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セイレーン

甘すぎた罠



渚が赤木邸に着いた頃には、不貞腐れていた問題児軍団も既にぐったりとした表情に変わっていた。
リビングで宮城と三井、キッチンで流川、赤木の自室で桜木がそれぞれ呻りながら問題集やプリントと格闘している。

「お疲れ様で〜す。」

なるべく彼等の集中を切らさないようにそっと流川の傍へ行くと、教えていた彩子と交代をした。
何を解いているかと手元を見れば、渚の予想以上に進んでいる。
厳しくしなきゃと思っていた渚だったが、少し気持ちを和らげて丁寧に流川に要点を教えた。

「…はい、OK。これを忘れなければ追試はきっと大丈夫よ。」
「おー。」
「お疲れ様、楓君。頑張ったね。」
「頭がイタイ。」

そばにあったペットボトルを飲みながら、流川は眉を寄せる。

「もうっ、授業中に寝ているからこういうことになるんでしょ?バスケ頑張るのはいいけど、余計なことに時間を取られてどうするの?」

呆れたように溜息をついて、渚は流川の後ろに立つ。
それから疲れが取れるように、ゆっくりと肩を揉みだした。

「相変わらず白いね。」
「…うるせー。」
「ふふっ、ゴメン。あれ?また筋肉が付いた?」
「おー。」

カクンと揺れる頭の向こうから眠そうな声が聞こえてくる。
これなら、寝ちゃってもいいよと声をかけなくてもよさそうだ。
渚は黙って肩揉みに専念した。



「てめっ、流川!何様のつもりだ?」

急に聞こえてきた声に流川の肩を見ていた視線を上げれば、顰め面をした三井がキッチンへ入ってくるところだった。

「三井君、休憩?」
「おう。一息入れてもいいって木暮が言ってくれてよ。」
「お疲れ様。大丈夫そう?」
「分っかんねえ。」

ガシガシと頭を掻いて三井は空いている椅子に座る。
渚は冷蔵庫に冷やしてあったペットボトルを取り出すと、三井に渡した。
その少しの間に流川は机に突っ伏して寝てしまっていた。
もともと座っていた流川の隣に座り直せば、目の前の席でサンキュと受け取った三井がキャップを捻っている。
喉を鳴らしておいしそうに飲む彼の姿を、知らず知らずのうちに見てしまう。
渚の視線に気が付いたのか、目だけ動かして三井は渚に聞いた。

「何だ?」
「あ、うぅん。おいしそうに飲むなぁって思って。」
「…休憩ぐれえ取ってもいいだろうよ。」
「うん、いいんじゃない?適度な休憩は必要だと思うし。」
「だよなあ。」

渚の同意に三井はニヤリと口角をあげて嬉しそうに笑う。
それに笑い返してから、渚は不意にじっと三井をみつめた。
好きな相手に見つめられて顔が熱くなる。
三井は照れを隠すためにわざと低めの声を出した。

「何だよ、そんなにみつめてきて。俺に惚れたか?」

その言葉に渚の目が大きくなる。
心臓がドクンと跳ねた。
慌てて小さく首を振ると、渚は困ったように笑って少しだけ視線を下に向けた。

「…不思議だなぁって思って。三井君とこんな風に話せる日が来るとは思わなかったから。」
「まあな。俺もお前とオチカヅキになれるなんて思ってもみなかったぞ。」
「何、それ?」

思わずプッと吹き出して目を合わせてくる渚に、三井はおどけたように肩を竦める。

「松島、男の間で人気だぜ。お前を狙ってる奴は多いだろうし、告白もされてるんじゃねえのか?」
「そんなこと…ないよ?」
「…目が泳いでるぞ、オイ。」
「三井君の意地悪。」
「いいじゃねえか。松島がよく知りもしない男の間で人気ってことは、そんだけ美人だとか性格がいいだとかってことだろ?それに、まあ…少し前の俺はあんなだったし、な。」
「…そう。そこが、ね。」
「うるせえよ。」

遠慮がちではあるが頷く渚に、顎の傷跡を指でさすりながら苦笑して睨みを効かせる。
彼女も三井が本気でないことは分かっているらしく、クスクスと笑いながら話を続けた。

「県大会、観に行ったよ。私、バスケのことは基本的なことぐらいしか知らないから…でも、ありきたりな言葉かもしれないけど感動した。格好よかったよ、三井君。」
「…」
「2年間、勿体なかったね。」
「…そうだな。」
「間に合ってよかったね。全国、おめでとう。」

欲しい言葉を自然と口にする渚に、三井は堪らずに両手を後頭部に当てて俯く。

…顔が緩むのを止められない。
好きな女にニッコリと笑いながら『格好いい』と言われて、舞い上がらない男なんていないだろ?
松島の言葉がすっと心に入ってくる。
いいな、松島…
もっと俺を見て欲しい。

「三井君?」

黙ってしまった三井に、渚は不思議そうに声をかける。

「…松島、追試クリアしたらご褒美な。」
「え?」
「ご褒美、くれよ。」
「私が?」
「そう。」
「三井君に?」
「おう。」
「…逆じゃなくて?」

教えているのは私なんだけど、と渚は納得のいかない様子で首を捻る。

「松島が俺に。約束だぜ?じゃ、もう一頑張りしてくるかな。」

渚の答えも聞かずに席を立つと、三井はグッと伸びをしてリビングに戻っていった。


2013.07.17. UP



問題児軍団は今頃ゴリの家で勉強合宿中でしょうか?




(8/13)


夢幻泡沫