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君に、恋をした
つれない態度に、
監督権限で練習を午前中で終わらせた後、部室で念入りに支度を済ます。
いつもと違う藤真に高野と永野がニヤニヤ笑いながら話しかけてきた。
「藤真〜、今日はどうしたんだよ?」
「あ?何でもねーよ。」
「何でもねえ奴がそんなに鏡をチェックするかっての。お前は女子か!?」
「そーそー。身だしなみを確かめるってことは、デートか!?」
若干やっかみの入っている2人を尻目に、藤真はフンフンと上機嫌に鼻歌を歌いながらバタンとロッカーを閉めた。
「お先。」
「藤真っ、答え聞いてねえぞ!?」
「答える必要なんかねーだろ?」
「なくても答えろ。俺達、親友だろ?」
「…余計答えたくねー。」
ニヤリと笑って軽く手をヒラヒラと振ると、高野達を宥めている花形にその場を任せて足を速めた。
待ち合わせ場所には市葉はまだ来ていないようだった。
ぐるりと辺りを確認した後、そこにある柵に適当に寄りかかりながら彼女はどの方向から来るのだろうとキョロキョロと視線を彷徨わせる。
これまで待ち合わせて先に到着するなんてことはなかった。
頻繁に見る腕時計の針はなかなか進まなかったが、その時間さえ楽しく思える。
藤真の目が辺りと時計の間を何往復かしていると、駅から市葉らしき人物が出てきた。
確定できないのは服装のせい。
見慣れた制服姿ではなく、私服を着ていた。
裸足にミュールの足にも思わず目が行ってしまうが、いつもと違ってアップにした髪型にもそそられる。
服の印象もあるだろうが、涼やかなその出で立ちにゴクリと喉が鳴った。
思わず凝視してしまった藤真の視線に気がついたのか、その人が顔をパッと向ける。
目が合った瞬間に市葉だと確信した藤真は、存在を示すように微笑みながら片手を上げた。
それに気づいて市葉もタタッと駆け寄ってくる。
「ごめんなさい、待たせてしまいましたよね?」
「いや、そうでもないよ。それより今日学校だったんだよな?制服じゃなくて驚いた。」
「あ、校則で寄り道は禁止されているんです。誤解されても嫌だし、のちのち面倒くさいし…」
「へえ〜、さすがお嬢様学校。」
「一度家に帰って着替えてきました。校則が厳しすぎて困りものです。」
苦笑しながら市葉は藤真の横に置いてあるスポーツバッグを見た。
「藤真さんは部活の帰りですか?」
「おぉ。今日は午前練習だけだから。」
「お疲れ様です。」
「サンキュ。昼飯は?」
「まだ…」
「じゃあ、まず飯を食おうぜ?」
そう言ってバッグを肩に掛けながら立ち上がると、藤真は歩き始めた。
「さて、どうしようか?」
ペロリと平らげたファストフードのセットメニューを片付けながら、藤真は市葉の手から彼女の分のトレーを受け取る。
手慣れた様子でパッと分別して、市葉にこの後の伺いを立てた。
「…この後、ですか?」
「そう、どっか行きたいところある?」
「特には。藤真さんは部活の後だし、お家に帰ってゆっくりされたらどうですか?」
「えっ!?」
市葉の言葉に愕然とする。
あまりに呆気ない。
不思議そうに小首を傾げている市葉に、思わず食いかかるような勢いで藤真は言葉を足した。
「だってオレ、まだ何にも詫びてないのに!?」
これでお別れなんて意味がない。
食事の時だってオレからの質問に答えただけで、市葉さんからは何もなかった。
彼女の情報だって周りから仕入れたものと大して変わりないし、もっといろんなことを知りたい。
ニコニコと食べている姿は可愛かったが、物足りない。
…物足りなさ過ぎる。
「お詫びって、お昼をご馳走してもらいましたよ?そもそも、あの時はお互い様でしたし…」
「そうじゃなくてっ!」
「え、と…」
「…オレ、一緒にいない方がいい?市葉さんの邪魔してる?」
わざと寂しそうに聞いてみた。
藤真は自分の容姿がいいことを自覚している。
だからこそ、分かっていて力技に訴えた。
案の定、市葉の頬が染まる。
目を右往左往させて傍目にもどうしようかと悩んでいるのが分かった。
「今日はもうオフだし、このまま帰るのもつまんないし…。市葉さんさえ迷惑じゃなけりゃ、もう少し一緒にいたいんだけど?」
藤真がダメ押しのつもりで一歩近づいて聞けば、頬を更に染めた市葉は困ったように上目遣いで彼を見た。
「…それなら、行きたいところが一つあるんですけど…」
「付き合う!どこ、それ?」
「あ、電車で移動ですけどいいですか?」
「もちろん。」
ニコッと笑って藤真はさっと駅の方へ歩き出す。
市葉も後に続くように駅へ向かった。
ついてきたところは市葉の馴染みの呉服屋だった。
珍しくリサイクル品を扱っていることもあって、店員も気軽に話しかけてくる。
市葉は年配の女性店員とおしゃべりをしながらそのコーナーへ向かった。
「いらっしゃいませ。今年ももうそんな時期なのね。」
「…今年も?」
店員の言葉に藤真が首を傾げる。
「ええ、文化祭で着るんです。」
「文化祭?」
「少し先の話ですけど、10月の文化祭で作品を展示するんです。その時に全部員、着物で過ごすものですから。」
華道部らしいことを言いながら市葉は何枚かめぼしいものを手に取る。
高校生だしそんなにバカ高いものは抵抗があると、古着の中から好きな柄や合いそうな色を探す姿は楽しそうだ。
「市葉ちゃん、彼氏さんかしら?随分と格好いい男の子ね。」
「えっ!?違いますよ!ノブの…先輩みたいな方です。」
「あら、そうなの?お似合いだったから、つい。」
頬に手を添えてホホホと笑う店員を、市葉はもう…と軽く睨む。
「翔陽高校の藤真さんです。名前、聞いたことありませんか?」
「…ああ、もしかしてバスケット部が強いところかしら?」
「ええ、そこの監督とキャプテンをされているんです。私の彼氏なんかに間違えたら失礼ですよ。」
すみませんとでも言うように眉尻を下げてチラリと見てきた市葉に、藤真は内心でガックリと肩を落とす。
そんなに強く否定しなくてもいいじゃねーか。
かなり凹むんすけど…。
市葉に聞こえないように溜息をつきながら彼女を見ると、どうやら2枚まで絞ったようだ。
パサリと羽織ってチェックをしている市葉はどちらにしようか決めあぐねているらしい。
藤真は荷物を端に置いて市葉の後ろへ行った。
鏡越しに目が合いドキリとする。
直接でないだけに、妖艶に感じた。
「…オレはこっちの方が似合うと思う。」
「こっちですか?確かに柄は秋ですけど、着たことない色だし…」
「そうねえ、市葉ちゃんだと選ばない色ね。だけどすごくよく似合っているわよ?藤真君だったかしら、センスいいわね。」
「ありがとうございます。市葉さん、よく似合ってるって。」
「…そうですか?」
顔だけを捻り見上げてきた彼女に、また高鳴った心臓を隠してニッコリと笑い返す。
まだ半信半疑ながらも全身を鏡で確かめた後、市葉は小さく頷いた。
「でも…これなら家にある帯に合うかも。うん、これ買います。」
「毎度ありがとうございます。悩むんだったら今度帯を見てあげるわよ?」
「本当ですか?うわぁ、嬉しいな。困ることがあったら相談させてもらいますね。藤真さんもありがとうございます。」
ペコリと頭を下げると、市葉はさっと藤真の脇を抜けて店員の後に着いて行った。
「今日はどうもありがとうございました。お昼をご馳走してもらった上に、買い物まで付き合ってもらってしまって…」
駅の改札で礼を言ってきた市葉に、藤真も楽しかったと返す。
「あのさ、文化祭行ってもいいか?」
「うちのですか?」
「おぉ。ちゃんとした着物姿見たい。」
「いいですけど…藤真さんが清蘭に来たら大変なことになりそうですね。」
学校のあちらこちらでキャーキャー騒がれる藤真が容易に想像できて、クスクスと口元を覆いながら市葉が笑みを零す。
それに苦笑いしながら藤真は重ねて聞いた。
「ダメかな?」
「…文化祭、チケット制なんです。用意できたら渡しますね。」
「サンキュ。」
「いいえ、こちらこそ本当にありがとうございました。藤真さん、あっちでしたよね?私はこっちのホームなので、ここで失礼します。」
それじゃ、と市葉は藤真が声をかける前にその場を離れてしまった。
その後ろ姿を見ながらはあ…と腹の底から息が漏れる。
何と言うか、味気ない。
藤真がこれまで付き合ってきた歴代の彼女は、自分から別れるなんてことをしなかった。
藤真が別れを切りだして、相手が未練たらたらなのを強引に終わらせてきた。
市葉のように食事だけだとか、自分からその場を離れるとかなど考えられなかった。
今までとは全く違う態度にどう対処していいか困る。
あんなつれない態度をとる市葉など気にしなければいい。
そう思うのに…
気が付けば市葉のことを考えてしまっている。
彼女をどうにかして振り向かせたいと思う。
自分だけを見て欲しいと…。
2013.09.12. UP
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夢幻泡沫