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これを恋と呼ばずなんと呼ぶ

08



「ありがとう、藤真君。今日一日、楽しかったぁ。」

ニコニコと笑いながら感想を言ってきた直子の頬や目元がほんのりと赤い。
さっきから割と速いペースでグラスが空いているし、間髪入れずに新しいのを頼んでいるし。
口調だって素の彼女に近いような…。
いつもと違う直子に、藤真の鼓動が高鳴る。

「そうですか?雪峰さんが楽しんでくれたのならよかった。」
「うん、楽しかったよ。藤真君は?」
「俺も楽しかったです。」
「ホント?」
「はい。」
「それなら私も嬉しい。」

ニッコリと笑うとグラスを空にし、次は何を頼もうかと直子はメニューと睨めっこをする。
藤真も便乗してメニューを横から覗き込めば、トンと肩が触れた。

「あ…っと…」
「ふふふー、私コレにする。藤真君は決まった?」
「あ、いや…じゃあこっちにしようかな。」
「了解でーす。」

…自分だけが意識しているのか?
肩が触れた瞬間に、青臭い男子高生のように心臓が跳ねた。
だけど雪峰さんは何の反応もしなかった。
今も楽しそうに笑ってカウンター越しに追加注文しているし。
と言うか、無邪気に指でさしながら注文するって!
え!?
俺、男として見られてない!?
凹むわぁ…
にしても、ちょっと飲み過ぎかもしれないな。

「雪峰さん、ペースはやくないですか?」
「え?そうかなぁ?」
「そうですって。しばらくアルコール控えたら?」
「藤真君って優しいねぇ。でも過保護。」
「…さり気なく毒吐いたし。雪峰さん、酔ってるでしょ?」
「んーん、酔ってないよ。いい気持ちー。」
「酔っ払いは『酔ってない』って言うんです。」
「うわっ、藤真君の方がヒドいし!」

ケラケラと笑う直子は新しいグラスに口を付けている。
それを阻止するべく強引に彼女の手から奪い取れば、もう!と頬を膨らませて抗議してきた。
間違いなく酔っている。
もう今日は帰した方がいい。
だけど、まだ…もっと一緒にいたい。
どうするべきか悶々と考えていた藤真に爆弾が降り注いだ。

「藤真君って普段は意地悪なのに、ちょっとしたところで優しいよね。藤真君が彼氏だったら自慢だろうなぁ。」
「…は?」
「彼女さんがいないのがすっごく不思議。優しいしー、イケメンだしー、仕事できるしー。」

驚いて直子の方を見ると、クスクスと笑いながらトロリとした眼で藤真をじっと見ていた。

そんな眼で見ないでほしい。
勘違いしちゃうじゃないか…。

藤真の葛藤など意に介さず、直子は続けた。

「会社でモテるのも分かるわ。嬉しいでしょ?」
「別にそんなに嬉しくないですよ。振り向いて欲しい人の眼には入ってなさそうだし。」
「…へぇ…好きな人いるんだ。」

声音が少し下がった様な気がして隣に座っている彼女を見る。
するとさっきまでの無邪気な笑顔が消えていて、何だか泣きそうな笑みに変わっていた。
好きな人の話題で表情を変えるなんて、もしかすると…。
藤真の頭が一気に熱くなる。

勘違いでもいい。
いや、勘違いは嫌だ。
だけど彼女の気持ちが知りたい。
俺を好きだと言ってほしい。
藤真はごくりと唾を飲み込むと、グッと腹に力を入れて直子の方を向いた。

「雪峰さん。」
「…はい?」
「だから、雪峰さん。」
「ん?なぁに…?」
「雪峰さんが好きなんです。言っときますけど、本気ですから。」
「…ぁ…わた、し?」
「そうです。好きです。」
「え…わ、私?!え…私のどこ、が…?」
「ソレ聞きます?まあ、いいですけど…。」

どこか拍子抜けた反応を示され、藤真の体から緊張が抜けていく。
変に強張ることなく口から想いが出てきた。

「初めの頃はクールでとっつきにくいなって思ってました。だけど雑談している時は素直と言うか…まあ、可愛いなって思って。」
「可愛いっ!?」
「綺麗なお姉さんから可愛いお姉さんに印象が変わって、ギャップを見てたらすっげえ気になったんです。それからだんだん話すようになって、もっと雪峰さんのこと知りたくなって。気がついたら好きになってました。」

真横で目を白黒させている直子になんだか優越感を覚えながら、藤真はカウンターに置かれた彼女の手を包んだ。
彼女の表情をコロコロと変えている原因が自分の言葉なのが嬉しい。
自然と笑顔が浮かんでくる。
穏やかな気持ちのまま藤真は想いを紡いだ。

「仕事の時の真剣な横顔が好きです。周りに気を配れる細やかさが好きです。雑談している時の素の笑顔が好きです。分からないことを直ぐに聞ける素直さが好きです。それから、俺のこと…」
「ちょっ…ちょっと待って、ストップ!」

まだまだ言い足りないと言い募ろうとする藤真の口の前に直子が手を翳す。

「…聞きたいって言ったの、雪峰さんなのに。」
「待って!ごめんなさい、落ち着かせて!!」

直子はそう言うと、置いてあったグラスに手を伸ばした。
その真っ赤な顔に藤真は慌てて止めようとする。

「ダメです、もう充分に酔ってるでしょ。」
「酔ってない!今ので抜けた!!ホント、落ち着かせて!!」
「へえ〜、素面になったのならちょうどいい。俺、本気ですから。」
「だから…っ!」
「返事は待ちますから、俺のことちゃんと考えて下さいね。」

最後に真剣な眼差しで見据える藤真に直子の顔が更に赤くなる。
パニックになった頭を冷やすために飲んだアルコールは、勢いがついたまま直子の体中を駆け巡った。


2014.05.22. UP




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夢幻泡沫