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これを恋と呼ばずなんと呼ぶ
05
「雪峰さん。悪いんだけど、この資料を戻してきてくれないかな?」
主任に声を掛けられた直子が目をやれば、仕事場の片隅に積まれた資料の山々が存在感たっぷりに入ってきた。
「うわぁ…はい、分かりました。」
「悪いね〜。藤真にやらせればいいんだろうけど、アイツ今プレゼンの詰めをしててさ。」
「いいですよ、気にしないで下さい。しばらく席を外すので、よろしくお願いします。」
「こっちこそ。」
倉庫から台車を持ってきて黙々と資料の山を移しかえると、直子は資料室へと移動した。
天井に届きそうな棚いっぱいに整然と資料が詰め込まれた部屋は空気が悪い。
直子は換気も兼ねてドアを開けっ放しにして、せっせと資料の整理に励む。
自分のペースで作業できるので、こういった仕事は案外嫌いではない。
段々と一人の世界に入りこんでしまった直子は、終いには脚立を持ちだして上の方にあった資料も整頓し始めた。
「…何やってるんですか、雪峰さん?」
「ぇ…!?あっ、わっ、きゃあっ!?」
突然かかった声にビクリと直子の体が跳ねる。
グラリと揺れた足元に慌てて棚を掴み体勢を整え直した。
声を掛けた張本人も慌てて脚立を抑え彼女の無事を確認する。
「すみません、大丈夫ですか?」
「藤真君…大丈夫、ビックリしたけど。」
「それで?何をやってるんですか?」
「何って…見ての通り資料の整理です。」
見れば分かるでしょ?と不思議そうに首を傾げる直子に藤真は深く溜息をついた。
「あのねえ…スカートはいている女の子が脚立になんか乗っちゃダメです。」
「え?」
「噂が広まってますよ。雪峰さんの足を拝めるって。」
「は…足?」
「男連中がたくさん通りませんでしたか?」
「え、いや…分からなかったです。」
直子がますます首を傾げれば、藤真は呆れたように目を細めた。
「どんだけ鈍いんですか?」
「え!?ちょ…藤真君、ヒドイ。」
「ヒドくないです。いいから降りて下さい。俺が上を片付けますから、雪峰さんは下をお願いします。」
「いや、あの…」
「資料抱えて脚立の上り下りは重いでしょう?それに、女の子がやってるのを知らんぷりできませんし。」
「さっきから女の子って…自分より年上を捕まえて何を言ってるんですか?」
「そんなにいくつも離れてないでしょ?充分女の子ですよ。」
ほら、と手を差し出されてしまえば拒めない。
いつの間にかドキドキと高鳴る胸を無理矢理収めながら直子は脚立から下りた。
「…藤真君、自分の仕事は?」
「大丈夫ですよ。主任からも手伝えって言われたし、気にしないで下さい。」
「そう?ありがとうございます。」
「どういたしまして。」
ワイシャツの袖ボタンを外して捲ると、藤真は直子が持っていた倍以上の資料を軽々と持ち上げる。
力が入った腕は血管と筋肉がギュっと浮き出ていて、直子の目が思わず絡め取られた。
収まっていたはずの鼓動がまた高鳴る。
「…雪峰さん、顔赤くないですか?」
「えっ…あっ、そんなことないよ!?」
「そうですか?と言うか、雪峰さん!一気にそんなに持っちゃ重いでしょう?持てますか?」
慌てて掴んだ資料が予想外に重かった。
眉間に力の入った直子を見て笑いながら藤真は彼女に近づく。
「持ちましょうか?」
「や、自分で持ちます。」
「頑張るなぁ。じゃあ下の方はよろしくお願いします。」
穏やかに笑うと藤真は軽やかに脚立を上る。
その笑顔に、その腕に、その行動に…
直子の心臓は煩く叫んでいた。
2014.04.03. UP
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夢幻泡沫