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これを恋と呼ばずなんと呼ぶ

09



足元がふわふわと浮いているようだ。
頭もポーっとしていて何も考えられない。

「ほら雪峰さんっ!急いで急いで!!」
「…っ、急いでいるもんっ!」

ヒールを履いている上に酔いが回って覚束ないが、充分に急いでいるつもりだ。
直子の荷物を持って数歩先を行く藤真に、懸命についていっているつもりだ。

「じゃあもっと!終電なくなりますよ。」
「藤真君が速すぎなの。」
「俺はゆっくりですって。喋ってなくていいから、足を動かしてください!」

…大体、なんでそんなに急がせたいんだろう?
私と早くサヨナラしたいってこと?
さっきは藤真君から告白してきたのに!?
うわっ、気に食わない!

悶々と考え込んでしまった直子は、酔っているということもあって一方的に結論付ける。
脳内で勝手に解釈をして憮然とした表情になると、動かしていた足を止めてしまった。

「…雪峰さん?」
「疲れた…もう走るの、無理…」

実際、普段から運動をあまりしていない直子の膝はガクガクと震えている。
限界を訴えるそこへ手をつき頭を下げて息を整えていると、藤真がタタッと戻ってきた。

「あとちょっとで着きますから!頑張りましょう!」
「や…ホント、無理。少し休ませて…」
「そんなこと言ったって…」

腕を引っ張ろうとする藤真と、意地でも動きたくない直子。
不毛な言い争いをしている2人の頭上を、プァーンと音を立てて最終電車が通り過ぎた。

「…あ。」
「…あーあ、行っちゃいましたね…」

呆然としながら2人は光の線を見送る。
しばらくしてふう…と息を吐き出した藤真は、直子の荷物を持ち直すとクイッと彼女の腕を持ち上げた。

「とりあえず、そこの自販機の側で休憩でもしませんか?」
「うん、そうさせて。」

乱れた息を整えながら直子は素直に藤真に引かれて行く。
飲み物を買い近くに会ったベンチに座った直子の隣に彼女の荷物を置くと、藤真は彼女の手から缶を取った。

「藤真君?」
「走った後じゃ、力が入んないでしょ?」

カシュッと音を立てて飲み口を開けると、藤真はどうぞと渡した。

「ありがとう。」

直子の隣に立って自分の分も簡単に開けて飲んでいる藤真に礼を言えば、どういたしましてと短く返ってくる。

「…それにしても走るの速かったねー。」
「そうですか?あんなの走ったうちに入りませんよ。」
「うわぁ…私の前でそれを言う?」
「雪峰さんヒールだし、あれからまたたくさん飲んだし。」
「藤真君は私以上に飲んでいたでしょ。」
「あれくらいどうってことないから。雪峰さんは大丈夫ですか?」
「え?」
「アルコール飲んだ後に走ってキツかったでしょ?」
「ん〜、回ってきちゃったかなぁ。」

自分の今の状況がおかしくなってクツリと笑いを零しながら直子は藤真を見上げる。
これ以上つき合わせるのは自分勝手というもの。
藤真だってもう家に帰りたいだろう。

「ごめんね、藤真君。もう帰っていいよ?」
「は?!こんな夜中に雪峰さんを置いて帰るとかあり得ないし。」
「私なら大丈夫だから。」
「そんなわけないでしょ!それとも何ですか?俺が側にいるのは嫌だってこと?」
「違うわ。でも、もう遅いから。」

少し声のトーンが下がった藤真を感じて直子は焦る。
怒らせるつもりはなかった。
しかも側にいてくれることは嫌ではない。
返事をしそびれたが、藤真からの告白は嬉しかった。
急なことに驚いてうまく思考が働かなかったのだ。

「…じゃあ、タクシー拾いますから。家まで送ります。」
「…帰りたくない…って言ったら?」

ぽろりと言葉が漏れる。
ハッとして藤真を見上げれば、これまで見たこともないくらいに目を大きくして固まってしまっていた。

「えっと…それって…?」
「…藤真君と一緒がいい、って…言ったら…?」

零れた気持ちが止まらない。
歯止めが利かなくなった想いがぽろりぽろりと口から落ちた。
直子の言葉に藤真の目が丸くなる。

ああ、そうか…。
そうだよね…。
私、藤真君のこと…こんなにも好きだったんだ。

言葉にするとはっきりと自覚してしまい、直子の顔が暗がりでも分かるほど赤く染まった。
それを見て、動きが止まってしまっていた藤真の顔に喜色が浮かぶ。

「…それ、返事として受け取っていいってこと?」
「…」
「返事として受け取る、ぞ?」
「…うん。」
「覚悟しろよ…」

一つの気持ちで頭がいっぱいになった直子の唇に温かいものが触れる。
それから指を絡め繋がれると、夜の街を歩かされた。


2014.06.05. UP




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夢幻泡沫