「…ごめ…ちょ、っと…カルチャーショックで…」
「渚先輩の気持ちはよく分かります…」
「…大変ね、彩ちゃんも…」
同情心が湧いてしまったからには放っておくなど渚にはできなかった。
重く息を吐き出して彩子の肩をポンと叩くと、視線を合わせようとしない流川に近づいた。
「…楓君、追試の教科は?」
「…現国、科学、古典、と英語。」
「それじゃ、私が塾おわってから合流するまでに最低でも科学と現国は終わらせておいてね。」
「…」
「…ね?」
「…」
「ねっ!?」
「…ハイ。」
目を逸らす流川の頬に手を添えながら自分の方に向けさせると、渚は幼い子に言い聞かせるように何度も確認をした。
後ろでキラキラと目を輝かせている彩子の視線を痛いほど感じながら、ニッコリと笑って流川の顔をじっと見つめる。
顔色の悪くなった彼が何かに耐えきれなくなって返事をすれば、よしと言わんばかりに渚はコクリと頷いた。
笑っている。
彼女は見惚れる程の綺麗な笑顔を流川に向けているのだ。
でも、何故だろう?
全くもって羨ましくない。
背中に悪寒が走るのを感じ、流川の隣にいた宮城と三井はゴクリと喉を鳴らす。
少しだけ渚と距離を取ってしまったのは、本能のなせる業だった。
「インハイ出られないなんてことになったら、夏休みの間ずっと湊と一緒に笑ってあげるから。」
「それはヤダ。」
「じゃあ、頑張って!」
追い打ちをかけるようなことを渚はポロリと零してから、彩子や赤木と簡単に確認し合う。
それから、また後でと塾に向かうために帰宅した。
「…怖いっすね。」
「おう…」
「あれはルカワに同情するわ…」
「松島…強いぜ…」
宮城と三井がブツブツと言い合うのに、彩子はニヤリと笑う。
「助かった〜!これで流川は大丈夫っ!!三井先輩も渚先輩に見てもらいます?」
「なっ!?バカ言ってんじゃねえっ!!」
不意をつかれてまっ赤になった顔で怒鳴る三井に、彩子の笑いは止まらない。
「渚先輩は教えるの上手ですよ?それにいいんですか〜?流川と2人っきりになっても…」
「なっ…」
「ヤバいんじゃないんすか?三井サン、松島先輩のこと好きでしょ?」
「げっ!?てめぇ…っ!!」
「ははっ!三井サン、分かりやす過ぎ。ねえ、アヤちゃん?」
翔陽戦以来、必ずコートに立つ前に観客席を見る三井の姿を2人は見逃していなかった。
そして一瞬嬉しそうに細められる視線の先には、必ず渚がいるのも分かっていたのだ。
ニヤニヤと笑う宮城と彩子を、三井はギロリと睨む。
「てめぇら、先輩を先輩とも思わないその態度は…」
「ふざけている場合か、三井っ!!今は追試に集中せんかっ!!」
同級生の赤木にガツンと怒鳴られ、グッと唇を噛みしめる。
赤点を大量に取ってしまい、嫌々ながら追試に向けてこれから教わる相手だ。
立場的に今は何も言えない。
行くぞと問題児軍団を率いる風格漂う背中に、三井は両拳をズボンのポケットに入れて渋々ついていった。
2013.07.10. UP
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夢幻泡沫