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セイレーン 番外編

赤いリボンが恋の証 02 



「ただいま。」
「お帰りなさい、寿。アンタ、遅かった…」

パタパタと出迎えた三井の母が、いると思わなかった少女と目を合わせたまま固まる。
三井はポリポリと顎の傷を指で掻くと母親に紹介をした。

「松島渚…さん。俺の彼女。ウチ、上がらせていいだろ?」
「初めまして、松島渚です。あの…急ですしご迷惑でしょうし、帰りますから気にしないで下さい。」
「いいから上がってけよ。」
「…まあっ!ちょっと寿、すっごく綺麗な子じゃない!本当にアンタの彼女なの!?」
「うるせえなあ。渚、俺の部屋に行くぞ。」
「三井君、でも…」
「松島さん、いいから上がって上がって!寿の部屋、汚いけど上がって!」
「ちょっ、余計なこと言うなっ!!」
「よかったらご飯も一緒に食べていかない!?」
「あ、いえ。母が用意していますから…。ありがとうございます。」
「そうよねえ、急にだものねえ。残念だわ、次は一緒に食べましょうね!」
「ありがとうございます。」
「寿、お茶用意するから取りに来なさい。」
「ああ。渚、行くぞ。」

何故か彼女のことを妙に気に入ったらしい母親に首を捻りながらも、気に入ってくれたことに安心する。
三井は渚を促して2階の自分の部屋へ入った。
適当に座ってろと言ってから階下に降りる。
キッチンでは母親が早速もてなしの用意をウキウキとしていた。

「ちょっとちょっと、本当にアンタの彼女なの!?」
「そうだっつてんだろ?」
「だってあの子、すっごい育ちがよさそうじゃない!何でアンタなんかと…」
「ぐっ…それが実の息子に向かって言う言葉かよ!」

温かい茶を用意しながら捲し立てる母親に言葉がつまる。
三井は舌打ちしながらもそこら辺にあったポテトチップスの袋を取り出した。
それを慌てて母親は取りあげ、食器棚の上から四角い缶を持ってくる。

「ちょっと、そんなもん出さないでよ!こっちにしなさい!!」
「…何でそんなに渚のこと気に入ってんだよ?」

茶請けとして出されたのは少し高級な煎餅。
母親が好きなもので、他の人が勝手に食べたりなどしたら長い間不機嫌になること間違いない代物。
それを何枚も出してきた母親に三井は変に警戒する。

「だって息子がコレなんだもの。アンタ中学までは可愛かったのに、高校に入って直ぐに不良になっちゃってねえ?」
「ちっ…」
「松島さん、いい子そうよね!あんな子が娘に欲しかったわぁ。」
「…もっかいグレるぞ?」
「別に今更怖くも何ともないけど、今グレたら奇跡で貰えた推薦取り消しになるわよ?大学に行けなくなる上に、安西先生にまで迷惑かけることになるわよ!?」
「ぐっ…!」
「本当にねえ〜、中学までは頭もそこそこだったはずなのに…。松島さんは頭もよさそうね!?」
「…」
「あっ、ねえ!もしかして前の水筒の子!?」
「…」
「ちょっと答えなさいよ!」

最早芸能レポーター並みに首を突っ込んできた母親を無視して盆を持つと、三井は自分の部屋へと退散した。



部屋のドアを開けると、立ったままの渚が振り返った。

「何だよ。適当に座ってろっつったのに。」
「うん、写真があったから。」
「写真?」

正当な目的で使われることがほとんどない勉強机に茶の乗った盆を置き、三井は渚の傍へ行く。

「ああ、それ。」
「これ…インターハイの時の?」
「おう。山王に勝った後に撮ったヤツ。」
「初めて見た。楓君ってば写っているのに見せてくれないんだから。」

上気した顔のままの選手と応援団の集合写真。
どの顔もとてもいい表情をしていた。

「いいなぁ、現場で見たかった。」
「ま、会場が遠かったしな。」

ポンと渚の頭を一つ撫でると三井はベッドの端にドカッと座った。

「こっち来いよ。」
「…うん。」

三井に誘われるがままに渚も彼の足元に座る。

「身体も冷えてんだろ?温かいの持ってきたから取りあえず飲めよ。」
「ありがとう。」

手渡された湯呑みを両手で包めば、思わず顔が綻ぶ。

「ふふっ、あったかい。」

そんな渚を見ながら三井もズズッと啜った。
少し渋めの茶が外を歩いてきて冷えた体に沁みる。
どちらからともなく漏れた息に顔を見合わせ吹き出した後、渚がバッグを引き寄せた。

「これ、クリスマスプレゼント。」
「…俺に!?」
「…何で驚くの?」

驚く三井に渚は眉を顰める。

「いやっ、だってお前…」
「何?」
「塾、塾って忙しそうにしてただろ?俺の話を聞きもしねえで。」
「塾は本当だもの。今だって塾の帰りだし。」

眉間の皺を深くしながら要らないの?と拗ねて頬を膨らます渚に、三井はアタフタと湯呑みを置くとプレゼントを奪う様に取り上げた。

ったく、素直じゃねえんだから。
塾だ、勉強だと素っ気ない態度を取っていた割にしっかりとプレゼントは用意してるとか。
可愛いヤツ。

ニッと口の端を上げると三井は渚の顔を自分の方に向けさせ意地悪く言った。

「何だよ、渚も楽しみにしてたんじゃねえか。」
「…忘れていたわけでも、知らなかったわけでもないのよ?」
「おう、もういい。」
「何が喜んでもらえるか分からなくていっぱい悩んだんだから。」
「おう、サンキュ。」

ニヤニヤと笑い鼻歌交じりでガサガサと包みを開ければ、中からはシックな手袋が出てきた。

「これからもっと寒くなるし、冷たい手のままボールに触って突き指したら困るでしょ?」
「…俺はそんなにマヌケじゃねえぞ?」
「どうかしら?」
「おい…」

クスクスと笑いながら見上げてくる渚の額に軽くデコピンをかまし、三井は部屋の端に置いたスポーツバッグをゴソゴソと漁った。

「いったぁ!…三井君?」
「…俺からも。」

差し出されたのは少し包装が崩れた小さな箱。

「えっ!?用意してくれたの?」
「当たり前だろ。渚はその気がなかったかもしれないけどな。」
「そんなことないもんっ!」
「ついさっき分かった。」
「うっ…ありがとう。開けていい?」
「おう。」

ニコニコと包装を解いた渚の目に入ってきたのは、シンプルなペンダントだった。

「うわぁ、可愛い。」
「気に入ったか?」
「もちろん!ありがとう!!」
「おう。」

先程より更に目が弓形になった渚に気分をよくし、三井は箱からペンダントを取り出すと後ろに回った。

「髪、どかせよ。」
「うん。」

素直に髪を手で纏めた渚の白い首にクラリと眩暈が起きる。
三井は直ぐにでも唇を寄せたい衝動を抑えてペンダントを着けた。

「…どう?」
「聞かなくても分かるだろ?」

照れながら見上げてきた渚に、三井も照れを隠すようにぶっきらぼうな答えを返す。
ありがとうと呟くように言った彼女を見下ろしてポリポリと顎の傷痕をさすると、後頭部を掴むように押さえてキスをした。

「…知ってっか?男が女に『輪』を贈る理由。」
「三井君って顔に似合わずロマンチストなのね。」

鎖骨を飾るペンダントトップを指でつつきながらニヤリとする三井に、渚はからかうように小さな笑い声を洩らす。

「うっせえ!」
「…三井君こそ知っている?赤いリボンの意味。」
「あ?」
「クリスマスカラーは赤と緑と金でしょ?何で赤を選んだと思う?」
「…何でだよ?」
「湘北の赤、炎の男の赤。それから…」
「それから?」
「…恋の証。」

温まった細い指で三井の顎の傷をなぞりながら、渚は体の芯から温まる様な微笑みを三井に向ける。
その指が頬を撫で、短い髪を慈しむ様に掻き上げる。
三井が静かに目を閉じれば、唇に甘い柔らかなものがゆっくりと触れた。


2013.12.24. UP




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夢幻泡沫